第33話 怯える小動物と、捕食者。
「あんたこいつの兄ならちゃんと管理しろ!」
真っ赤な顔をして半泣きのセイル。
いつも勝気で、自信満々の顔しか見た事なかったトウは、とても新鮮だった。
ラファエルの背中に張り付いたまま、怯える様にスカイを指差していた。
指先は微かに震えている。
「俺に言われてもですねぇ……こいつの暴走は家族の誰も扱えないですもん!」
ニールはヘラヘラとセイルに笑いながら肩を竦める。
そして呑気にお茶を飲んでるスカイの方へ向き直り、頭をかいた。
「だいたいお前さぁ、初対面でいきなりプロポーズはないよ。」
ニールは少し困った顔でスカイを諭す様に言う。
「あら、じゃあ欲しいものを自分だけのものにするにはどうすれば良いのよ。」
「……さらっと怖いこと言ってるからね!?」
表情を一切変えず言うスカイに、セイルが間髪入れずにツッコんだ。
「こんな理想な人いないもの。
顔もものすごく好き。
お金と同じくらい好き……!」
スカイは気がつくとセイルの横にいて、自分を指差すセイルの手をそっと両手で包んでいた。
「ぎゃあああ!」
音も立てず突然現れたスカイに驚き、セイルは叫ぶ。
その声がラファエルの耳を攻撃してしまった様で、耳を押さえてよろめいた。
「……油断した。」
「あはは!」
トウはさっきから笑いっぱなしだった。
ぎゃあぎゃあ言いながらも満更ではなさそうなセイルにニヤニヤして、突拍子のないスカイの行動にまたおかしくて笑いが込み上げてくる。
笑い過ぎて頬が痛くなるほどだった。
トウは自分の頬を撫でた。
ずっと上がっている広角は、触ってもわかる。
笑っているトウをラファエルも嬉しそうに眺めていた。
自分の方へ引き寄せてしまいたい衝動に駆られる。
だがそれをグッと寸前の所で拳を握りしめる。
ジッと拳を眺めるが、その湧き上がる衝動が今のところ何なのかは、ラファエル自身もわかっていなかった。
ただ今の自分にはその資格はない事だけはわかる。
だが『一番の友達』としてなら、彼女の側にいても良いのだろうか。
彼女を守る一番の盾になりたいと、ラファエルはそう思っていた。
「トウ」
「なあに?」
両頬を押さえながら、屈託のない笑顔を自分に向ける。
その笑顔に自分の顔も綻ぶのがわかる。
それを誤魔化す様に、トウの頭を揉みくちゃに撫で回した。
「……もう!何するの!」
突然髪の毛をワシャワシャと揉み込まれて驚いた顔でラファエルを見上げた。
月色の瞳は、ラファエルを見上げ少し潤んでいた。
「俺はトウの味方だよ。
どんな時も、ずっと味方だ。
トウが困ってたら必ず助けに行く。」
ラファエルはトウの瞳を見つめながら、そう言った。
「……なんだか別れの言葉に聞こえるね。」
自分の思いを伝えたはずなのに、トウは自分から目を離し悲しそうな表情を浮かべる。
「そんなつもりは無い!
……ただ思ったことを伝えたかっただけだ。」
逸らされた瞳をもう一度自分の方に向けたくて、ラファエルはトウの顎に指先を這わせながら触れると、自分の方へ向けた。
無理やりラファエルに向けられたトウの顔が、みるみるりんごの様に赤くなる。
「……副隊長、それはちょっと無自覚っすね。」
「そうよね、顎クイは良く無いわ。」
気がつくとサーマン兄妹が至近距離でトウとラファエルを見つめていた。
『うわあ』と驚いて離れたのはトウだけで、ラファエルはなぜ今手が振り解かれていたのかも分からず眉を寄せた。
「……どう言うことだ?」
ニールに聞き返すが、ニールは戯けた様子で大袈裟にびっくりしたジェスチャーをラファエルに向ける。
「やだ!ちょっと聞きました奥さん!
無自覚野獣系オセオセ男子ですかコレ!
やだぁー女の子の気持ち、まるでわかってなーい。
まるでうちのスカイの様だわー」
両頬に手を当てて、クネクネと頭を振りながらニールがおちゃらけていた。
「ちょっとニール!私がなんだって言うのよ!」
「ううむ……?」
該当する二人が異議を唱える様にニールを見つめる。
それをニールが派手なジェスチャーで肩を竦めるのだった。
「……うん、だめだ君達。
まるで乙女心わかってない。
こちらの乙女たちを見て見なさいよ、ねえ。」
ニールがソッと手を差し出した先に、トウとセイルが肩を寄せ合い、赤い顔でプルプルと震えていた。
「この震える羊ちゃんたちを見てどう思う?」
ニールがチラリとラファエルとスカイを横目で見つめた。
ラファエルとスカイは震える二人を見て、同時にこう言った。
「「……可愛い。」」
「はい!ダメー!!
狼さん達は近寄っちゃだめー!」
ニールは『ブハッ』と吹き出し、腹を抱え笑った。
なぜ笑われたのかわかっていないラファエルとスカイが、眉を寄せ顔を見合わせた。
気がつくと外から白々と光が差し込む。
小鳥の鳴き声が、夜が開けようとしていることを、知らせていた。
トウが眠そうに目を擦ると、セイルが『肩を貸そうか』と言ってくれた。
幼い頃に良く眠くなったトウに、セイルが当たり前の様に肩を貸してくれていたことを思い出す。
トウは肩を借りるフリしてセイルに抱きついた。
「セイル……」
「ん……?」
「……ありがとう。」
「……うん。」
セイルはトウの方を見なかったが、頬が少し上がっていた。
トウはそれを見て、つられて笑った。
まだ朝も早い時間なので、人通りがないうちに休憩できる場所に移動しようと言うことになった。
ラファエルがどうしても、自分の屋敷にトウを連れて行きたいと言う魂胆が丸見えで、さすがのニールも引いていた。
「ならばこうしましょう。
全員でお邪魔すれば良いわ。
トウ様は不安なら私と一緒に休めば良いのだし。」
スカイの提案にトウがやっと頷く。
こうして思い出溢れるおばあちゃんのお店を後にして、ヴァンス邸へと移動した。
屋敷に着くと一番にヤギに会いに行った。
ヤギは見事に横に大きくなっていて、トウを見つけると鼻息荒く飛びついてきた。
「ヤギ!……重い!
ねえ、待ってほんとに……!」
これは私に対する抗議なんだろうかと、トウは踏まれても受け入れようとしてたが、ヤギはひとしきりトウの匂いを嗅ぐと『フンッ』と鼻水を飛ばして、興味なさそうに青々としげる牧草を食べ始めた。
ポカンと残された泥だらけのトウに、ラファエルの屋敷の執事までも笑うのを堪えて口元を押さえた。
「……とりあえず、トウはお風呂に行っておいで。」
笑いを堪え、執事に目で合図する。
執事は会釈して、ポカンとしたままのトウを連れ、屋敷の中へ入っていった。
「あ、私お手伝いいたしますね」
スカイもすかさずトウの後へついていく。
残された男性人も顔を見合わせ、屋敷へと入っていった。