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第35話 魔女の母とシーザの妻。

シーザは机の上から葉巻を一本取り出すと、ナイフで先端を切り取り、特殊な形をしたライターで火をつけた。

葉巻独特の匂いがゆっくりと部屋に充満しだす。


匂いに少し息が苦しくなり、トウは咳き込んだ。


深く煙を吐き出すとシーザは立ち上がり、窓の外を眺めながら話し出した。


「魔女は遠い昔から、月色の瞳をして生まれてくるのは知っているな?

そしてその髪の毛の色から、その魔女の色をつけるのだが、実は国ごとに生まれてくる魔女の色は決まっているのだ。」


フゥーと静かに息が吐かれる。

とても長くゆっくりと、煙とともに測れる息。


トウは話を聞きながら、ゆらゆら揺れる煙をじっと眺めていた。

まるで今から処刑台に上がるための宣告を受けている様な気分で、それを虚ろな目で見ていた。


「この国には歴代黒い系統の魔女しか生まれない。

だからこそこの国の魔女は全て、黒系の色の名前がついた。

今から17年前、とある貴族の娘が戦死した男の子供を身篭り、一人の娘を産んだ。

その娘は深い緑色の髪の毛をし、月の色と同じ瞳を持っていた。」


葉巻が焦げて燃える匂いが鼻をつく。

トウはスカイの服をギュッと掴んでいた。


スカイもなにも言わずシーザの話を聞いていた。

トウは堪らず耳を塞ぐ。


それを見てシーザは嬉しそうに笑った。

そしてまた長い息を吐きながら続けるのだった。


「娘は出産の肥立ちが悪く、魔女を産んでしまったショックで産後すぐ亡くなってしまったがな。

しかも特別変異か何かで黒い髪の毛ではない魔女が産まれたのだ、娘の家族は何か悪い事が起こる前兆だと恐れ怯えた。

残された家族はその忌子を持て余し、国に差し出した。

……それが貴方だな、魔女殿。」


シーザは小さく笑っていた。

トウが怯え、体を強張らせることに愉悦を覚える様にも見える。


「ワシがまだ国に所属していた時だ。

生まれたばかりの貴方をうちの妻が面倒見る事になってな。

貴方はワシにとっても思い入れの深い魔女だった。

貴方がヨチヨチと歩き始める位まで、この屋敷にいた事があるのだが……流石に覚えてはいないだろうな。

歩き始めたくらいに、魔女は魔女に預けよと言われ、貴方をレカ殿に預けに行ったのもワシだ。

レカ殿はグレイの長い髪を後ろに束ね、震える腕で貴方を抱きしめていたよ。」


何度も咳き込むトウを見兼ね、シーザは窓を開ける。

フワリと外に煙が逃げていく。


外はもう日がだいぶ上っていて、暖かい風と木を揺らす葉に明るく光が煌めいていた。


「ウロ殿は立派に貴方を育てあげたのだな……。」


少し寂しそうに、懐かしむ様につぶやく。

落とした瞳は、なにを考えているのか読めなかった。


「妻は貴方が忘れられなくてね、何度もウロ殿の店へと足を運んでいた様だった。

だが会うことは国で禁止されているので、ソッと外から眺めることしかできなかった。

貴方の成長を陰ながら喜び、自分が育てられなかったことを悔やみ、泣く日々もあったのだ。」


窓を開けて、再び大きな椅子に座るシーザ。

葉巻を置くと、顎の下で手を組み、まっすぐに見つめた。


シーザと目があったトウの体が、また跳ね上がり強張る。


「そんな時だった。

妻はワシに黙って、我慢できずに貴方を連れ出してしまったのだ。

もちろん悪いことだと知っていたが、今思うと妻は……貴方の小さな温もりを再び抱きしめたかっただけなんだろうと思う。

抱きしめたらすぐまたウロ殿のお店に連れて帰ろうと思っていたらしいが、レカ殿が妻が連れて行ったことに気がついて、ひどく騒ぎ立ててしまったのだ。

そのせいで、事態は大きく動いた。」


「……魔女誘拐事件でしょうか?」


ふとスカイが口を開いた。

シーザはそれを黙って頷いた。


「結構国が大きく動く事件になりましたよね?

私がまだ小さかった頃、父がえらく忙しそうに暫く家に帰ってこなかったのを覚えています。」


「……そうだ。」


スカイの言葉に、シーザは再び頷いた。


「レカ殿は正直我々人を嫌っていた。

そして妻がこっそり見にきていた事も知っていた。

レカ殿が妻を唆したのだ。」


シーザの言葉にトウは震える声で反論する。


「お、お母さんはそんな事しない……!

わ、私がどれだけいじめられても、人を嫌いにならないでと、いつも……」


「それは自分が人を嫌いだから、貴方に同じ思いをさせたくなかったからだ。」


トウの言葉を被せる様に、シーザは言った。


「どうして?

どうしてそこまでお母さんの事、知っている様にいうの?」


トウはグスグスと鼻を鳴らしだす。

堪えきれず、鼻の奥がツンとするのを我慢できなくなったのだ。


「レカ殿と妻は隠れてやり取りをしていたのだ。」


そういうとシーザは、机の引き出しから無造作に紙の束を取り出し、机に放った。


それをスカイが受け取って、トウに渡す。


トウは紙を束ねてある紐を解くと、一つづつ裏返しながら確認していった。


「……お母さんの字。」


「ああ、レカ殿がうちの妻へ送っていた貴方の近況報告だ。

本来なら妻は、貴方をレカ殿に預けた時点で諦めるべきだった。

それなのにレカ殿はこっそり国の約束を破り、細かに貴方に会いたくなる様に仕向ける手紙をよこしていた。」


「……失礼ですが、レカ様も良かれと思ってやっていたのでは?」


「そうだろうとも。

『良かれと思って』だ。

だが結果はどうであろうか?

良かれと思ってやる『善意』は、妻にとって最前の結果になったのだろうか?

体が小さく成長もゆっくりで、やっと2歳手前で歩き始めた貴方を、断腸の思いで手放したのだ。

それを諦めさせるには、この『善意』は正しかった事なんだろうか?

しかも散々貴方の情報を妻に与えたのもレカ殿にも関わらず、妻が貴方を連れ去った時、いち早く通報したのもレカ殿だ……!」


シーザが荒げた声と同時に机に拳を落とした。

灰皿に溜まった灰が皿から飛び上がり、こぼれ落ちる。


拳を握りしめたまま止まっていたシーザが、ため息をつくと再び口を開いた。


「お陰で数時間もせずとも、貴方は無事にレカ殿の元へと戻っていった。

妻は2度に渡り貴方と引き離されてしまい、心が壊れてしまったよ……。」


再びシーザは葉巻に手を伸ばす。

ずっと灰皿に置かれていた葉巻を再び口に運び、大きく吸い込んだ。


トウは懐かしい母の字を見つめ、立ちすくんでいた。

自分が聞いている話は、本当に自分の話なのだろうか。


あの優しかった母が、本当にそんなことをしたのだろうか。

母に『悪意』があったのだろうか。


なにも考えられずただ立ち尽くすトウを、スカイがそっと支える。


「妻の心が壊れてしまい、妻の罪は有耶無耶になった。

まぁ、城はワシに責任を取ってやめられた方が困ると判断したからかも知れんが……。

そしてワシはこの時なにも知らなかったのだ。

妻が何故貴方を連れ去ったのかも、なにも知らなかった。

全ては妻がしでかした事だと、壊れた妻を見ながら毎日それを受け入れようとしていた。」


シーザが残り少なくなった葉巻を惜しむ様に大きく吸い込んだ。

そして暫く口の中で留め、そして息を吐く。


紙の束を握りしめ、ボロボロと涙を流すトウを見つめる。

涙と一緒に紙の束も、バラバラと何度も手から滑り落ちる。

スカイはなにも言わず寄り添い、トウの落とした紙の束を拾い集めていた。


「それから暫くして、レカ殿が数名の酔っ払いに絡まれて酷く殴られているという通報が来た。

ワシはその場に駆けつけたのだが、もうレカ殿は虫の息だった。

だが薄れゆく意識の中、ワシの顔を見るなりレカ殿は小さくこういったのだ。

『奥さんの事、ごめんなさい……』と。

それでワシの中で、すべてが繋がった。」


机に置かれたシーザの手が再び強く握られる。

まるでギリギリと音が聞こえそうなぐらいの力で。


「もしかするとあのまま医者に見せていたら助かっていたのかもしれない。

もしかすると呼んだところで助からなかったのかもしれない。

だがワシは死にゆくレカ殿を許す事ができず、じっと見つめるだけだった。

貴方が横で泣き叫ぶ中、ワシはレカ殿の呼吸が止まるのを静かに見つめていた。

ワシはレカ殿を見殺しにしたのだ。

貴方はワシにいった。

『何故お母さんを助けてくれないのか』と。

ワシは妻の心を弄び壊し、たった一言謝って許してもらおうとしたレカ殿が許せなかったのだ……!」


スカイの寄り添う手に力が篭った。

今にも倒れそうな小さな少女に、どうしてこんな事を聞かせなきゃならないのかと。


自分に権利が有るのなら、今すぐ少女の手を取りこの部屋から出ていきたい。

スカイは悔しさを表情に浮かべていた。


拭いもせず、ただハラハラと涙を流す少女を、ただ救いたかった。


だがそんなのお構いなしにシーザは思いを言葉に込める。


「レカ殿が死にたえ、貴方をウロ殿が迎えに来た。

貴方はワシを両足で何度も蹴りながら『お母さんを殺した、許さない』と言った。

ワシはそれを『呪い』として受け取った。

その呪いのせいで、妻は苦しんで死んでいった。

ワシは貴方から『母親』を奪った。

だが『償い』はしない。ワシはお前の『母親』を許していないからだ。」


トウにシーザの言葉が胸に刺さる。

許していない。

母が亡くなってもなお、彼は許していないのだ。

それは自分のことではないのかもしれない。

でも、その言葉が重くトウに刺さった。


「今のが過去に起きたすべてだ。

貴方に是非、知ってもらいたかった。

何故ならば貴方はこの国の特別変異の魔女だ。

その特別な貴方は『災厄』をこの国に運ぶのか、それとも『幸運』に導くのか。

……息子と親しくされるなら尚、知らなくてはいけない事で有るからな。」


トウはゆっくりと視線をシーザへと向けた。

シーザはトウを見つめ微笑んだ。


だが、トウの瞳にシーザの笑顔は映らなかった。

トウの瞳の奥は、曇りきって輝きを失っていた。


「すみません、トウ様が体調が悪そうなので退席してもよろしいでしょうか。」


トウから紙の束を受け取り、スカイは今にも倒れそうなトウを抱き寄せる。


「ああ、長々すまなかったね。

年寄りは話が長くなってしょうがないものだ。

スカイ嬢も関係ないのに退屈な昔話を聞かせてしまった。

客人、我が屋敷で、どうぞごゆっくり、寛いでいってくれたまえ。」


シーザはそういうと勢い良く葉巻を握り潰す。

葉巻の炎はシーザの掌で焦げた臭いとともにバラバラに砕け落ちた。


スカイは浅めのお辞儀をすると、トウを抱き寄せたまま部屋から出た。

床に散らばった数枚の手紙をシーザは拾い上げる。

そしてそれを一気に力一杯、引き裂いた。


部屋に紙吹雪が舞う。


焦げた掌で侍女に合図をし、シーザも部屋から出ていった。

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