第24話 金色の鎧と、最後の魔女。
『僕の名前は……ゼロだ。』
……ゼロ。
金色の鎧の名前を頭の中で、何度も反芻する。
正直今は異性というより人間との接触は、お腹一杯なのだ。
出来ればしばらく誰とも触れ合いたくない。
だがこの人は半透明。
人間というより、幽霊……。
小さく溜息をつきながら振り向くと、半透明の鎧の人はトウに笑顔を振りまいた。
ただただ続く森の中を、珍しそうにずっとキョロキョロしている。
「……ちゃんとついて来ないと、置いて行きますからね……!」
というか、この幽霊はうちに住む気だろうか?
幽霊なので、別に家にいても邪魔にならなさそうだが……。
というか、死体ではなかった。
寝てる時は触れたのに、なんでこの人半透明なのだ。
そんなことをぶつくさと考えながら歩く。
ずいぶん森の奥まで歩いて来た様で、家に戻るまでには随分と夜が更けてしまった。
やっとの思いで家につき、子供の様にはしゃぐ金の鎧をほっといて、すっかり疲労困憊でそのまま寝てしまった。
幽霊なので、ベッドは必要ないだろう……。
少しは気になったが、トウの家の中を半透明の光が嬉しそうに歩き回る姿を横目で見て……まぁいいかとなってしまった。
朝早く、たくさんの馬の駆ける音で飛び起きる。
今までに聞いたことないぐらいの音に驚き、窓の外をそっと覗き込んだ。
少し離れた場所に何人かの騎士が、トウの家の様子を貼り付くように探っていた。
慌ててベッドから跳ね起きて、急いで着替える。
何故かわからないが、緊急事態だ。
「……一体何事だろう……」
恐怖で小さな体が震える。
『……トウ、あれは何だ?』
金の鎧が突然目の前に現れ、トウに話しかけた。
だがトウはすっかり外の様子に気を取られていたので、金色の鎧のことなんかすっかりと忘れていた為、これまた飛び上がって驚いた。
あまりにトウが驚いたので、金の鎧は申し訳なさそうな顔をした。
「……わからない。……初めての事だから……。」
不安そうなトウに金の鎧はソッとトウの頭を撫でる。
『僕がついてる、幼き魔女よ。』
……憑いているって事か?と、トウは余計に不安になった。
「というか、幼くないです。私、17歳なので……。」
『……17!?』
……その反応にも慣れたが、いちいちラファエルと同じ反応に、失恋の痛みが癒えずに重くなる。
「……ともかく、あなたは隠れた方が……」
金の鎧を気遣ったが、ふと思い直す。
『僕は他の人に見えるのだろうか?』
「……私もそう思いました……。」
金の鎧はシゲシゲと自分の姿をあちらこちらと見つめていた。
掌をじっと見つめて、トウに微笑んだ。
『多分、見えるのは君だけのようだな。
……早く体を探さねば……。』
そういうと、溜息をついた。
『あと、トウ。僕は、ゼロだ。
名前で呼んで欲しい。』
こんな時に、どうでもいいだろうと少しイラついたが、余りにもキラキラした目で見るので、トウは金の鎧の名前を呼んだ。
「……ゼロ……。」
『そうだ、僕は、ゼロだ。
幼き魔女よ、さぁ……時間だ。』
「……だから幼くない……」
『十分、あなたは幼い。』
年ではないなら、未熟という事だろうか。
と、少し卑屈になったが。
ゼロが時間だと呟くと同時に、一斉に橋が大きく揺れた音がする。
あっという間に、トウの家の扉はラファエルと同じ制服を着た騎士達に壊され、トウの体を床に押さえ付けた。
『……息が、出来ない。』
何人もの大きな力に、突然床に叩きつけられたような感覚に、全身に痛みが走った。
いつも目深に被っている帽子が宙を舞った。
「鈍色の魔女だな?
……逃亡罪により、貴様の身柄を拘束する。」
……逃亡?
全く何のことか分からないが、押さえ付けられている為、反論したくても声も出せない。
どうせ反論したところで、自分の言い分など聞く気はなさそうだが……。
息をつく暇もなくあっという間に、キツく後ろ手に縛られる。
ワンピースの肩がずるりと下がったが、そんなのお構いなしだった。
ふとゼロの姿を探すが、どこにも見えなかった。
『……憑いてるって言ったくせに……』
期待はしてなかったが、やはり裏切られた気分になる。
トウはそのままなす術もなく、騎士に連行されていった。
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これ見よがしにトウは城内を引きずられる様に歩かされていた。
魔女が捕まったのだと、皆に知らしめる為なのだろうか。
セイルに貰った新しい靴も、途中で片っぽ脱げてしまい、片方のみとなった。
そのままニヤニヤと誇らしげに笑う騎士達に引っ張られ、連れて来られたのは薄暗い地下牢の隅っこだった。
手前の牢に入れられていたガタイのいい若者が、目の前でひきづられながら通過するトウの姿を見て引いてしまうほどの、ひどい姿だった。
放り込まれるように地下牢に押し込められた。
手枷もはずされず、転がるように。
ヨロヨロと体を起こすトウを見て、騎士たちはまたニヤニヤと小馬鹿にするように笑うのだった。
「尋問までここで待て。」
一人の騎士がそういうと、ゾロゾロと去っていった。
トウは不自由な格好で座り込んだ。
そして溜息をつく。
涙は出ない。
自分もこのまま適当な理由をつけて、ムウのように処分されるのだろう。
覚悟は昔から出来ていた。
どうせ死んだように生きていくだけだ。
また一人に戻るぐらいなら、いっそこのまま……。
『馬鹿なことは思うな。』
フワリと背後から金色の光が輝いた。
「……今頃何しに来たの。」
トウは振り向かず、冷たい壁にもたれ掛かる。
壁からじっとりと湿気でカビた匂いが鼻をついた。
『今頃も何も、ずっとそばに居たよ?』
「姿、見えなかったけど……」
『助けようと何度も試みたのだが、どうも実態がないのでスカスカしてしまって、何も出来なかったんだ。』
「……そりゃ、そうだろうけど。」
半透明の幽霊に何も期待はしてなかった。
トウは小さく息を吐いた。
『だが色々試したら、これくらいなら出来る様になった。』
再び自分の背後が短く光ると、後ろ手に縛られていたロープが緩んだ。
ゴソゴソと体を揺すると、ロープはハラリとほどけて落ちた。
「……ありがとう。」
『どういたしまして。』
ゼロの笑顔にも反応せずに、トウは膝を抱えた。
ロープの痕が残る手で、膝を抱え、顔を膝に沈めた。
静かに自分の終わる時を待っているような気分だった。
今でも理不尽な扱いは何度もあったが、ここまで酷い扱いは初めてだった。
自分を見る騎士達の視線。
それを遠巻きから見る人たちの声。
絶望という言葉がピッタリ当てはまる状態だった。
だが意外にそれを冷静に見ている自分がいた。
壁にもたれたまま、丸くなって動かないトウに、ゼロが話しかける。
『トウ、魔女は世界の救世主ではないのか?』
まるで、『こいつは何を言っているのだろう』という目でゼロを見る。
ゼロも『こいつ何を言ってんだという目で見られている』ことを察して、一瞬黙った。
ゼロが静かに問いかける。
『なぁ、トウ。教えてくれないか?
この世界は、僕が封印されていったい幾月が過ぎた?』
「……封印て、何?
ゼロは何か悪いことをして封印されたの?」
怪訝そうにゼロを見つめるトウ。
『トウは魔女の話を知らないか?
5人の魔女と一人の男の話を、聞いたことないか?』
ゼロが真剣な顔をしてトウを見つめ返す。
トウはしばらくゼロを見つめていたが、ため息をつき、ボソボソと話し出す。
「……むかしむかし。
あるところに、5つの国がありました……。」
トウは祖母に聞いた昔話を話し出す。
ゼロはそれを真剣な顔で、聞いていた。
「……長きに渡る魔物との戦いで、勇敢な王は命を落としてしまいます。
命を落とした王は世界を救った英雄となり、国中は喜び……」
『トウ、待ってくれ。……王は、死んだ?』
「うん。
この話は私が大好きで、おばあちゃんが何度も何度も読んで聞かせてくれたお話だから、いまだに覚えているから間違いないよ。
……家に行けば、本もそのまま読ませてあげられるんだけど……」
そういえばヤギに餌もあげていない。
ノラだってお腹を空かせていないだろうか?
扉は壊されたままだから、ノラは外には出れるだろうけど……。
ふとヤギやノラの事を考えると、家に帰りたくなった。
その思いを隠すように、ギュッと強く膝を抱きしめる。
せめてノラとヤギだけは、どうにかしてやりたい……。
自分のせいで死なせるわけにはいかないから。
トウはジッと体を潜めるように小さくなった。
『……トウ。
その物語からいったい今は何年経ったのだ?』
「物語から?」
『そうだ、あれから何年経った?』
「……あれから?
……あれからって……、物語は150年前って聞いたけど。
王が死んでしまってからも闇が晴れず、残ったどこかの王が魔女のせいだって言って、魔女が死ねば闇が晴れるって……魔女たちを国から追い出すの。
山の奥に逃げ込んだ魔女達は、最後の力を振り絞って2つ目の月を夜空に作った。
その月が闇を吸い込んで、世界に朝が来たって話だったはず。」
トウの話にゼロは酷く驚いた顔でトウの前に座った。
そしてトウの頭を撫でて、ゼロは綺麗な金色の瞳を濡らし、ハラハラと泣き出したのだった。
声も上げず、綺麗な涙をこぼし落とす半透明の幽霊に、今度はトウが頭を撫でる。
半透明のくせに、髪の毛の柔らかく揺れる感触が掌に伝わる。
『僕のせいで、魔女が……150年でこんな世界になっていたとは……!』
ゼロは悔しそうに、自分の膝に拳を落とした。
「……どうしたの?何故あなたは泣いてるの?」
『……不甲斐ないからだ。僕はこんな世界の為に戦ったわけではない……!』
そして涙を手の甲で拭った。
「どうして、あなたが?」
頭を撫でる手が止まる。
『トウ、僕はこの世界の闇を取るために、勇者として闇に身を投げたんだ。
君がいう150年ずっと、闇を抑えるために一緒に封印された、勇者だ。』
「……ゆう、しゃ?」
いまいちピンと来ていないトウに、ゼロは少し早口になる。
『魔女は、この世界に重要なんだ。
5人、各国の封印の役目をしているはずだ。』
「……魔女は4人よ。
……ひとり、居なくなってしまった。」
困惑したような表情を浮かべ、ゼロから視線を外す。
『……なんだって……!?』
ゼロの顔色が変わる。
そして立ち上がり、考え込んだ。
『このままでは、また闇が……!』
「そういう私も、もうすぐ処分されてしまうかも。
この世界は、……もう魔女がいらない世界なんだから。」
『トウ、それは違う!
魔女は……!
……時間がなさそうだ、なんとかしてここから出なければ……!
いったい僕の体もどこに……!?』
トウが何かを言おうと口を開いた時、地下牢に続く廊下から何人かの足音が聞こえてきた。
「……時間切れかもしれない。」
ボソリとトウが呟いた。
全てを諦めたように、トウはゼロに微笑んだ。
『……トウ、ダメだ!
君が諦めたら、世界は終わってしまう。
君が、最後の魔女なのだから……!!』
「最後の魔女……?」
呟く言葉と同時に、大きな音がして地下牢の扉が開けられた。
「……お前が、鈍色の魔女か?」
騎士に囲まれて立つ、一人の男性の声と重なる。
金色の髪の毛に、見覚えある顔。
ゼロも目を見張る。
「……貴様!第二王子、ミラルド様の御前だ!
さっさと返事をしろ!!」
先ほどのニヤニヤ笑っていた騎士の一人がトウに怒鳴った。
「……はい。」
トウは帽子を拾い上げ、ゆっくりと『王子』と目線を合わせた。
『……トウ、僕の体だ……!』
ゼロの言葉が耳に入ったが、振り向けず、視線を外せない。
トウの目の前に、半透明じゃない『ゼロ』がトウを蔑むように、見つめていた。




