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第19話 騎士の不安。

「……あれ?」


目が覚めると自分の家のベッドの上だった。


確か、魔女集会に出て、風邪を引いて……それからどうしたんだっけ?


起き抜けのボーッとした頭で起き上がろうとすると、なにかの重みで掛け布団が引っ張られている。

ゆっくりとその重みの方へ顔を向ける。


見慣れた黒髪が自分の直ぐそこで俯して眠っているのが見えた。


胸がドキリと跳ね上がったが、逃げようにもどうも動きづらい。


北の国で熱で倒れ、彼がここまで運んでくれたのか……?

ポータルは帰りの分の魔力残っていたのだろうか?


ゆっくりと首を動かし、もう一度ラファエルを見つめる。


いつも後ろで結っている髪がほどかれているからか、綺麗な黒い髪が少し乱れて布団の上に散らばっている。


トウはラファエルの髪の毛に朝日が当たるのをじっと見つめていた。


よく見ると睫毛も長い。

なんだか悔しくなるほど整った顔をしているし、耳の形まで綺麗に見える。


眉を寄せ、恨みがましくジッと見つめていると、パチっとラファエルと目があった。


「……あまりに見つめるので、起きるタイミングを見失ってしまった……」


「そんなに見つめていません!」


思わず動揺して敬語になったが、誤魔化す様に跳ね起きた。


「もう、熱はいいのか?」


「……うん、もう大丈夫みたい。」


バタバタとガウンを羽織ると、着替えるので部屋から出ていって欲しいとラファエルに言った。

ラファエルもハッとして、慌てて部屋から出ていった。


「……一晩中ついててくれたのかな……?」


他人が自分を心配してくれるなんて、なんだかむず痒くなるこの気持ちにトウは浮かれていた。


部屋の扉を閉め、キッチンでお茶の準備を始めるラファエル。

トウの『何も変わらない様子』に、複雑な気持ちを押し殺していた。


朝起きた時、もしトウが忘れてなかったら。


そんな恐怖で帰るに帰れなかった。

お茶を一緒に飲んだら、自分は城へ向かわなければ。


所属の仕事がひと段落ついたら、ムウの行方を自分なりに調べてみようと思っていた。


しかし。

マズかったな、一応トウも嫁入り前のお嬢さんだった。

迂闊にここで一晩過ごすべきではなかったのかもしれない。


こんなところに誰も来ないし、誰が噂することもないだろうが……。


「嫁入り前の娘さんに変な噂がたってはまずいな……、気をつけなければ。」


魔女だろうが何だろうが、トウは適齢期の若いお嬢さんだ。

年上の自分がしっかりしないといけないだろうと。


そう呟くと、濃い目に入れたお茶をすすった。


ラファエルの気も知らないトウは、サッサと朝の日課を始める。

ヤギの餌に、野菜の世話。

それが終わる頃にはラファエルが帰宅して行く時間となった。


「……看病、してくれて……ありがとう。」


今度はちゃんとお礼が言えた。

そんな小さな事をトウは小さく喜んだ。


ラファエルは何も言わず、頬がリンゴの様に染まるトウに微笑んだ。

トウの頭をポンポンと撫でると、橋を軽やかに走っていった。


玄関から少しだけ覗きながら、ラファエルに恥ずかしそうに手を振るトウ。


それを目を細めて見つめるラファエルが、大きく手を振り返す。

ヤギと随分仲良くなったラファエルの馬は、軽やかに走り去っていった。


ラファエルが入れてくれたお茶に口をつける。


ふと、食器の位置がいつもと違う位置になっていることに気がつく。

来客用の食器とコップが手前に置かれているのだ。

しかも2セットも。


「……ラファエルが出したのかな?」


いやそれはないな。

ラファエルはこんなところまできっと触らない。


何を触るのにもトウの許可をいちいち取るほど気を使ってくれる人だ。


ということは、自分が出したのか?


そういえば枕元に飾ってあったグラスも何故かキッチンのテーブルに置かれていたし。

見覚えのない花が何本か入れられていた。


それも自分が移動させたのだろうか?


そういえば帰ってきた時の記憶もない。

よく考えると北にいた記憶もボンヤリとしか……。


ただ覚えているのは、ムウが誰かと話していた内容がとてもショックだったことだけ。

あとは熱のせいでおぼろげなのだろうか……?


覚えのない食器にトウは首を傾げることしかできなかった。



数日後、北の魔女が急死したという知らせが届いた。

死亡理由は不明だったが、葬儀への参列は不要との事だった。


胸の奥がザワザワと震える。

平常心とは裏腹に、体がひどくショックを受けている感じ。


トウはたまらずその場に蹲った。

胸のザワザワも止まらない。

まるで息を忘れてしまった様に、小さく必死に息を吸った。


なぜだ。

去年と今年の2回ほどあっただけの魔女。

なぜ私はこれほどまで、悲しみに震えるのだろう。


どうせすぐ次の魔女がどこかで生まれるのだ。

そして生まれてすぐに忌み嫌われ、遠くの森へと捨てられる事だろう。

この呪いの連鎖はいったいいつまで続くのだろうか……。


ギュッと胸がまた苦しくなる。


その国の魔女が死ねば、すぐ次の魔女が生まれ補充される。

なぜ不必要な存在なのに、この連鎖は止まらない?

ムウの死去の知らせをギュッと強く握りしめヨロヨロと立ち上がると、トウは無言で部屋の中に入っていった。


この手紙は忘れない様に取っておこう。

そしていつか、彼女に会いに行こう……。


トウは痛む胸にそう誓った。


ムウの死後、しばらくの間集会を休止して欲しいと北からの要請が届いた。

他の国はその要望に同意した。


それを聞いてもなお、トウはポータルをしまえないでいた。

ラファエルはそれを何も言わず見守ってくれた。



それからしばらくはトウは何事もなく過ごしていた。

当分痛む胸と治らない倦怠感も、トウは静かに受け入れていた。


この悲しみは同じ目をし、同じ境遇の魔女が同胞を悲しんでいるのだろうと、そう思う事にした。

ラファエルは何も言わず側にいてくれた。

時折悲しそうな顔でトウを見つめながら……。


このままもう何も起きなければいい。

ラファエルはそう強く祈っていた。



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