第32話 セイル、とても困惑する。
会話多めの回。
セイル最近やり込められているなと思うだけの作者。
トウはスカイが持って来たサンドイッチを頬張りながら、セイルとスカイを交互に見つめてた。
「だから私はトウ様のお世話係です。」
「それは分かったが、お前はどこのもんだって聞いてんの!」
名も名乗らないスカイに、セイルがサンドイッチ片手にイライラと足を揺すっていた。
文句言いながらでもスカイが持ってきたサンドイッチを食べているのもまた笑えてくる。
イライラするセイルを他所に、いつもと変わらず淡々と喋るスカイ。
「どこのものかと言いますと?ですから、配属先はトウ様の……」
「もういいわ、話になんない……。」
頭を抱え、諦めた様にサンドイッチを頬張った。
「セイルの負けね。」
「……何がだよ!」
トウの言葉に良いツッコミをするセイルに、スカイも少し笑ったように見えた。
キッチリ3人分のサンドイッチを3人で食べ終え、一息つく。
スカイもバスケットにサンドイッチの包紙をしまったりと片付けを始めた。
「スカイ、どうしてここが分かったの?」
「頼まれたからですよ。」
「誰に?」
「兄の上司に。
尾行されているようなので、一度屋敷に戻ってくるそうです。」
「アニのジョウシ……」
「ラファエルな。」
セイルの余計な横槍に、『知ってるわ!!』とツッコミしたかったが、ギュンと振り向いて睨みつけただけで、言葉が出なかった。
「赤い顔して睨まれてもなぁ。」
セイルはニヤニヤとトウを揶揄う様に肘で突くと、トウが余計真っ赤な顔してセイルの肩を叩き出した。
そしてトウはラファエルがくることを聞き、ソワソワしだす。
『そんな気になるなら、外でも見てろ』とセイルに言われ、恥ずかしそうに通りに面した窓辺に移動した。
この店は町外れにあるため、誰かが通ると言うことはこの店に来る人と言うこととなる。
トウはこっそりと顔を覗かせ、ジッと猫のように外を眺めていた。
本物の猫は相変わらずトウの首元に巻きついて寝ていたが。
トウの様子を目で追っていると、片付けを終えたスカイがセイルの前に視界を邪魔する様に座った。
眉を寄せ、スカイを睨むセイルに、スカイは口を開いた。
「セイルさんはマクベス商会の方なのですか?」
「何でそれを?」
「トウ様の着ている服などがマクベスで統一されていたので。」
「……よく見てるね。」
スカイから視線を外し、『だから?』と言わんばかりに肩を竦める。
そしてスカイを避ける様にカウンターまで移動して椅子に座り直した。
スカイは無表情で考え込むと、再びセイルを見つめた。
「私、お金が大好きなんです。」
「……うん、僕もだけど?
ていうか、嫌いな人いないよね?」
「そうですね。マクベスは老舗でこの辺りの紹介のトップですが、貴族の後ろ盾がないのではないですか?」
「……」
思わずセイルは黙った。
スカイがどこの誰だか分からない上、意図がわからない。
確かにうちは老舗で商会のトップなのだが、先代も先々代も気難しく貴族が大っ嫌いだったのだ。
だが今の時代何処も貴族と繋がりがあり、その方が将来の見通しは良さそうなのだが……。
セイルはチラリとスカイを見る。
商売の時の駆け引きに、相手の表情を読むのが得意なのだが、この女は表情が全く読めない。
だからこそ気が置けない相手でもあった。
あのラファエルの使わせた者なのだから、トウにとっては良い人なのかもだが、自分にとって良い人とは限らない。
セイルが黙ってしまったので、スカイはまた考え込むと再びセイルの前に立った。
「すみません、私の質問の意図が読めないですよね。
自己紹介してもよろしいですか?」
セイルは自分の手の内を晒さない様に、黙ったまま眉を寄せ、スカイを見つめた。
スカイは静かにセイルにお辞儀をする。
「サーマン伯爵家長女、スカイ・サーマンと申します。
あなた様はセイル・マクベス様でお間違いありませんか?」
綺麗なお辞儀からゆっくりと顔をあげる。
エメラルドの様な瞳が、セイルを捕らえて離さなかった。
お辞儀した時に流れた前髪が頬に触れ、耳にかける銀の髪がランプの光に輝いた。
いくら待っても返事しないセイルをスカイはジッと見つめた。
緩く編んでいる三つ編みが、サイドから後ろにサッとはらわれた。
「……そうだが。」
見つめられるのに耐えられなくなり、仕方なく返事をする。
セイルの返事にスカイが笑った様な気がした。
「……そうですか、よかった。」
「……よかった?」
「ええ、貴方でよかったです。」
「……何で?」
困惑するセイルにスカイの表情が緩んだ。
「突然なのですが、結婚しませんか?」
「…………は?」
セイルは時が止まった気分だった。
この女、初対面で何を言っているのだと。
セイルが黙っているとスカイは構わず話し始める。
「今は婚約という形でも構いませんが、いずれ私にも商会を手伝わせていただきたいなと。」
「……え?」
「聞こえませんでしたか?ですから……」
「ああああー!!聞こえた聞こえた聞こえたけども!?」
突然声を荒げるセイルに、トウもビクリと体を震わせ振り向いた。
「……どうしたの?」
トウがゆっくりとスカイの側に寄ってきた。
「トウ様、私今プロポーズ中です。」
無表情でそう言うスカイに、トウも目を見開き固まっている。
「ぷろぽおず?……って誰に?」
「セイル様です。」
「スカイ、セイルを前から知ってたの?」
「はい、お名前だけ。」
「名前だけ知ってた人に、ぷろぽおずしているの?」
「商会の名前と商会の資産も大体。」
若干、表情が緩むスカイに、トウは絶句した。
自分のキャパで、これに答えられるほどトウの人生経験もなかった。
固まるトウを揺すりながら、セイルが口を開く。
「……おい、お前が変な冗談言いだすから、トウが処理しきれずに固まってんじゃんよ!」
「……冗談ではありませんが?」
「正気じゃねーだろ!初対面の男に結婚申し込むとか!」
「……正気ですが?」
「絶対正気のやつがやることじゃねえよ!!」
スカイはセイルの言っている意味が分からないのか、コテンと首を傾げた。
それがまたセイルをイラッとさせる。
「お前はなぜ初対面の僕に結婚を申し込んでいるんだよ!!」
「まず、マクベスの総資産は公表されてはいませんが、大体老舗のトップということもあり、全資産を公表している三位のヴィラ商会の資産の10倍はいくと認識しています。
しかもこの度継がれたセイル様はやり手だと噂されてます。
若いのにお金にシビアだとも。」
キッと少しキツめの瞳が光る。
その瞳にセイルの胸はドキリと跳ね上がる。
「先ほども言いましたが、私はお金が好きです。
そしてそれを増やすことも、です。
出来ればトップの老舗で自分のお金の運用力を腕を試したい。
マクベスは今何処の貴族とも繋がっていないですよね?
うちは伯爵ですが、サーマンは古い貴族です。
将来マクベスのためのパイプにもなる事でしょう。」
『如何でしょうか?』とスカイは首を傾げる。
セイルはチラリとトウを見る。
心配そうに自分を見つめる目に、まだ余裕を見せたくて瞳だけで微笑む。
スカイに言われた通り、欲しかったパイプである。
しかもその辺の貴族ではなく、箔がつく古い貴族である事。
得体のしれない女だが、これが本当ならマクベスはこの国ならず他の国の商会にも負けない力を持ちそうだと言う事。
だが。
セイルは慎重だった。
「とても良い条件だと思うが、お前の見返りがわからん。
金を運用なら何処でもできる。
商売でなくてもだ。
お前の本当の意図は何だ?」
セイルも負けず、スカイを目で捉えた。
スカイは表情を変えず、こう言った。
「顔が好みなのですよ。」
「「は!?」」
ここは間髪入れずにトウと声が揃う。
ひどく驚いた二人に、スカイはまたキョトンと首を傾げた。
「ですから、私、セイル様の顔が、好みなのです。」
「……え?て言うか今までゴチャゴチャ言ってたのは前置きで、一目惚れって事?」
トウがスカイに聞き返した。
「ああ、そう言われると、そうですね。」
それに表情も変えず、ケロリと答えるスカイに、セイルの緊張感が爆発した。
「バッ……!!バカじゃねーの!?何言ってんだよお前!!」
セイルが勢い良く立ち上がり、スカイを指差したまま、落ち着きがなく体を動かしている。
トウがセイルと出会って初めて見る表情だった。
「……今までお金稼ぐことばっかで、こう言うの初めてだもんね……。」
トウはセイルを見てなんだか母親の様な目線でそう言った。
「バカ!!そんな事ねーし!!」
実際お見合いなら幾度もあった。
そして交際に発展する事も。
だかみんなどれもいかに自分にお金を使わせようとする事や、自身は守られることを前提とした女ばかりで、セイルのお眼鏡には叶うわけがなかった。
「でも良く良く考えたらスカイはセイルにとってとても良い条件すぎるね……」
「そんな訳ねーだろ!」
そんな訳があるのだ。
まさしくセイルの理想の嫁像だったが、それを誰にも悟られたくないがため、反対のことが口から飛び出す。
「とりあえず、婚約者から始めませんか?」
セイルの狼狽も構わずグイグイと押すスカイに、セイルはより一層たじろいだ。
「だから!そんな大事なこと、初めて会って決められるかよ!!
だいたい貴族の娘なら親がまず反対するだろう!?」
「ああ、うちの親なら大丈夫です。
私はしっかりしているので、信用されてますし。
私が連れてくる相手に間違いがないと思うでしょうし。」
自分の胸に手を当て、一歩前に出てアピールするスカイ。
「何なんだよ最近の貴族ってみんなこんなのかよ!!」
「……私に聞かれてもわからないよ……。」
押され過ぎて思考が停止しそうなセイルがトウの後ろに隠れる。
だが身長差があり過ぎて、隠れることもできず、丸見えの状態。
丸見えのセイルがたまらず自分の顔を両手で覆った。
その時。
「……て、何だこの空気?」
チリンチリンとセイルの背後に現れたのは、ラファエルとニールだった。
ラファエルの顔を見るなり、セイルは涙目で助けを求める。
「ラファエルこいつを何とかして……!」
スカイに指をさしたまま、セイルはラファエルに抱きついた。
「……え?」
半笑いで困った様にトウを見るラファエル。
トウはラファエルとセイルを交互に見つめ、肩を竦めて笑うしかなかった。




