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第11話 騎士は突然やってくる。

セイルが選んでくれた服を眺めて溜息をついていた。

なんて素敵な生地だろう。


初めて見る様な素材に、思わず何度も両手を這わせていた。


自分が購入したのだから、自分の物なのだ。

自分が着ていいものなのだ。

そのはずなのだが……。


触ることは出来るのに、中々袖を通せないでいた。


中でも一際目に付いた服がある。

自分の髪の色よりも明るい、綺麗な若草色したワンピースだった。


今までグレーの服ばかり着てきたので、こんな色を自分が着ていいのか?と、ためらわずにいられなかった。


「ココにもオシャレをしろと言われたし!」


何度も言い訳の様に呟いたが、どうも後ろめたい気持ちになる。


スカートの裾の部分に、うっすらと黒い蝶の刺繍もある。

なんて素敵な服なんだろう……。


そう思いながらまた、手で触れて眺めるだけだった。


髪を綺麗に洗い落とし、新しい石鹸でとてもいい匂いに包まれていたが、そろそろ服を着ないと風邪を引きそうだ。

だけど……。


トウはモソモソとさっき取り込んだばかりのいつもの服を着たのだった。


もちろん同じ様なグレーのワンピースも入っていた。

そろそろくたびれた服は捨てて、こっちを着なさいとセイルに怒られたのだけど。


思い出溢れる服なのでそっと母のタンスにでもしまっていようと思った。


「……それにもう少し着られるしね。」


今日買った服たちは自分のタンスに大事そうにしまった。

何度も何度も気になって、閉めたり開けたりしたが。


集会の準備も揃った。

何があるかわからないので、着替えと保存食もカバンに詰める。

そして厚手のローブとブーツをカバンの近くにかけた。

これでいつでも行ける。


トウは小さく息を吐くと、テーブルに並べてあるジャムやチーズをしまい出した。


思ったよりたくさんの食べ物に段々と自分の財布が心配になってくる。

トウは相場を知らないので、この瓶が一ついくらなのかわからなかった。


今回はトウが好きないちごのジャムだけではなく、オレンジやブルーベリー、りんごも入っていた。

石鹸だけでも5つもあったので、しばらく困らないだろう。


ベーコンにソーセージも塩漬けにされているので、しばらく持ちそうだし。

一人で食べきるにはあまりに多い量だった。


「お肉食べられるよ、ノラ。

塩漬けされてないとこならノラも食べれるし。」


ノラはお肉と聞いて慌てて起き上がる。

今くれると期待してトウに激しく鳴いて催促した。


トウは仕方なく、油紙に包まれた塩漬けされてない方のベーコンを切り分け、火で炙る。

その匂いに誘われて、ノラは『待てない』と言わんばかりにトウの背中に飛びついた。


ノラといつもより贅沢な夕飯を食べている時、窓から心地よい風が部屋へと入ってきた。

髪が揺れるたび、カモミールの匂いが鼻に付いてくる。


石鹸の効果で、自分自身が包まれいている香りに、何だか心が踊った。

そのおかげで昼間の怖かった事も忘れて今日はよく眠れたのだった。


それからしばらくはいつもと変わらず、淡々と日々が過ぎていく。

トウの1日は単調で同じことの繰り返しなのだが、意外と忙しい。


まだ日が高く上がらないうちに、森の奥で薬草を探しに行ったり、一通り洗って干したら今度はセイルの仕事の手伝い。

それが終わる頃には、日も沈んでくる時間だ。

慌てて催促される前にヤギのご飯を用意して、自分とノラのご飯の支度。

進歩は全くないが、魔法の修行も毎日欠かさない。


夕飯が済むと後片付けをして、体を湯で綺麗にして、さっさとベッドに入る。

眠れない時は、母が残してくれた絵本を繰り返し読むのだった。


枕元に置いたグラスが気にならなくなってきた頃。

まだ空が明けない時間に、馬の鳴く声が聞こえ飛び起きる。


外窓の外を覗くと、見慣れた騎士が橋に足をかけるのを躊躇っていた。


思わずくクスリと笑ってしまう。

なぜ毎回この橋に足をかけるのを躊躇うのだろう。

本当は頑丈だよと言っても、きっと信じてもらえなさそうだ。


トウは今のうちにと起き出して、タンスから新しいグレーのワンピースに迷いなく袖を通した。

着慣れてない服を着たので、落ち着かなく何度も鏡の前でクルクルと回った。


橋を歩く足音が段々と近づいてくる。


髪を手で整え、スカートのシワを気にする様に手でパッパと払う。


足音が玄関の前に止まると同時に、扉がノックされた。


「……トウ、朝早くからすまない。起きているか?」


そういうと、もう一度コンコンとノックする。


「……はい、起きています。」


扉の鍵を外し、ユックリと扉をあげると、ラファエルが血相を変えた顔で立っていた。


その表情にトウは驚いた。


「……何かありましたか?」


「……無事か?」


ラファエルはトウの顔を見るなり、自分の胸へと引き寄せた。

ギュッと力強く抱きしめられる。


トウは訳がわからないまま、固まっていた。


自分はいったいなぜ、ラファエルに抱きしめられているのだろう。

これはまさか夢か?

じゃないと説明できない。


困惑するトウをラファエルは抱きしめたまま、小さく息を吐いた。


「……魔女が王都で捕まえられたと聞いた。

まさかと思い、慌てて駆けつけたのだが……無事でよかった。」


「……魔女が?」


トウはユックリとラファエルを見上げた。

トウの顔を見て安堵した表情を見せるラファエルに、胸がドキンと高鳴った。

抱きしめられたまま、ギュッと自分の胸元を掴む。


何だこの胸のドキドキは……。


自分の知らない感情に少し怖くなる。


「……あの!離してください!!」


自分の腕の中で震えるトウを、ラファエルはハッとして離れた。


「……すまない!俺も動揺していて、その、申し訳ない!」


恥ずかしそうに手で顔を覆うラファエルが、今まで見たことないラファエルだったため、トウの動揺が収まっていく。

そして好奇心が芽生えた。


「……いえ、いいんですけど。

あの、それで、魔女が捕まったというのは……?」


質問とは別に好奇心で体が動き、ラファエルの顔を近くで覗こうとした。

それを避ける様にラファエルが手で覆ったまま、顔を背ける。


トウは自分が優位に立った様な気分になり、クスクスと笑った。


「……何で笑うんだ。」


少し拗ねた様に、ラファエルが手の隙間からトウを見つめた。

ラファエルのその表情も、ますますトウの顔を緩ませた。


ひとしきり笑うと、トウは少し恥ずかしくなった。

こんなに人前で笑ったのは初めてだった。


「……すみません、落ち着きました。」


取り繕う様に咳払いなんかしてみる。

いい加減笑ったので、ラファエルはだいぶ拗ねていた。

すでに顔を覆っていた手は外されていたが、椅子を反対に腰掛け、トウに背を向けている。


「……あの、ごめんなさい。」


「……そんな面白かったか?」


「……いえあの、すみません……」


口を尖らせ、チラリとこっちをみるラファエルに、再び吹き出してしまいそうになったが、堪えた。

こんな子供っぽい表情もするのだなと、頬が緩みそうになる。


自分より4つも年上の、しかも厳格な騎士である。

なんだか親近感も湧いてしまった。


緩みそうな頬を両手で押さえる。


そしてラファエルを再び見上げると、ラファエルがさっきまで拗ねていた顔ではなく、自分を見て微笑んでいた。


「……無事でよかった。」


「……はい、無事です。」


なんとなく恥ずかしくなり、少し下を向きながら答えた。


「昨日の件で手違いで捕まってしまったのかと思った。

……王都より、ここにきた方が早いだろうと思って、馬を走らせた。」


「……そうでしたか。」


ラファエルは肩から大きく息を吐いた。


「……安心した。」


「……ですが、魔女とは……?

この国に魔女はもう私だけのはず。

私が知らないだけで、他にもいたのかしら……」


トウが首をかしげると、ラファエルが胸ポケットから一枚の紙をトウに差し出した。


トウが受け取って紙を開く。


『昨夜、王都で窃盗の容疑で捕まった女の情報。

緑っぽい黒髪、グレーの服、……』


トウはキョトンとしてラファエルを見つめた。


「あの、魔女とはどこにも書いてませんが……。

この女の特徴は私に似てはいますが……」


ラファエルもキョトンとした顔でトウから紙を奪い取り、よく読んだ。


「……本当だな……。」


「……」


無言で見つめ合う。


まさか。

まさかラファエルは女の特徴だけで魔女と読み違えたのだろうか。


それを今もしや、気がついたのではないか?


ラファエルは困った様に頭をかいた。

何か言い訳を考えているのか、キョロキョロと何か言いたげに口を半開きにして、目線が泳いでいる。


「……」


無言で見つめるトウを赤い顔で俯いた。


「すまない、大変な勘違いをした様だ……

だが!言い訳させてほしい。

昨日の今日だったので本当に心配してたのだ……いても立ってもいられず……本当に朝早くからすまない……」


『あー』『うー』と唸りながら、必死に弁解をしているラファエルをまたトウは声を上げて笑った。


「……ありがとうございます、心配してくれて……。」


そうつぶやいて、ハッとする。


「あっ!やっとお礼を言えた!!」


トウの突然の大きな声に、ラファエルもびっくりした顔で首を傾げた。


「あ、いえ、あの。……ずっとお礼を言いたかったので。

グラスのお礼も、助けてもらってのお礼も言えなかったから……」


トウは座っているラファエルに向き直る。


「ステキなグラス、ありがとうございました。

あと、助けてくれて、心配してくれて、ありがとう。」


そして深々と丁寧にお辞儀をした。


頭をあげると今度はラファエルが笑っていた。


そしてトウも笑う。


ベッドの横に置いてあったグラスに、初めて花をいけた。

そしてラファエルを朝食に誘い、一緒に話をしながら楽しいひと時を過ごしたのだった。

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