第14話 魔女、自分の立場を考える。
「あの資料は誰が書いたものだろう?」
部屋に戻ると忙しそうに動き回るラファエルに聞いてみた。
ラファエルは『うーん』と考えると頭をかいた。
「俺は分からないなぁ。あれは事前に届けられていたものだと思うぞ。」
「ラファエルが持ってきたんじゃないの?」
「俺も何が書いてあるか始めて知った位だからなぁ。」
「……まるで私がやってるかの様に書かれているのは何だったのだろうか。
他の魔女はわからないけど、他も多分やってない様な……」
あえて言葉にしなかったが、まるで国勢問題に関わる仕事をしているかの様な、そんな仕事ぶりを報告したのだった。
産業なんか携わるわけもなく、街でしがない占いもどきをして生計を立てている。
しかもその占いを影で私がやってるなんて誰も知らないだろう。
だけど。
書類の中の自分は別人だった。
忌み嫌われて街の人から怖がられている自分ではなく、まるで150年前の魔女の様に王に仕え、支えている様な報告だった。
「……元気出せ、トウ。」
察してか、ラファエルがそっとトウの肩に手を添えた。
「……何も気にしてないよ。
ただ、不思議に思っただけ。」
『本当に気にしてないよ』と、ラファエルに微笑みかけた。
少し引きつっていたかもしれない。
笑いかける事に慣れてないからだから、と自分に言い訳する。
気にしてないフリをして、ラファエルからそっと離れた椅子に座った。
ふと椅子と同じ色をしたテーブルに目が惹かれた。
テーブルの上には豪華な花と一緒に美味しそうなお菓子がふんだんに置かれている。
だがトウはそれに手を付ける気にはなれなかった。
ジッとお菓子を見つめ、頬杖をつく。
ラファエルの視線はもう気にならなかった。
『一体魔女とは。』
魔女が要らないこの世界に、書類の中だけは魔女が必要なのか。
一体魔女とは、何なんだろうか。
こんな集会意味があるのだろうか。
結局国同士の嘯いた自慢報告なら、魔女がせずとも騎士会議でもすればいい。
何故魔女でなくてはいけないのか。
益々自分の存在が嫌になり、トウは深く落ち込む様に息を吐いた。
「……ちょっと外の空気を吸ってくる。」
トウは立ち上がり、ドアへとヨロヨロと向かった。
ラファエルがついてこようと申し出てくれたのだが、それを頑なに拒んで。
「……護衛に来てくれたのに、断っちゃダメだったかなぁ……」
部屋から出てすぐ、また自分の行動に落ち込む。
少しだけ開いた窓から冷たい風が吹き抜けてきて、トウの体を突き抜けていく。
ローブを置いてきたことを後悔したが、あんなに外に出ると言い張った手前、もう戻る元気もない。
まっすぐに伸びた廊下の赤いフカフカの絨毯の上を、ヨロヨロ歩くトウ。
肌寒さをごまかす様に、両手で自分の肩を撫でた。
まっすぐに進むと、庭へと繋がる階段が見えた。
選択肢もなく、庭へと降りる。
階段の先の金色の扉を開けると、外は雪がちらついていた。
足元が歩く度雪に埋もれる。
幸いブーツを履いていたので足元は寒くない。
トウのワンピースの肩や頭に、雪が落ちてくる。
降り積もっていくには時間がかからなかった。
「……意地張ってないで戻ろう……。」
中央にある噴水まで歩いてきたが、水さえ凍っているのを見て、心が折れた。
即座に部屋に戻って暖炉の前に座り込みたい。
自分の肩を抱き、小刻みに震えながら来た道を戻ろうと方向転換をした。
そんな時、噴水の反対側の垣根の奥からうっすらと話し声が耳に入る。
今戻ろうと体を向けたが、声が気になりまた噴水の方を向く。
こんな寒い庭で一体誰が何の会話をしているというのか。
ほんのちょっとの差で、寒いより好奇心が勝ってしまった。
ソッと雪に滑らせる様に足を進める。
段々と声が聞き取れる位置まで来るとすぐ、誰の声かわかった。
「……どうしても、無理なのです。」
「……何故なんですか?私はあなたのことが心配なのです!」
凍った噴水の向こうに二人の人影も見えた。
トウは聞き耳を立てる様に噴水に身を乗り出した。
「このまま魔法と称して『毒味』を続けていたら、あなたはいつか死んでしまう……!」
「……それがこの世に生まれた私の魔女としての運命です。
私が死ねばすぐ、新しい魔女が生まれる事でしょう。
今度はその魔女が次の私になるのです……。」
「でもそれは貴女ではない!!」
1人はムウだった。
ムウの手首を掴み、必死に追いかけているのは一人の北の国の騎士。
彼は集会の時、ムウの護衛として着席していた。
今にも泣きそうな顔でムウを引き寄せる。
ムウはそれを拒む様に腕を上げようとするが、力では叶わない様子。
「……愛しているのです。
僕にはあなたしかいない。」
騎士はムウを強く抱きしめた。
「……知っているでしょ?魔女の婚姻は認められていない。」
「ですが……!」
ムウは悲しそうな顔をして騎士を突き飛ばし、腕から逃げる。
それを再び捕まえようと、騎士がムウへと手を伸ばした。
「ダメよ。
私は魔女。あなたは未来ある伯爵の子息。」
「ムウ、僕らは幼いころから愛を誓ってきただろう……?」
「……毒を飲み過ぎて忘れたわ、そんな事。」
「ムウ!!」
「無理よ!!」
ムウが悲痛な声で叫んだ。
思わずトウの体もびくりと強張った。
だがそれを我慢する様に、両手で口を抑え、ムウと騎士を影から見守る。
「僕は諦めない……。
この世界にきっと魔女が魔女でいても関係ない世界がどこかにあるはずだ。
一緒に逃げよう、ムウ……。」
騎士は再びムウを抱きしめた。
ムウは騎士の胸で、とても綺麗な涙を溢す。
まるで物語のワンシーンの様な、雪が降り積もる雪景色に溶け込む様な、綺麗な情景に見えた。
トウは寒さも忘れ、2人に見惚れてしまっていた。
だが次の瞬間、トウはその情景全ての色を失うことになる。
騎士の腕の中でムウが呟いた。
「魔女は婚姻を認められていない。
私たちはいわゆる特別変異なのだから。
金の目をして生まれてきた子供は『魔女』として親から捨てられ国に預けられる。
そこは地獄の日々だった……。
私の魔力が『味覚』だとわかると、小さなころからずっと色んなものを『味見』させられた。
たとえそれが命の危険があっても構わない人達から……!
私はそうやって生きてきた。
絶対に死にたくないって、こんなものに負けてなるものかって……!」
ムウは子供の様に騎士の胸で泣いていた。
騎士は降り積もる頭の雪を払う様に、ムウの頭を撫でていた。
「婚姻なんて関係ない。
一緒にいられたらそれで……!」
「あなたはわかってない。
あなたは一人息子で、家を継がなければならないのよ?
そしてあなたの子がまた、家を継ぎ……そうやって生きていかなければならないのでしょ!」
「親は関係ない。」
「あるわよ、どうするの!?
もし、魔女が子を産んだ場合、もっと魔力のある金の目が産まれてきたら……。
私と同じ道を辿らせるの!?
……今までにだって前例はないわ。
魔女は子を産めないの!!」
ムウが再び騎士を突き飛ばした。
騎士は流石に手を伸ばさず、悲しそうな声で続けた。
「それだって産んで見なければわからない!」
「……私は嫌よ。」
ムウは指で涙を拭った。
そして、強い目で騎士を見る。
「私はあなたとは行けない。
……あなたを愛すことはできない。
私は魔女として生き、そして精一杯足掻いて、死ぬのだわ!」
ムウがもう振り返ることはなかった。
ソッとトウの横を早足で通り過ぎたが、雪が降り積もっている小さなトウには気がつかなかった様だ。
トウはムウの言葉を反芻させる。
『魔女は、今まで子を産んだことがない。』
『魔女は親から捨てられ、国に預けられる。』
トウはさっきより強くなった雪の中、ずっとその場に呆然と座り込んでいた。




