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第17話 魔女、魔女に振り回される。

今までにない程の、けたたましいヤギの抗議の声。

何事だとトウは寝着のまま慌てて外へ飛び出した。


「ちょっとぉ、なんなのよ!撫でてご飯あげようと思っただけでしょ!

なんでこんなに騒ぐのよ!」


そこにはヤギの声にビックリしたのか、尻餅ついているムウの姿があった。

手や腰から下の下半身は昨日の雨で出来たぬかるみにハマり、泥だらけになっている。


その横で『ジェイス』と呼ばれた北の騎士がケラケラ笑いながらムウに手を差し伸べている。


こげ茶の整えられたサラサラの髪が藤色の髪の毛にかかる。

流れた前髪を整える様に、ムウがソッとジェイスの耳にかけた。


ジェイスはなんというか、上品な貴族のお坊ちゃん感が滲み出ている。

まあ、これはトウの偏見な目なのだろうが。


顔は派手なムウと並ぶと余計わかるが、平凡な普通で可もなく不可もない感じだが、ただ笑顔はとても爽やかだった。

それがまた良いところのお坊ちゃん感を醸し出している。


「ちょっと!ボーッと見てないで助けなさいよ!」


ヤギが初対面のムウとジェイスに、不信感満載の抗議でワンピースの裾をかじり出した時にハッとする。

ジェイスにかばわれる様に抱き留められていたムウとヤギを慌てて引き離した。


「このヤギ一体なんなのよ!」


「……今はうちのボディガードなのです。

知らない人が近づくと、こうやって抗議するのです。

まだ唾を吐かれなかっただけ、マシなんですけどね……」


「ツバまで吐くの、このヤギ!?」


顔を引きつらせながら泥だらけになったムウが、ヨレヨレの自分の姿をクルクルと回りながら確かめていた。

ジェイスがムウの手を引き、笑顔でムウのご機嫌を窺う様子を横目で見ながら、トウはヤギのご機嫌を伺っていた。


「……ねえ、ここは湯を浴びたい時どうするの?」


ムウが小首を傾げながらトウを見つめた。

こんなにヨレヨレで泥だらけでも、ムウは綺麗だった。

それを見て少しだけ目を細めながら、トウの気持ちに変化が生まれる。


「ああ、裏庭の桶に湯を張って、体を拭くことぐらいですが……泥を落としたければ、そこに飛び込んだらいかがですか?」


トウはしれっとした顔で湖を指さした。

まさか飛び込みはしないだろうと、少し意地悪を言ってみただけなのだ。


風呂場がないのは事実だが、大人のムウがそんなことをするはずないと思ったからだ。

昨日から突然にうちに駆け落ちしてきて、振り回されたことに少し仕返ししたかったのかもしれない。


ムウはトウの向けられた指の方に視線をユックリと向けた。

そして向けられた指先の方向へ突然走り出し、服のまま湖に飛び込んだ。


ギョッとしたのはトウの方だった。


「何をやってるのですか!!」


思わず叫んでしまった。


「あははは!!私初めてよ、泳ぐの、初めて!」


ムウは子供の様に手足をバタつかせ、湖に浮かぼうと必死に動かしていた。


「それは泳ぐっていう感じじゃな……!」


突然目の前に剣の収まったソードホルダーを渡されたかと思ったら、ジェイスも飛び込んだ。

水しぶきがトウに降り注ぐ。


「あなたまで何を……!」


いい大人が何をやっているのだ。

子供の様に二人ではしゃぎながら、泳げない二人で湖で抱き合っている。


トウは口をアングリと開けたまま、二人を見つめるしかできなかった。


「だって私たちずっと雪が降るところにいたのだもの。

泳いでみたかったの!ねえ、泳ぐって楽しいわね!」


キラキラした笑顔でムウはジェイスと共にトウに手を振った。


手を振り返す余裕もなく、ポカンと二人を見つめていたが、預かった剣を落としかけてハッとする。

いやいや、そうではない。

北に比べると中央はいつも暖かいが、朝は水温も下がり、このままでは二人とも風邪をひいてしまう。


「まだ寒い時間ですから!泥を落としたらさっさと上がってください!

風邪をひきます!!」


声を張り上げてムウを叱るトウ。


誰かにこんな大声で何かを言うことなんてないので、何故か辺な感じに。

喉がピリッと張り詰めた。


自分でもこんな大声が出るなんて思わなかった。

なんだか最近初めてのことが多すぎて、トウには環境の変化について行けていなかった。


でも。


「あら、結構気持ちいいわよ?トウもいらっしゃいよ!」


湖からムウが何度も手を振っていた。


その様子を見てるとたまらず、自分も水の中に飛び込んでいた。

薄手の寝着のままだったので、布が肌に貼り付いて水温が肌に刺さる。


「冷たいじゃないですか!!!」


思わずまた叫んだ。


「そんな事ないわよ、雪が降る日の噴水に比べたらこんなの目じゃないわよ?」


だいぶ様になる犬かきを取得したムウが、震えるトウを見つめ笑った。


「湖と噴水と比べるな!!」


大声を張り上げる度に、ムウとジェイスが大笑いした。

その笑い声につられて、なんだか怒っているのも馬鹿らしくなり、トウも笑った。


「仕方ないので泳ぎ方を教えてあげます。船で遠くへ行くのであったら覚えていて損はないかもだから……」


「……教えてくれるの?」


トウは静かに頷いて、水に沈み、魚の様に水から飛び上がる。


「……すごいわ、トウ!!本物の魚みたい!」


自分より6つも上のムウが子供の様な瞳で自分を見つめていた。

なんだか恥ずかしく照れ臭かったが、自分が得意なことを誰かに披露できたことが、すごく嬉しかった。


トウはムウと沢山泳ぎ回った。

ムウもトウも、沢山笑い合った。


気がつけばもうお昼も過ぎていた。

泳ぐことに夢中ですっかりラファエルが訪ねてくることを忘れていたのだ。


いつものマフィンのカゴを持ったまま、数時間前のトウと同じ顔で立ち尽くしていた。

口をポカンと開けたまま。


「……泳ぐにはまだ早い季節だろう?」


静かに怒りを向けてくるラファエルに、トウはくしゃみが止まらなかった。

……御もっとも。


確実にぶり返している。


北の生活で寒さに強い二人と比べては行けなかったのだ。

しかも自分は病み上がり。

確実にぶり返したのだった。


ムウとジェイスが申し訳なさそうにラファエルに言い訳していたが、ラファエルの視線はトウに一直線だ。


毛布にくるまり、暖かいお茶に体を温めてもらいながら、言い訳を考えている。


「……いつ風邪をひいてもいいって言ってたじゃない……?」


「一度引いたものが振り返すと、もっと酷くなるだろうな。」


まっすぐな視線が自分から外れない。

とても怒っているのが伝わる。


「……私、薬いっぱい作るわよ?」


ムウがトウを庇う様に口を挟もうとしたが、一切反応しない黒髪の騎士に静かに口を閉じた。


「……心配かけている友人に何か言うことはないのか?」


「……友人……」


「……トウは違ったのか?俺は友人だと……」


「違うの、友達なんて初めてで、嬉しかっただけ。」


「……そうなのか?じゃあ俺はトウの初めての友人なのか。

だったら尚更……」


ラファエルが最後まで言い終わらないうちに、トウは立ち上がりラファエルに飛びついた。


「心配してくれて、ごめんなさい!」


突然飛びついてきたトウにラファエルはひどく驚き固まってしまう。

まさか抱きつかれるとは想定外だった。


「……いや、うん……」


しどろもどろになったラファエルには気がつかず、トウは嬉しそうに微笑んだ。


「友達になってくれてありがとう……!」


そう言うと、またくしゃみをしながら椅子に座り込んだ。


呆気に取られていたラファエルだったが、くしゃみを連発するトウをすぐベッドへと運んだ。


「……ねえ、私はそこに干してある薬草を見て薬を作るから、ジェイスはそれで薬湯と小麦粉を練ってくれない?」


「……そうだね、きっと今のラファエルには余裕なさそうだね。」


ジェイスはクスクスと笑いを堪える様に口元を押さえた。

ムウはジェイスに意味ありげに微笑む。


「……さあ、看病は任せて昼食の準備しようか。」


ジェイスがソッとムウに寄り添った。


「そうね。そういえば私もお腹すいたわ。」


そう言うとムウはふラファエルの持ってきた籠からマフィンをつまみ食いしながら、薬草をとりに奥へと消えた。

ジェイスはまた二人の様子を見つめながらクスクスと微笑んでいた。


「君たちも、うまく行けばいいのに。」


小さく呟いて、目を細めた。


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