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第36話 シーザとの約束と、騎士の気持ち。

いつもでも戻ってこないトウを心配して、ラファエルは風呂場まで歩いていた。

すると風呂場と逆方向の廊下から、スカイがトウを抱えこちらに足早に歩いてきた。


嫌な予感がして慌てて駆け寄ると、涙の跡が頬に残る、虚なトウの姿だった。

微かに二人から葉巻の匂いが香る。


全身に走る怒りと目を離してしまった後悔が押し寄せ、うまく感情がコントロールできない。


「トウ……!!」


スカイからトウを奪い抱きしめようと手を伸ばすが、その手をトウに拒まれてしまう。


「……触らないで。」


「……何があった!?」


拒まれた手を拳に変え、ショックと怒りが抑えられず、自分の大腿部に思いっきり落とした。


鈍い音にトウの体が強張る。

震える唇でトウは声を絞り出す。


「……城に帰りたい。もう、ここにはいたくない……」


「トウ様……」


大粒の涙を溢れさせ、トウは心配そうに見つめるスカイに抱きついた。


「一体、何が……?」


今度はスカイに聞くが、スカイも複雑な表情を浮かべるだけで、何も話そうとしない。


ラファエルは苛立ちが隠せず、再び拳を落とした。


「……トウ、聞いてくれ。なぁ、トウ……」


もう一度手を伸ばすが、トウは怯えた様にラファエルの差し出した手を見ると、スカイの腕に顔を埋めた。

まるで恐ろしいものを見るかのような目。

トウはそこからもう、ラファエルの顔さえ見ようとしなかった。


宥めても優しく問いかけても、何をしてもラファエルの言葉に怯えていた。


セイルが起きてきて、状況を一瞬で読む。

何も聞きはしなかったが、『そのまま今日は自分が引き取る』と、スカイと共に早々に屋敷を後にした。


ラファエルはその足でシーザの元へと向かう。


扉をノックもせずに力一杯開けるが、シーザは何も反応せずに仕事をしていた。


「……トウに何を言った?」


ラファエルの怒りに満ちた言葉に、シーザはチラリと視線だけを与える。

怒りは収まらず、ツカツカとシーザに速足で歩み寄る。


「客人にゆっくりと寛いでくれと言っただけだが?

息子が屋敷に招いた客人に、家主として挨拶ぐらい普通だろう。」


淡々と机に向かうシーザ。

ラファエルは感情をぶつける様にシーザに掴みかかった。


「葉巻の匂いがあんなにうつるほど長い時間留めて置いて、それだけの筈がないだろう!」


胸元を掴み、怒りに満ちた瞳をそのままシーザに向ける。

シーザは静かに口元を歪ませ、ラファエルの手を払い除けた。


「言葉を慎め、息子よ。」


ラファエルの怒りもシーザは鼻で笑い飛ばす。

今にも飛びかかりそうなラファエルを、執事達が止めよう取り囲んだ。


シーザは淡々とラファエルを諭すように続ける。


「ワシとの約束はどうした?

もう魔女に近づくなと言ったはずだ。

しかも屋敷にまで上がり込ませるとは、どういうつもりだ?」


「それは……。」


グッと言葉に詰まる。


いかに自分が浅はかで軽率だった事を知る。

シーザの事を考えれば、確かに家に連れてくるのはまずかったのかもしれない。


だがラファエルは、シーザの言う通りトウと距離をとってから日々にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚に陥っていた。

目の前の色がなくなった様に感じた。

毎日つまらない日々に、生きる意味さえ失いかける。


だが再び自分の目がトウを捕らえた時、そこから全てに色が広がって見えたのだ。

深い緑色の色がまず広がり、それから月夜に浮かぶ色が目の前を輝かせた。


二度と失ってはいけない、手放してはならないと、そう感じたのだ。


「俺にはトウが必要なんだ。」


ラファエルはシーザを真っ直ぐ見つめた。

だがそれにもシーザは鼻で笑った。


「魔女が必要だと?

魔女と結託してこの世界でも潰す気か。」


楽しそうに笑うシーザに、ラファエルは深く息を吐く。


「トウにそんなことは出来ない。」


「何故わかる……?」


「トウは魔法が使えない。

ただ月の色の瞳をしているだけの、小さな少女だ。」


握った拳がワナワナと震える。

今度はシーザが深く息を吐いた。


「魔女は能力を隠す。

お前が知らないだけかもしれんぞ!」


「だからそれは無い!!」


「ともかく!!

……金輪際関わるな。

週末には婚約者と初対面だ。」


ゆっくりとシーザは立ち上がる。

そしてラファエルの肩を大きな傷だらけの手で掴んだ。


「……俺には婚約者なんていらない。」


「……我儘を言う歳か!!」


怒りに任せ、シーザが机の上の書類をラファエルに勢いよく投げつけた。

書類が宙を舞う。

バサバサと降りかかってる紙切れが頬に当たる。

そしてラファエルの頬から熱い滴が垂れた。


「お前ももう21と、いい歳だ。

いい加減この父を安心させてくれ。

お前がなりたがっていた騎士にさせてやった。

今度はワシの望みも叶えてくれてもいいだろう?」


宥める様にシーザはラファエルにそう言い、頬の滴を指で拭いとると部屋から出ていってしまった。

舞い落ちた書類を執事達が拾い集めている。


ラファエルはジッとそれを見つめたまま立ち尽くしていた。




スカイはトウが寝付くと家に帰り、ニールに事情を事細かに話した。

知ってか知らないかも分からないし、自分の口からラファエルに言えないので、兄の口から伝えてもらおうと思ったからだ。


「……なんだその話は……。」


あまりの内容に、ニールはソファーにへたり込んだ。

ガシガシと乱暴に頭を掻きながら、ギュッと唇を噛んでいる。


「少なくとも、あの感じだとトウ様は結構な貴族の出身の様ね。

下位の貴族なら父さんに聞けばどこの出身かまでわかりそうだけど……そこまでする必要はないかも。

トウ様は知りたくなさそうだった。」


「そうかぁ。

まーそうだよなぁ。

なんで魔女ってだけでこんなヘビーなんだ?」


「……わからない。」


スカイも頬杖をついた手のひらに顔を埋めて考え込んでいた。


「……あんまりよ。

黒は光が当たれば緑に見える事もあるわ。

それなのに特別変異だとか、忌子だとか……。

トウ様の髪の毛はとても綺麗だわ。

鈍色も黒灰系の色をつけるなんて、嫌味でしかない!」


珍しくスカイが感情をあらわにしていた。


トウに関しても野良猫を飼い慣らしたぐらいにしか思ってないのかと思っていたら、結構深く移入しているようで、ニールは少し嬉しかった。


子供の頃から執着が薄かった妹。

何を見せても興味を示さなかった。

だが反対に好きな物に対しての反動も強く、特にお金に関しては異常だった。


自分は娘でこの家を継げない。

ならば自分が好きに生きるには『お金』があればいい。


思考は単純だったが、その執着は親をも心配させるほどだった。

うちの親は結構奔放で、子どもの自尊心に任せてくれることが多い親だったが、さすがにこのスカイの執着にはかなり心配していたようだった。


スカイは結婚より仕事を選んだ。

少なくとも伯爵令嬢が城で普通のメイドをするというのは、なかなか無いことだろうが。


「……それで、トウ様はどうすると?」


ソファーに体を預けっぱなしのニールは未だ苛立ちが隠せぬスカイを見つめた。

スカイの目がキッと一点を睨みつける。


「明日、城に戻るそうです。

それが一番誰にも迷惑をかけないからと。

朝イチで、ニールが付き添ってあげて欲しいの。

私はもっと早めに出勤して、トウ様のお戻りを万全の準備で待っているから。」


「……一緒に連れ添わなくていいのか?」


「それは護衛の仕事でしょう?

今はまだ、私たちがトウ様と『親しい』と勘づかれるのは不利だと思う。

王子の出方はまだわからない。

『親しい』と思われると、ヴァンス様のように、担当を外されてしまうかもしれないしね。」


「……なるほどなぁ。

お前すごいな。」


『よっこいしょ』と、ソファーから名残惜しそうに立ち上がる。

そしてスカイを見ながらヘラッと微笑むニールに、いつもの表情でスカイがチラリと見る。


「ニールが何も考えてないだけよ。」


「うん、ちょっとは落ち着いたっぽいな。」


「何がよ。」


少し寄った眉をニールが指で押しながら、『おやすみ』と部屋から出ていった。


押された眉間に手を添える。

そしてニールの行動に納得できないように、口元を少し曲げた。



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