第40話 第一王子としての立場。
最近ちょっと多いですが……アーサー氏がちょっとご機嫌悪いようなので、暴力表現があるかもしれません。
苦手な方は顔を覆った手の隙間から見てください。
「……どうなってんだよ!!」
アーサーは部屋につくなり、自分の机の上にある本やペンを全て床に叩きつけた。
その音に侍女も従者も飛んで駆け付けて来る。
散乱する部屋に、肩を上下しながら息の荒いアーサーが立っていた。
ストレートの肩で切りそろえられた髪の毛が、息を吐くたび揺れる。
慌てて従者が落ちてるものを拾い集めようとするが、それをアーサーが蹴り飛ばした。
大きく倒れ込む従者に、アーサーは苛立ちを抑えられずに執拗に踏みつける。
呻き声を上げる従者に、執事も侍女も為す術がなかった。
動かなくなった従者に気が済んだのか、アーサーは椅子に体を預けた。
フゥーと息を吐く。
髪をかきあげる手を、そのまま頭の上で止めた姿勢で考え込んだ。
「……ミラルドはもっと『控えめ』だったはずだ。」
第二王子ということで、すこぶるボンクラに育った。
だがうまく人を動かすことにかけては長けていた。
試しに自分も第二騎士団を使って、自分の派閥の基盤を作ろうと貴族を集めようとしたことがある。
それは気持ちがいいほど早急に失敗に終わったが。
アーサーは気が付いていないが、その行動は周囲には力の無さをアピールする事となる。
それもあってか、貴族は主にミラルドを信頼しているようだった。
「魔女め……。
ミラルドを魅了したか。」
頭に乗っけていた手を、力いっぱい腕を振り下ろす。
勢い余って椅子の端に手首を打ち付け、痛さに椅子から転げ落ちた。
『……私ばかりなぜこんな目に……!』
後ろに控えた侍女や執事がこちらを心配そうに見ているのも気に食わず、落ちていた本を投げつける。
「……出て行け!!」
慌てて全員、逃げるように部屋から出ていき、アーサーは一人になった。
床に先ほど痛め付けた従者の血痕がまばらに落ちているのを見て、思わず笑いが溢れて来る。
「何が魔女の恩恵だ。
あいつも言ってたじゃないか、世界に魔女は要らないと。
生かしておかなきゃいけないなら、地下牢に閉じ込めておくと言ってたはずなのに……!」
そう叫ぶと、グッと爪を噛んだ。
爪を噛みながらふと思い出す。
「……何故当然豹変した?
いったいあいつの何が変わった?
じゃなきゃ婚約するなどあり得ないじゃないか……。」
数日前まで取り巻きの騎士に魔女を捕まえて来いと言っていた筈。
捕まえ、地下牢へ入れた後、何かが起きた。
鈍色は魔法は一切使えないと。
ただ魔女という名前で、魔女としても役に立たないという調査を読んだ。
なら魅了ではないということか?
だが一体なぜミラルドは魔女にアレほど入れあげている?
魔女はそれほど魅力的な少女ということか……?
アーサーは立ち上がり、口元をニヤリと歪ませた。
そして入り口に置かれたベルに手を伸ばすと、力一杯鳴らす。
先ほど追い出された侍女や執事が慌てて走り寄って来る。
侍女はひどく怯え、胸の下で組まれた手の震えを必死に押さえていた。
アーサーはそれをチラリと見たが、興味がなさそうに一人の執事の襟元を引っ張る。
執事の耳に口を寄せこう言った。
「おい、手が空いている第一騎士団を何人か呼んでこい。
そいつらにミラルドが囲ってる魔女を……誰にも気付かれないように、内緒で探れと。」
アーサーはそういうと、また醜く口元を歪ませた。
+++
トウは目を覚ますとベッドの上だった。
着替えも済まされ、土と血液の匂いが染み込んだ体も綺麗に拭かれていた。
体はとても重く、起き上がることすらできなかった。
ゆっくりと目線だけ動かして、辺りを見渡す。
見たことある豪華な装飾が、妙に安心出来た。
『城の、私の部屋。』
とても怖い思いをした。
ノラは私が殴られた時、どうなったのだろう。
そしてニールはどうなったのか……。
思い出すだけで泣きそうになるが、グッと我慢して人影を探す。
「気が付かれましたか?」
トウの視線に気がつき、スカイが慌てて走り寄ってきた。
いつも無表情の顔は崩れて、たくさんの涙を流していた。
「……無事で、よかった。」
トウの手をソッと自分の手で包み、自分の頬に添える。
そしてスカイは声を殺しながら泣いた。
「……ニール……」
思ったように出せない声に、スカイが反応する。
「大丈夫です。兄の上司がすぐ保護してくれたようです。
今は意識もあって、元気です。
……肋と肩と腕の骨は折れてますけど、今は起き上がって歩行も可能です。」
「……よかっ……」
「ええ、大丈夫です。
トウ様が目覚められたことを知ったら、ニールも喜びます。
……あの、ですが……。」
スカイが言いにくそうに、エプロンで涙を拭った。
「トウ様の飼われていた猫は、まだ見つかっていないのです。」
「……!」
声を出そうとして、唾液が喉に引っかかる。
うまく飲み込めず、トウは咳き込んだ。
動けない体をスカイが支え、背中をさすってくれる。
トウはショックを隠しきれないようだった。
見開いた瞳でスカイを見つめ、悲しそうに目を伏せた。
「今兄の上司もセイル様も探してくれているようです。
兄の上司は置いといても、セイル様なら必ず見つけてくださると思います。
……だから、待ちましょう。」
泣き腫らした顔で、スカイは下手くそな笑みを浮かべた。
トウは口元を震わせて、ゆっくりと頷いた。
「誰が……私、たすけてくれた?」
咳込みも落ち着いて、ゆっくりスイ飲みから水を飲むと、だいぶ声が出るようになってきた。
「トウ様を助けたのは、ミラルド様です。」
「……でも、あの騎士は……?」
「アレを頼んだのはミラルド様で間違いないようですが、アレらが命令を聞き違え、勝手な行動をしたのだと聞いています。
トウ様は呼吸が止まって危ない状態でした。
それをミラルド様が適切に処置をしてくれたおかげで、こうしてまた会うことができました……。
私は、ミラルド様に感謝します……。」
スカイはそういうと、また肩を震わせ泣いた。
仕事着のエプロンを固く両手で握り締めながら。
ゆっくりと手を持ち上げ、スカイの銀色の髪の毛に触れる。
頭まで届かなかったが、『ヨシヨシ』と撫でるように動かした。
スカイはびっくりした顔をしたが、またフニャリと表情を崩し、余計に泣いてしまった。
「……たくさん、見れて、嬉しい。」
「……何がですか?」
グスグスと鼻を鳴らすスカイに、トウは少しだけ頬を緩ませる。
「あなたの、表情を。」
「もう!こんな時に何言ってるの!」
ひきつる笑顔で、トウは笑う。
それにつられてスカイも、泣きながら笑った。
「……本当に、無事でよかった。
あ、セイル様にも連絡しておきますね。
城に戻したことを死ぬほど後悔してましたから……。」
「うん……大丈夫だよって、伝えて。」
スカイは涙を拭きながら頷いた。
ボンヤリとトウは考えていた。
ミラルドが自分を助けてくれた事を。
勝手に逃げるように出ていった自分を助けてくれたことに、申し訳なさと有り難さで胸が痛くなった。
『会えた時にお礼を言わなきゃ。』
胸を押さえながら、窓の外を眺めていた。




