第28話 セイルの後悔。
数日続いた鎮魂祭も最終日となり、町は徐々に落ち着いた夜を迎えようとしていた。
祭りの片付けや、たくさんの祝い事の紙吹雪のなどを、街の住人が協力して片付ける最中。
セイルはひとり小さな靴を握りしめながら目を見開いていた。
雑踏の中、ふと転がっていた靴に見覚えがった。
『うちの商品で間違いないが』と不審に思いながら、その靴を拾い上げる。
靴の色、サイズ、形などが脳内の記憶と重なった時に、背筋から冷たいものが走り抜ける感覚に、腰が抜けてしまう。
「これはまさか、トウの……!」
あの時、ブーツと一緒にくたびれた靴をいい加減新しくして欲しくて、丈夫で軽く歩きやすいを重点に自分が選んだ靴だった。
つい先日、第一王子の不穏な動きの報告受けた事が頭をよぎる。
ワナワナと震える足で立ち上がり、慌てて自分の店へと飛び込み、側近を呼んだ。
靴を預け、魔女に関して街の情報収集をさせるため指示を出し、ポータルに足をかける。
往復分の魔力は前に執拗に言い負かし、チャージしてもらっているので、あっという間に魔女の家へと飛んで行った。
目眩の様な視界を堪えながら、辺りをゆっくりと見渡す。
軽く吐き気を覚えながら見渡す部屋は、真っ暗で少し埃っぽく、シーンとしていた。
辺りを見渡し、次に目に入った無残に叩き割られているドアに、愕然とする。
『トウは無事なのか……!?』
思わず自分の口元を抑える。
言い知れぬ恐怖心を誤魔化す様に、唾液を飲み込んだ。
『あの時後回しにせずトウに気を付けさせておけば……。』
押し寄せる後悔にまた体が震えた。
その時外から小枝が割れた様な音がする。
「トウ!?」
壊れた扉から外へ飛び出すと、誰かの肩に顔がぶつかってしまう。
勢い良くぶつかったせいで、セイルは額を押さえ、後ろへと転がった。
「……いったいトウの家で何をしていた!?」
転がったセイルに覆いかぶさる様に、ぶつかった相手はセイルに剣を向けた。
「……キミは確かトウの……?」
首元を押さえつけられ、声も出せず咳き込むセイルに、ぶつかった相手はゆっくりとセイルから引き、手を伸ばして来た。
「……ゴホッ、お前こそ、誰だよ?」
むせながらなんとか声を捻り出す。
「すまない、キミは……トウの昔馴染みの方だったか?」
差し出された手をはたき落とし、セイルは何とか自力で起き上がった。
「……お前は、あの時の。」
涙目のセイルは、ゆっくりと相手を見上げた。
自分より少し背の高い、黒髪が夜風に流される様に揺れる。
「……トウはどこにいるんだ。
あんた、確か……」
「……ラファエルだ。
今はもう、トウの担当から外れている。」
「ファーストネームで呼ぶ気はない。
確か……ヴァンスと言ったかな。」
自分の側近に調べさせた名前を記憶と照合する様に、呟いた。
ギュッと眉を寄せたラファエルだが、セイルに無言でうなずいた。
「これはどういうことなんだ?
トウは無事なのか?」
「……多分。」
「多分!?」
セイルの怒りは爆発した。
ラファエルの襟元につかみかかり、自分の方へ寄せる。
セイルはラファエルを見上げ、睨みつけた。
「お前、トウの護衛と言ってなかったか……?
何故こうなったか説明しろ!!
トウはどこにいる!?」
感情的に怒鳴り散らすセイルに、王子が派遣した見張りの騎士も、橋の向かうから心配そうにこちらを見つめている。
「……大丈夫だ、こっちは気にしなくていい。
……持ち場に戻れ。」
そう伝え、手を振るラファエルの余裕そうな態度に、首元を掴む手に力が入る。
「早く説明しろ!!」
「……分かった、ここでは話しにくい。
とりあえずトウの家の中へ……。」
ラファエルの視線がセイルと重なり、ギュッと眉が寄った。
セイルは目を細め、手を離す。
顎で合図し、二人は主人のいない室内へと入っていった。
ラファエルが部屋の中へ入ると、奥からノラの声がする。
帰ってこない主人を案じてか、扉は開いているのにずっと室内で隠れていた様だった。
ラファエルがキッチンの椅子に座ると、ノラはゆっくりとラファエルの足元に擦り寄った。
ノラの動きに合わせる様に、頭から背にかけて撫でてやると、細く小さな声で『ニャア……』と答えた。
それを横目で見ながら、セイルも乱暴に椅子に座った。
「……トウが帰ってこないからか、ヤギもノラもあまり食事をしてないんだ。
毎日こうやって様子を見にきているのだが、そろそろ居なくなって3日になる。」
寂しそうに俯くラファエルに見向きもせず、セイルは怒りが治らない様子だった。
「……それで今トウはどこへ?」
乱暴に質問するセイルに、ラファエルは淡々と答えた。
「城に囚われている。」
「は!?」
セイルは勢い良く立ち上がる。
「……最後まで、落ち着いて聞け。」
怒りが治らないセイルを宥める様に、ラファエルは言った。
口の端を歪め、椅子に座り直すセイルを見て、ラファエルが続ける。
「……第二王子が動いた。
王太子の命令かどうかは知らないが、ミラルド王子が悪戯にトウを捕らえ、地下牢に放り込んだのだが……、そこから突然人が変わった様に今度はトウを崇拝し始めたのだ。」
「……は?」
ラファエルがノラを抱き上げ、膝に乗せながら続ける。
「ミラルド王子の裏の顔を、商会トップのキミが知らないわけないと思うので省かせて貰うが……。
彼は実に残酷な男だ。
トウを崇拝しているフリしている今も、何か裏があると俺は睨んでいる。
早急に城からトウを救出したいと考えてはいるのだが、たかだか第3部隊副隊長の立場では裏で無事を確認するぐらいしか出来ないのだ……。」
「……それで、トウはまだ地下牢に?」
「いや、特別客室に軟禁中だ。
一応俺の部下をトウに就かせているが……今のところトウは食欲もあり元気、だそうだ。」
その言葉にセイルは肩から崩れ落ちる様に椅子から落ちた。
「……トウは無事だ。」
「……無事……良かった。」
ラファエルの言葉に、セイルは言葉を重ねる。
「だが、安心は出来ない状態なのは変わりない。
……この家も今、城の税金を使用し、早急に修復中だ。」
「……」
セイルはじっとラファエルを見つめた。
その視線の意味に気がつき、ラファエルが小さく息を吐く。
「公的資金を魔女に使うという事は……魔女は国に貢献し、恩恵を受けなければならない立場に?」
「……そこまではわからんが、歴史が変わりそうな事が動いているのは事実で、表向きは『勘違いで連行したお詫び』だそうだ。
トウを軟禁するために心配事を減らそうと、扉が直るまで家の護衛に毎日ミラルド王子の騎士が交代でついている。」
俯きながらノラを撫でているラファエルを、セイルは見つめたまま深いため息をつく。
「……お前は何故ここにいる?」
淡々と話すラファエルに苛立ち、セイルは爪を噛んだ。
「ヤギとノラが俺からしか餌を食べない。
ヤギはこの3日でみるみる痩せて来て、トウの手前死なせるわけにいかないから、『交流があった』俺が呼ばれたというわけだ。」
「……何故僕にそれらの情報を?」
イライラを募らせるセイルに、ラファエルは微笑んだ。
「……トウを助けてほしいからだ。」
「……は??」
セイルはラファエルの言葉に呆気に取られる。
「今現在の様子を考えると、ミラルド王子がトウを離すとは思えない。
そして、彼がどう思っているか全く掴めない限り、トウが危険なのは変わらない。
ここに戻る事ができたら……安全を、確保してやってほしい。」
セイルは立ち上がり、怒りに任せる様に机を叩いた。
「……僕はただの商人なんだが?
その一介の商人でしかない僕に、王子から魔女を守れと!?」
「無理は承知だ……だが君はトウの子供の頃からの仲間なのだろ……?」
「例えトウが僕の家族だとしても、魔女を匿うのは死罪になるのは分かっているだろう!?
……僕にも養わなければいけない従業員がたくさんいる。
世間体だって体裁だって、商会として守らなければならない。
だがトウを助けたい気持ちはお前と一緒だ。
……騎士にできないものが商人の僕に出来るはずがないだろう!!」
セイルの呼吸が乱れる。
肩で息をしながら、ラファエルを睨みつける。
「……大事な友なのは変わらない。
実際にトウは自分の妹の様に思っている。
だが、助ける事も限度がある……。
お前は何故、僕に頼む?
トウを守るのはお前しか出来ない。
お前がそれを一番知っているだろう?」
冷ややかにセイルは俯いたままのラファエルを見つめた。
如何にかなるなら、とっくにやっていたのだ。
子供の頃から見ていた。
魔女だというだけで虐げられる友の姿を。
だがそれに自分が手を貸せば、今度は自分がこの町で商売ができなくなってしまう。
トウもそれを理解してくれていたのだろう、どんな事があってもセイルを頼ろうとは絶対しなかったのだ。
それがどれだけセイルを苦しめて来たかわからない。
それをよりに寄ってこいつに簡単に助けろと言われて、セイルは長年の言い知れない怒りが爆発してしまった。
ラファエルに今までの苦労を恨みがましく愚痴り出した。
自分がどれだけ大事に思っても、それが報われる事はなかったことを……。
ラファエルはずっと俯いていたが、セイルの愚痴を静かに頷きながら聞いていた。
話終わる頃には、橋の前に立っていた騎士が入れ替わり、白白と夜が明けて朝靄が開きっぱなしの玄関から入り込んできた。
「しまった、もう朝じゃねーか……」
一晩中愚痴を言い続けて、疲れてグッタリとしたセイルに、ラファエルが清々しい顔で微笑んだ。
「朝まで語るなんて、友になった気分だな。」
「なっ、何で僕がお前となんて……!」
顔を赤くして言葉に詰まるセイル。
「……だがお互い話してよく分かったのが、トウを助けるには一人一人の力じゃ弱すぎるという事だ。
という事は、騎士と商人は協力するしかないということじゃないか?」
「……お前、何言ってんの……?」
疲れ果て、何だかラファエルの代わり様に疑問を抱くも、セイルはもう抵抗する力もなかった。
それを知ってか、ラファエルはこの部屋を一緒に入った時とは別人の顔で微笑んでいる。
「セイル、俺とも友にならないか。
そして一緒にトウを助けることに協力してくれないか?
一度は諦めようとしたこの思いを、俺はどうしても諦める事ができなかった様だ。」
「……ハァ?」
『……もしかして僕はこいつの罠にハマったのか?』
疲れて言い返すことのできないセイルは、根負けした様に目を閉じると、大きな息を吐く。
馬鹿みたいにニコニコと笑う無計画な騎士の差し出された手を、渋々と応じるしかなかった。




