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第30話 魔女、逃亡する。

次の日、とても朝早くにノックで起こされたトウ。

泣き腫らしパンパンな目で辺りを見渡す。


まだスカイも来ておらず、仕方ないので自分でノロノロと扉を開けた。


そこには見慣れた黒髪の騎士が小さな籠を抱えて立っていた。

思わず身構え、目を見開いて固まった。


「トウ様、ノラ様をお連れしました。」


余所余所しい言葉を並べて、ラファエルはトウに微笑む。

呆然と立ちすくむトウに、ラファエルは再び爽やかな笑顔をトウに向ける。


「トウ様、入ってもよろしいでしょうか?」


トウはハッとして無言のまま何度も頷く。

トウの頷きに、ラファエルは静かにトウの部屋へと入っていった。


扉が閉まり、ラファエルは早足で部屋の真ん中へと移動する。

そしてソファーの上に籠を置き、手を差し伸べた。


「ごめん、外に部下がいるんだ。

あまり見えるとこでは親しい態度しない方がいいと思って。」


「……そう。」


ラファエルの顔を見ると、胸がドキンと弾む。

そのあとゾワゾワと重苦しい嫌な気持ちが胸の奥から蘇るのだ。


顔を見れるのは嬉しい。

だけど、彼への想いは終わったのだ。


だけど。


まだ ふつふつと湧き上がる思いに、トウの胸はきゅっと苦しくなる。


自分と仲良いところを見られるのが嫌だったという事だろうか。

卑屈になり、目も合わさず通り過ぎ、何も言わず籠に手をかけた。


トウの気配を感じてか、ノラが小さく『にゃーん』と鳴いた。


籠を開けると恐る恐る顔をだし、彼方此方の匂いを確かめる。

少し痩せた様にも見える。

ノラはトウを見つめてもう一度『にゃーん』と鳴いた。


トウはノラを抱き寄せた。


「……会いたかったよ、ノラ。」


昨日散々泣いたのに、また涙が溢れる。


ノラは何度も甘える様にトウの頬にすり寄った。


「餌はいつものを朝と夜に与えて、半分ずつぐらいしか食べてなかった。

あとヤギも食欲が落ちたので、俺がずっと世話してたんだ。」


「……ありがとう。」


「ヤギはここへ連れて来れなかったから、うちで預かることにした。

ヤギは多分、トウが見ると驚くかもしれない……。」


ラファエルはそういうと、ちょっと申し訳なさそうな顔をした。


「痩せ細ったりしてるの?何か病気でも……」


「いや、食わせすぎてしまった様で、丸々としている……。

トウに会わせる前に、少し運動させて痩せなければ。」


その言葉に思わずトウが微笑んだ。


「なんだ、よかった。

ヤギは現金だから……」


静かに微笑むトウに、ラファエルは我慢が出来ず、手を伸ばした。


見違えるほど肌の血色の良さ、動くたびに揺れ流れる整えられた髪の毛を、一房手で掬い取る。

髪に触れられ、トウの体が強張った。


それでもラファエルは何事もなかった様に髪に口付けし、そのままトウをまっすぐに見つめた。

驚いて見つめる月色の瞳が、憂いを帯びラファエルを捉える。

だがすぐどうして良いかわからず目線を泳がせ逸らす仕草に、愛しさが込み上げてくる。


『俺は、諦める事ができない。』


髪に触れていた指が今度はトウの頬に触れる。

手袋越しの手の温もりに、トウの神経が一気に頬に集まった。


頬から顎のラインに滑り落ちる指に思わず耐えらなくなり、赤い顔で手を払いのけた。


「……触りすぎ!」


「ああ、すまない。君と離れてからどうも我慢が利かなくなった。」


「……何を言ってるの?」


トウとラファエルのやり取りの間に、ノラが定位置の肩に乗り、欠伸をしながらくつろぎ始める。

トウは両手を頬に当て、赤い顔を隠す様に覆った。


「不自由はないか?」


「……たくさん。」


「……沢山?」


「たくさん、不自由。」


そっぽを向いたまま、こっちを見てくれないトウの後ろ姿を見つめながら、ラファエルは吹き出してしまう。


笑った事にトウがまだ赤い顔をしながら、頬を膨らませる。

それにまた緩む顔を我慢しきれずにいた。


「……家に帰りたいの。」


トウは小さく俯きながらそう言った。


「家は、既に森自体に入れなくなってしまったんだ。」


「……私の荷物は?お母さんやおばあちゃんの荷物も……。」


「ああ、それなら君が一番安心する場所にポータルごと運んでおいた。」


「……安心する場所……。」


トウが少し考え込んでいるのを見つめながら、ラファエルはソファーに座った。


「セイルに頼んで、君が取り上げられたお店を買い取ってもらったんだ。

そこに全部運んでもらった。」


そういうと胸ポケットから見覚えのある小さな鍵を取り出した。


「これが、鍵だ。

所有を架空名義にしておけば誰も手出しは出来ないらしいし、トウがこっそり隠れるにもいい場所だと思う。」


「……隠れる?」


「たくさん不自由なんだろ?」


ラファエルの言葉にトウは嬉しそうな顔をしたが、一瞬で表情を曇らせる。


「……どうして助けてくれるの?」


そして何故セイルを親しそうに呼んでいるのかも気になってくる。

確か前に紹介した時は、確実にセイルはラファエルを嫌っていた。

長い付き合いなので、あの表情はまさに胡散臭そうだったし。


「……何だかキミに恐ろしいことが起きそうで怖いんだ。

この国は魔女に対して忌むものだった筈なのに、ミラルド王子は突然それを覆す動きをしている。何か裏があるとしか思えない。」


このラファエルの言葉に、トウはハッとする。


「……あの、それに関しては、その。

信じられないかもしれないんだけど……」


トウはラファエルにあったことを話した。

ミラルドの身体にゼロという勇者の魂が入った事など、包み隠さず。


ラファエルは驚いた顔をして聞いていたが、話の途中から腑に落ちた表情になった。


「……なるほど、魂が違うからか。

だが本質のミラルド王子としての性格も残っていそうだなぁ……。」


ブツブツと独り言の様に呟くラファエルを見ながら、トウはノラを乗せたままトコトコと扉に向かった。


「ダメだよ、トウ。扉から堂々と逃走はできない。」


素直に扉から出ようとするトウを慌てて止める。


「……他にどうやって逃げるの?」


「もうすぐ見張りの護衛の交代時間だ。

トウは俺を縛ってくれ。」


「……縛る!?」


「そうだ、俺を縛り窓から逃走するんだ。時間稼ぎは俺がするから。」


「で、でも、ここ……3階。」


「大丈夫。これを持ってきた。」


そういうと、ラファエルは折り畳まれたポータルをノラの入ってた籠の底から取り出した。


「トウが俺を縛り、窓から逃げた事にする。

でも実際はこのセイルのお店に通じるポータルでいくんだ。

あとはセイルが上手くしてくれる。

ここは俺に任せて、大丈夫。」


「……見つかったら処罰されない?」


「トウは今ミラルド王子のお気に入りだ。

絶対逃したくない程必要な存在だから、そんなことはされる筈ない。」


「違うわ……ラファエルがよ……。」


「俺なら大丈夫。バレない様になるべくキツめに頼む。」


ラファエルは両手を差し出した。


トウはスカイが置いていったリボンの束をラファエルの手首に何重にも巻いた。

そしてそれを足にも巻き、カーテンを窓に括り始めた。


ソファーに座ったままで縛られているラファエルにそっと抱きつく。


「……ここから救い出してくれて、ありがとう。」


ラファエルは抱きついてきたトウを、縛られたままの腕の中にスッポリとしまい込んだ。

そしてトウに寄り添いながら、悲しそうな顔をした。


「……トウ、ごめん。

ミラルド王子はきっとキミを見つける。

だからこれは時間稼ぎにしかならないかもしれない……。

だけど、必ず何か手がある筈だ。

セイルとそれを探し出すから、もう少し我慢しててくれ……。」


トウはラファエルを見なかったが、小さく腕の中で頷いた。

そして腕の中から抜け出ると、ポータルに足をかける。


ポータルから姿が消える前に、トウは振り向いてラファエルを見た。

目があった瞬間、微笑んだ。


トウの笑顔を必死に記憶に残すと、ラファエルは不自由な手でポータルを畳み、無造作に内側の上着のポケットに押し込めた。

そのタイミングで扉がノックされる。


「トウ様、朝の支度にやって参りました。」


ニールの妹の声が聞こえる。

間一髪だと額の汗を指で拭い、ラファエルはいつもより低い声を出した。


「誰かいるのか?頼む、これを解いてくれ……」


あとはなる様にしかならない。

どうかトウがなるべく長い時間見つからない様にと、祈るしかできなかった。






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