第31話 騎士の処分と魔女の隠れ場所。
「それで?」
「ですから、油断しました。」
「……そんなわけが無いよね?
第3騎士副隊長ともあろう者が、少女一人にしてやられると?」
「ほんと、油断しましたねえ。」
ラファエルはのらりくらりと、ミラルドの尋問にシラを切っていた。
それが分かっているからこそ、ミラルドは深いため息をついた。
逃げ出す程トウを思い詰めていた自分を責めていたからこそ、それに気がついたラファエルに無性に腹が立っていた。
「……で、どこに逃したの?」
「王子は私が故意に逃がしたとおっしゃるのですか?」
『そんなまさか』と言わんばかりの表情に、ミラルドはあからさまにイラッとした表情を浮かべた。
「しかし、客人を匿っていただけですよね?
彼女にはここを出ていっても別に構わない状況であったのでは無いのですか?」
痛いところを突かれ、ミラルドはぐっと黙る。
魔女を城に入れる建前として、そういう風になっていた事を逆手に取られたのだった。
いきなり懐に入れられる訳にいかない。
じゃないと150年分の変化を変えられないからだ。
トウをここに匿い、時間をかけて頭の固い連中を説得するつもりでいたのに。
こいつのせいで全てが水の泡になりそうだとフツフツと怒りが湧いてくる。
苛立つミラルドにラファエルが追い討ちをかける。
「なので私が彼女を逃がしてしまったとしても、処罰はないとそういう認識でよろしいでしょうか?」
ラファエルはニッコリとミラルドに微笑んだ。
「……処罰はしない。
だが、魔女はとても危険な状況に立たされている為、城で保護が必要な状態なのだ。
魔女は虐げていいものではない。
それを覆すためにも彼女を再び呼び戻さねばならない。
……彼女に何かあったら、その時は責任を取らせるぞ。」
ミラルドは静かにそう言った。
それをまたラファエルは満面の笑みで、『ミラルド様に激しく同意です』と言ったのだった。
ラファエルが去った後、ミラルドは出遅れてやってきたニールに、『ラファエルを監視しろ』と言った。
ところがニールは首を激しく横に振り、『それは是非他の部隊にやらせてくれ。隊同士でそんなことをやらせたら信頼関係が崩れて、部隊も終わる』と丁寧にお辞儀をして去っていった。
ミラルドはそこにあったテーブルや椅子を激しく蹴り上げた。
「みんな思う通りにならないじゃないか。」
ゼロとしてこの世界をどうにかしたいという焦りと、ミラルドとしての思い通りに運ばない怒りが入り混じっていた。
「……まだコントロールできてないのか。」
ミラルドは片手で頭をおさえる。
そしてそばに居た自分の騎士達に、トウを探しに行かせるのだった。
必ず丁重に扱えと付け加えながら。
+++
「……」
トウは涙を流しながら肩を震わせていた。
その原因は……。
セイルが突然目の前に現れたトウにひどく驚いて、みごとにひっくり返ってしまったのだった。
いや、来るのは知っていた。
だが自分がトウに対して申し訳なさがあり、なんて謝ろうかなんて悩んでいたところに現れたせいだった。
ひどく狼狽したせいで、トウが涙を流しながら笑い転げている。
こんなに笑う彼女を見るのは子供の頃ぶりな気がするし、それを引き出したのがアイツだと思うと、無性に腹も立った。
「……もう絶対謝ってやらねーからな!」
セイルは捨て台詞のように吐き捨て、トウの手を取った。
トウはセイルの言葉にキョトンとしたが、また思い出し笑うのだった。
トウにフードを目深にかぶせ、セイルは昔懐かしい道を歩く。
トウも懐かしいのかキョロキョロとフードの隙間から辺りを見渡していた。
舗装された道から外れ建物も少なくなり、少し歩きづらい道を進むと、その突き当たりに見慣れた建物がひっそりと立っていた。
薄いグリーンの建物で、祖母が母が亡くなった時にトウの元気が出ればと、塗り直してくれたのだった。
深緑だと絡んでくるツタに同化してしまうから、少し白が混ざっている緑色にした。
壁は祖母の魔法であっという間に塗られていき、とても楽しかった思い出が蘇る。
「……ありがとう。」
トウは息を震えさせ、お礼を言った。
「……お礼ならあの変な騎士に言えよ。」
セイルが太々しい態度で返す。
「ううん、セイルにも言いたいの。」
トウはフードを外すと、ラファエルから貰った鍵をソッとポケットから取り出し、鍵穴にいれた。
扉を開けると同時に、チリンチリンとベルが鳴る。
その音に、ずっと首元に襟巻きのように丸まっていたノラが顔をあげる。
埃と湿気の匂いが鼻につくが、祖母の匂いがほのかに香った。
「おばあちゃんの匂いがする。」
「……そりゃこんな薬瓶置いたままだったらな。」
セイルは埃のかぶったカウンターを指で撫でた。
指を動かすことで舞い上がる埃が、セイルの鼻を刺激する。
「ぶえっくしょい!!
……あー、ダメだ。掃除しろよ、トウ。」
「うん、しなきゃ寝れもしないね。」
「……寝る気かよ!?」
「……ここが隠れる場所じゃないの?」
「寝るときぐらいうちにくればいいよ……。」
「それじゃ私を匿ったってセイルが捕まってしまう。」
トウは困ったような顔をして首を振った。
それを見てセイルは不機嫌そうに眉を寄せた。
「……だがあの変な騎士はお前を自宅で匿うつもりだがな。」
トウに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、セイルはそう言った。
「え?何?」
聞き返すトウにセイルは鼻で笑う。
「掃除しながら待ってたらいんじゃない?」
ますますセイルのいってる意味が理解できず、トウは首をひねった。
「ともかくマジで掃除しよ?
こんなとこ居られない……!」
セイルはそういうと、通りとは反対側の窓を開ける。
そして庭に繋がる勝手口を勢いよく開けた。
勝手口の先には小さな畑があり、枯れた植物で荒れ果てていた。
勝手知ったるお店の脇にある小さな倉庫から、バケツとホウキを取り出す。
「トウ、ほらホウキ。」
「……ん。」
素直に受け取り、ハタキとホウキを器用に使い分けながら掃除を始めた。
セイルも畑の横にある水場から水を汲み、雑巾を濡らした。
二人で小さなお店の掃除を進める。
日が傾いてきた頃には、埃臭さもなくなっていた。
「……こんなもんかな。」
「そうだね。
そういえば、ご飯とかの材料買ってない。」
トウが慌てて外を見るが、もうすでにお店が既に閉まる時間が近づいていた。
「セイル、急がないと。」
「……なんで俺にいうんだよ。」
「だって私は外を出歩けないし!」
「待ってりゃいんじゃねえの?」
「待ってたってご飯はやってこないでしょ!!」
「やって来ましたよ、こんばんはトウ様。」
トウの声と同時に扉が開き、カゴを抱えた見慣れた銀髪の少女が立っていた。
お世話してもらってた時より、緩めた髪型とラフな格好。
「逃亡中のわりに無用心ですよ。扉はなんどきでも戸締り忘れずにです。」
「……いや、お前誰だよ。」
いつも通りの口調で戸締りをプリプリ小言を言うスカイに対し、セイルは不信感満載で眉を寄せた。
セイルとスカイの温度差があまりにもあり過ぎて、トウは今日一番大きな声で笑った。




