第21話 魔女が知らないところで動き出す運命。
セイルが慌ただしく早足で歩き回っていた。
王都に出してる密偵から妙な報告を聞いたのだ。
第二王子が魔女の動きを調べ出したという事。
嫌な予感がする。
とても。
今まで無関心だったのに、ここにきて突然だ。
しかもどうやらあの騎士が関わっているという事。
セイルは小さく舌打ちをした。
『だからあの騎士は危険だと思ったんだ。』
セイルはイライラを抑えきれず、力任せに拳を壁に打ち付けた。
『あの時様子を見ずに引き離す事を優先した方がよかったのでは?』
左手に鈍い痛みが広がっていく。
血の滲む拳の痛みに落ち着かない心を重ね、少しだけ冷静になった気がした。
この忙しい時期にあの王子は何を考えている。
もうすぐ国一番の大きな祭りがあるというのに。
その祭りはかつてこの世界を魔女と共に救った『たった一人の王』を讃える祭り。
この国の王族の先祖にあたる人の、いわゆる鎮魂祭となる。
『たった一人の王』はこの世界では『勇者』として崇められた。
この『勇者』の伝説のおかげで、中央の国は他の国から一目置かれる国となっている。
全ての国を統括する役割なのだ。
まぁ、他の国の王は自国民を捨て、逃げたり怯えたり死んだりした訳だから逆らえるはずもない。
しかし、魂を沈める祭りとは。
世界が平和になった日といえば聞こえはいいのだろうが、自分なら死んだ日を国民に祝われるなんて、絶対ごめんだ。
しかも壮大に、派手に祝われる。
だがしかし、そんな不満を言っている場合ではない。
そんな国一番の祭りは商人にとって稼ぎ時なのだ。
勿論祭りで売るものは、かなりぼったくった価格でも飛ぶように売れる。
だが一番は、他の国からの献上品。
それを代表する商会達がリストにして検品し、王に献上する。
かなり大変で金になる仕事。
これも老舗の商会連盟のトップしか任せてもらえない仕事なのだ。
要は忙しいのはセイル達だけで、自分がクッソ忙しい時期に余計な仕事や手間を取らせるあの王子が憎くて仕方なくなるのだった。
絶え間なく出てくる愚痴と、祭りでかなりの人数の手が取られている現状。
トウを守るには現在の自分ではどうにも動けない。
だが人手も足りない。
自分の命令となっても、魔女を恐れている人間が魔女を守れるとは思えない。
セイルはまた舌打ちをした。
「……ヨシュナ!」
セイルは近くにいた自分の側近を呼ぶと、一枚の書類を手渡した。
「ここに祭りで仕入れるものは全て書き込んでいる。
……あとは都度、補充をしていく形にする。
今年もうちが鎮魂の供物を任されているんだ、絶対に間違えないよう念入りにな。」
ヨシュナと呼ばれた使用人は緊張感を表情に浮かべ、無言で頭を下げる。
そして書類の束と一緒にその紙を抱えると、部屋から静かに出て行った。
自分の椅子にだらしなく腰掛ける。
足を机に上げ、なんとも横柄な態度。
だが部屋には誰もいない。
足首をトントンと苛立ちと共に揺らすと、近くに置いていたカップが小刻みに音を立てていた。
セイルは考え込むと腕を組んだ。
そしてしばらく考え込んでから足を下ろすと、再びヨシュナを呼びつけ密偵に追加指示を出すように託けた。
せめて祭りが終わるまでは……。
今自分が動き出したところで、どうせ王子もすぐにはトウをどうこうしたりしないかもしれない。
普通に考えたって動くには祭りが終わってからの方が好都合じゃないか。
ポータルもあるわけだし、いつでもトウのとこへはいけるだろう。
しばらく密偵に探らせて様子を見るでもいいかな。
祭りを優先する事を決め、セイルは再び在庫の整理するための書類の山に手をかける。
だがのちにこの選択をセイルは死ぬほど後悔することとなった……。
+++
「……俺に婚約者って?」
長テーブルに向かい合って食事をしていた。
久々に爺さんに『一緒に食事を』と誘われ、今日こそはトウに会いに行こうと思っていたことが断念された。
そろそろ鎮魂祭の準備で、王都の警備や用心の護衛の配置、打ち合わせなどでどの騎士達も準備に追われていた。
なので、最近ずっと会いに行けていない。
大事な話があると聞いたから予定を変え時間を作ったというのに、爺さんは自分に何を言い出したのかと。
ラファエルは苛立ちを隠せない様子で老人を見た。
そんな態度も想定内という様子で、老人は食事の手を止める事なく肉を頬張った。
「そうだ。お前も立派な騎士として今後成長するためにも、な。」
ラファエルは老人の言葉に、手にしていたナイフとフォークを皿に放り投げ、ものすごく嫌そうに息を吐く。
食器の擦れる音に使用人も視線も集まる。
「爺さんさ、俺に政略結婚は望まないって言ってくれたんじゃなかったのかよ……。」
「状況が変わった。
国王陛下の末の妹君の娘に当たる公爵令嬢がな。
お前を見初めたそうでな、是非にとおっしゃられているようだ。
……流石に公爵からの打診に、伯爵であるウチが断る事もできんだろう……?」
わざとらしく、しおらしくする態度にも、ラファエルは怒りをにじませる。
「……断ってくれ。」
「だから無理だと言っている。
お前は王命に逆らうのか?」
「……なら俺を勘当してくれ。
騎士も辞める。
見たこともない女と結婚なんて考えられない。」
ラファエルは老人を睨みつけ、勢い良く席を立った。
それをすかさず老人は諭すように優しく呼び止める。
「……待て、息子よ。」
「爺さん、俺……」
「……ラファエル?」
老人の呼び止める声が強くなる。
それにラファエルが体を強張らせた。
「ワシがお前に不利益な事をしたことがあるか。
ワシはお前を本当の子だと思って育ててきた事もお前はわかっているだろう?」
「……わかってるよ、感謝している……とても。」
ラファエルの返答に老人は大きく頷いた。
ラファエルは居心地悪そうに右手で左の肩を掴み、目を伏せる。
勢い良く立ち上がったので、転がった椅子を執事が直しに近寄ってきたのを横目で見ながら。
「それならこのシーザのお願いも聞いてくれてもよかろう?
伯爵となれば、そうそう自由に婚姻出来ぬ事は話していたはずだ。」
「……聞いた、だが……俺、実は……」
ラファエルが何を言おうとしたかは検討がついた。
まだほのかに芽生えただけの、自分の思いも気付いていないのに。
勢いで、本能に身を任せ発せようとしている息子の言葉を、間入れず遮った。
「ラファエル!!」
再びラファエルの体が固まり、言葉も止まる。
「……これからはワシを父と呼ぶように。
そして、今後婚約者がいる身で、魔女と個人的に関わるでないぞ。」
ラファエルの目が見開かれたままシーザを見つめた。
「この婚約は正式に受けることになる。
もうワシでも覆せる問題ではない。
……覚悟を決めろ。」
「だが、なぜト……魔女がこの問題に関係してくるんだ?
俺の仕事と婚約、全く関係ないだろう!」
ラファエルはそれでもシーザに食い下がる。
必死にトウと自分の関係を守りたかった。
何故だかわからないが、彼女を守れるのは自分しかいない。
それは強く思っていた。
だがシーザはそれを鼻先で弾き飛ばすように息を吐く。
「……お前が任務以上の行動をしていることが、問題なのだ。」
ラファエルも負け時とシーザを見つめたまま動かない。
「……トウは俺の友達だ。」
ラファエルの拳が強く握られた。
握った手は、赤く色が変わるほど、強く。
それを気づかないフリしてシーザは続ける。
「魔女と友にはなれる訳がない。
アレはお前の友ではない。
……魔女だ。
魔女は、人とは相慣れないものだ。」
「……なぜ!?
なぜシーザはそこまであんな小さな少女を目の敵にする!?」
ラファエルの問いに、シーザは冷えた瞳で呟く。
「我が妻を死に追いやった『呪いの根源』だからだ。」
これにはラファエルも必死に声を上げた。
「魔女に呪いは存在しない。この間、町で検証を……!」
最後まで聞き終わらないうちに、シーザがフォークを床に落とす。
その音に使用人達がバタバタと慌て始めた。
『聞く気がないってことかよ……!』
不満をあらわにし、ラファエルはシーザを睨みつけた。
そんなラファエルを一笑すると、シーザが再び口を開く。
「魔女は我が家の仇なのだ。」
「……は!?
そんなこと一度も……」
「ああ、一度も言ったことがない。
正確にはこんな事情、今までに誰にも言ったことはない。
呪いに関しては、直接『魔女』の呪いではないかもしれない。
……だが、事実『魔女』の呪いで我が妻は死んだ。」
「……シーザ、そんな……」
さっきの勢いと裏腹に、ラファエルが怯み、言葉に詰まっている。
それをチャンスとばかりに、シーザは言った。
「お前はワシの息子なのだ。
父の仇はお前の仇でもある。
……わかるな?」
「……。」
「今後、ヴァンス家は魔女と関わることは許さん。
この婚約が正式に完了すれば、魔女の監視もお前の部下が引き継ぐこととなるだろう。」
シーザはそういうと、口を拭ったナプキンをテーブルに置き、足早に部屋から出て行った。
残されたラファエルはまだ今の話を理解出来ないでいた。
『魔女の呪いで死んだ……?』
そんなバカなと頭を抱えた。
身体の力が抜けるように、椅子に座り込む。
魔女に呪いはない。
魔女は災いの存在ではない。
そもそもトウは魔法が使えない。
ラファエルはトウと過ごして、そう確信していた。
だが何故シーザの妻は死んだのか。
シーザが噂や確信ない事を、確定的に口にしたりはしない。
それはシーザの性格上間違いはないだろうが……。
だがトウが誰かに呪いをかけれる筈もないし、もし本当に呪いをかけたとしたならトウの祖母や母親にあたる人ということに……。
混乱する頭でラファエルは、自分が自由に動ける時間があまりないことに気がついた。
慌てて立ち上がり上着を手に取ると、ラファエルも足早に部屋から退出して行った。




