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第29話 魔女の近況。

1週間もこの状態が続くと、いい加減トウも落ち着いてきた。

というか、ニールとスカイの兄妹が毎日トウを鬱陶しいほど構い倒し、勝手に取り合って喋りあってるのを見るだけでも1日があっという間に過ぎるのだった。


スカイはこの1週間で根負けしたトウが、色々お世話をさせてくれる事に満足気だった。

ボサボサだった髪の毛も、今じゃ綺麗に整えられてサラサラだった。


ついでにジッとしているうちに、バラバラだった毛先も綺麗に揃えてあげた。

侍女の仕事としても、大満足だった。


スカイはトウをまるで野良猫みたいに思っていて、やっと餌付けに成功した気分に高揚していたのだった。

そのスカイの様子を見てまたニールは微笑ましく微笑んでいたのだ。


ニールもまた『今時』思考の若者だった。

学校に通っていたとき習った150年前の歴史上の魔女より、自分の見たままの魔女が『正しい』魔女の認識だと思い始めていた。


『魔女って言ったら大体、おばあちゃんなイメージだったけど……』


こっそりそんな事を『小さな痩せっぽちの少女』を見て、考えていた。


彼らの魔女に対しての認識が変わろうとしているのに、一番戸惑っているのはトウだった。

こんなに『人』に構われたのはラファエル以来で、……これほどまで自分に変わらない態度の兄妹に、逆に興味が湧いて来たのだった。


だがトウは失恋の痛手を引きずっている最中なので、未だにニールやスカイに自分から話しかける事が出来ずに、ひたすら狼狽えていた。


『今日こそ、今日こそ!』と思いながら、本当に信用していいかを悩み、日々は去っていく。



「トウ様。今日はミラルド様が来られるそうです。」


ニールが朝一番に、トウの部屋に訪れた時に笑顔でそう言ったが、無言で頷くことしかできなかった。


朝食が済み、身支度を整えてもらうと、険しい顔の騎士が数人ドカドカとトウの部屋へと入ってきた。


何やら『安全面の確保』というものが必要だと言い放ち、女性騎士がトウを上から睨みつけ、3人掛けのソファーにトウを挟んだ両サイドに座り込んだ。


青い顔で萎縮するトウを見て、見かねたスカイが口を出した。


「……すみませんが、そのソファーに鎧を着て座るのはやめていただけませんか。」


「……誰に言っているのだ?侍女の分際で!」


左側に座っていた女騎士が、声を荒げスカイに掴みかかる。

だがスカイは表情を変えず、女騎士の方を見つめた。


「ご存じないかもしれませんが、このソファーは王妃様が婚礼の時にご実家から持ち寄られた家具ですので、鎧のまま座られたら傷が付いてしまいます。

私は別に構いませんが、そのままの事実をお伝えさせていただきますね……ミラルド様に。」


スカイは視線をゆっくりとトウの右側にチラリと下り、未だ座り込んでいる女騎士を見つめる。

スカイの冷ややかな笑顔と共に、女騎士は慌てて立ち上がった。


「……悪いけど、その子離してくれない?一応うちの妹なんだよね。」


ニールも笑顔でスカイの襟首を掴んだ女騎士の手を掴んだ。


ニールとスカイのよく似た笑顔に、二人の女騎士の空気が変わったのはトウにもわかった。

騎士にも階級がある。

今の反応できっとニールはこの女騎士達より上なのかもしれない。

オドオドとニールを見つめるが、ニールは至って変わらない笑顔をトウに向けた。


スカイは自由になると直ぐにソファーのチェックを始めた。

それはもう、念入りに。


そしてそれが終わるとソッとトウの後ろに控えた。

思わず振り向き、スカイの顔色を伺う様に見つめる。


スカイは表情を変えず、トウに向かってウインクした。

トウはそれがとても心強く感じて、ホッとするのだった。


入り口に立たされていた騎士が入室の許可に来た。

その合図にニールもトウの後ろにつく。


スカイに促されトウが立ち上がると、久しぶりの『ゼロ』が部屋へと入ってきた。


「……ゼロ!」


トウの声にミラルドが笑顔でトウのそ側に来る。

そしてソッと耳元に近づき、『そう呼ぶのは二人の時に』なんてこれ見よがしに聞こえる小声で呟いた。


トウが赤い顔をして耳を押さえ、不快感満載に眉を寄せると、ミラルドは楽しそうに笑った。


「久しぶり、待たせてごめんね。」


トウの向かい側のソファーにミラルドが座る。

それを合図にスカイがトウの肩をソッと押し、ソファーにストンと座らさせられた。


『……これは、マナーを無理やりさせられている様な……?』


流石のトウも気がついて眉を寄せたまま振り向いてスカイを見上げるが、スカイは明後日の方向を見ている。

目線が合わなければ、不服申し立てができない。


トウは眉を寄せたままミラルドの方を向くしかなかった。


「……ずいぶん信頼関係は築けたみたいで安心した。

魔女の護衛の推薦だったから不安だったが。」


そういうとニールの方へ向き、微笑む。

ニールもとぼけた表情を浮かべ、微笑み返した。


「不安の割には一度も顔を出さなかったけど……。」


そう呟くトウに、ミラルドは微笑みで返す。

嫌味も笑顔で返したミラルドに、トウは苛立ちを隠せなかった。


「大体、一体いつになったら家に返してもらえるの?

本当に心配なの……薬草の管理とか、ヤギの様子とかも。」


「部屋の中は勝手に触らせていないし、ヤギも猫もちゃんとご飯を食べていると報告を受けている。」


「……なら、庭の畑は?……無事?」


「そこも問題ないはずだ。」


「……いつ帰れるの?」


「……それについてなんだが……。」


ミラルドがわざとらしく咳ばらいをする。


「……トウはやっぱり城で住んでもらう事が決定した。」


「……え?は、話が違う!!」


トウは動揺して立ち上がった。

それによって女騎士がトウに詰め寄ろうとしたが、ニールが守る様にトウの前に立ち塞がった。


「……君たちは、僕が言ったことを理解していないのかな?」


ミラルドは静かに女騎士の方を振り向いた。


「今までの常識は捨てろ。

これからの認識は、魔女はこの国に大事なものなんだと。

大切に守るべき存在と、言ったはずだが?」


ミラルドの言葉に女騎士達はびくりと体を強張らせた。


「……トウを怯えさせるな。

……分かった?」


「……はっ。」


萎縮する女騎士に見向きもせず、ミラルドの視線がトウに戻る。


今まで聞いたことのないゼロの低い声に、トウも体が強張った。


「トウ。

この城は安全だよ。

もう誰にもひどい言葉を投げられることはない。」


「……それでも、家に、帰して。」


段々と喉に声が引っかかって出にくくなる。

言いたいことはまだたくさんあるのに。


そう思いながらトウは必死で口を開けた。


「……お願い。」


訴える様な悲しい目のトウに、ミラルドの表情が崩れる。


「なぜそれほどまであの家に帰りたがる?

ヤギも猫も城に連れて来させるよ。

家の中身はそっくりこの部屋に運ばせる。」


「……あそこは祖母と母との思い出の家なの。

簡単に捨てられない思い出がたくさん詰まっているの。

だからこそ、帰りたい。」


「……そう。だけど、あの森は閉鎖されることになってしまったんだよ。」


「……どういうこと……?」


トウの顔色が変わる。

不安げにスカートを握る掌に、さらに力が籠るのがわかる。


ミラルドはなぜかそれを見て少しだけ安心したのだった。


「『勇者』が封印の場所や今の現状などを調査することになった。

だから、あの森へは……しばらく帰れないんだ。」


ミラルドが『悲しそう』に微笑んだ。

それを見て、トウはとうとう溢れる涙を止められなくなってしまった。


「……約束が違う!!」


頬を伝う涙をミラルドは見つめている。

そしてそれを拭おうと手を伸ばす。


「トウ、分かってほしい。

魔女が一人かけた今、この世界はとても危険なんだ。」


トウは静かにミラルドの手を振り払い、ソファーにうつ伏せ泣き出した。


「……ゼロなんて嫌い!!

封印を解くのに私を騙したのね……!」


「……トウ、違う。騙してないんかない。

……だが、分かってほしい。

今、とにかく世界が……」


振り解かれた手をギュッと片方の手で抑える。


「そんなの、『私』には関係ないことだわ。」


「……トウ!!」


「……もう話すことはないわ。……出て行って。」


泣きながら、真っ赤になった顔でミラルドを睨みつけるトウに、なぜかミラルドの表情は嬉しそうだった。

とても嬉しそうに笑い、『……また落ち着いたら来るから。』と言い残し、部屋から出て行った。


扉を閉めると、トウが泣きじゃくる声が廊下まで響いた。


それを聞きながら、『ゼロ』は胸を押さえた。


……ミラルドとしての本質が、ゼロに移っている様な気がしていた。


さっき芽生えた『安心感』


『残酷な王子』の一部。

それが自分を裏切り『今はもういないミラルド』に支配されることはないが……。


必死で帰りたいと縋るトウを支配したい欲。

『魔女』が自分を求め、必死に追い縋る『安心感』


『ゼロ』として芽生えたことのないこの感情に、飲み込まれそうになった。


胸を押さえ、執務室に戻る廊下で『ゼロ』は考えていた。


『勇者』として生きていた時にはなかった感情をどう使うかという事。


これは残していい感情かどうか。


今まで魔女は『仲間』そして『同志』だったはず。

共に対等で同じ目線で戦ってきて、時には諭されることもあった存在。

だがあの小さい魔女は目覚める前のまだヒヨコの様な状態だ。


だったらこの感情を利用して、彼女を守り、今度は自分が導くのに役に立てるのではないかと。


危険なものから守り、共に国を救うための『守りびと』として……。


「……カゴから出さない方法。」


思わず口から滑り出る言葉を、一人の騎士が聞き返した。


「あ、いや……独り言だよ」


「……そうでしたか。失礼いたしました。」


「あ、でも待って。トレスならどうする?」


トレスと呼ばれた赤毛の騎士が、一旦後ろに下がったが再び歩くミラルドに並ぶ。


「……絶対必要な人材がいて、それを逃したくない時は、どうする?」


赤毛の騎士は一瞬考えたが、すぐに答えを呟いた。


「……私なら、力ずくでも。」


「……だよね。流石僕の御付きが長いだけあるね!

いつも欲しい言葉をくれる。」


「お褒めに預かり光栄でございます。」


騎士は微笑み、後ろに下がる。


それを見て、『ゼロ』は微笑んだ。


『時間がかかったがミラルドの記憶との融合、完璧だ……でも一部の性格まで受け継ぐとは誤算だったが……。』


……これは使える感情かもしれない。


自然と笑みが溢れるミラルドに、『王子』の機嫌がいいことに安堵して騎士達も微笑んだ。




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