第10話 セイルの事情。
しばらく歩くと、大通りの大きな商店街に出る。
街で一番賑わっている通りだ。
その通りの奥に、セイルの商会があった。
街で一番大きな建物で、そして古く、貫禄がある建物。
昔から変わらない。
小さい頃はよくこの店の前でセイルと遊んだ。
主に、大半は泣かされていたのだが。
そんな思い出に、フフッと笑う。
手を引かれながら歩くのもまた、懐かしく思った。
商会に入るなり、一番大きな部屋に通された。
部屋の奥にはまた大きな机があり、書類が山のように積まれていた。
「……忙しそうだね。そんな時に、ごめん。迷惑かけちゃって……」
トウがその書類の束で、セイルの仕事を察した。
申し訳なさそうに、掴まれたままの手をモジモジと動かす。
「……ほんとだよ、まったく。
次はちゃんと先に連絡して。
……わかった?」
小さな子に言い聞かせるように、セイルがトウの鼻先に指を押し付ける。
トウは小さな体をさらに小さくして、頷くことしかできなかった。
「で、あの騎士は何?」
トウの握りしめていた買い物メモを取り上げて目を通すと、セイルが自分の部下にあれこれ指示をしだした。
部下はお辞儀をすると、部屋からいなくなった。
トウはモジモジと、下を向いたまま何も答えられなかった。
『あの騎士はなんだ』と聞かれても、ただの騎士だ。
自分は名前しか知らない。
なんと答えていいのかもわからない。
ただ、魔女を知らないせいか、魔女を怖がらない、変な騎士なのだ。
それをどう説明して良いやら……。
額をぽりぽり掻いてみたり、何か喋ろうと口を開けてみたりしたが、何も思いつかない。
しどろもどろしてる間に、トウの目の前にいくつかのローブが並んだ。
買おうと思ってたジャムも数種類あり、ベーコン、ソーセージ、チーズまでも種類豊富な宝石のようにキラキラ光り輝いて見えた。
そして欲しかったものがあっという間に、目の前にある。
「……最初から頼めばよかった……」
あれだけ出かけることを悩んだ日々はなんだったのか。
トウは思わず気が抜けて、その場に座り込んだ。
「……床に座るぐらいなら、そこのソファーに座ってよ。」
セイルが不機嫌そうにトウを抱き起こす。
トウは黙ってセイルに身を任せていた。
小さな体は軽々と持ち上げられ、高そうなふかふかのソファーに身を沈ませた。
思わず指で撫でたくなるほどの心地よさだ。
ソファーに興味津々のトウに、セイルはまた溜息を吐く。
「……椅子はいいから、早く必要なものを見て。
日が暮れると帰る時間がなくなってしまうでしょ?」
まるで子供を叱る様にセイルがトウを諭す。
トウはハッとして、恥ずかしそうに前を向き直った。
「ローブは色もサイズもトウにあいそうなのを揃えた。冬に向けてならこっちの厚手のものでもいいと思うけど、普段も使うならこっちの薄いやつも買ったほうがいいよ。」
セイルはテキパキとトウにローブを被せていく。
トウは圧倒されたのか、ウンウンと頷くことしか出来ず、目の前のキラキラするローブに目を奪われていた。
色は紺や濃いグレーで、トウが欲しかった理想に近いものや、それを超えるものに圧倒されていた。
鏡の前に立たされ、あれこれとローブを着せられていく。
正直、服を選ぶなんて初めての体験に何を選んでいいかわからないでいた。
セイルはそれを知ってか、たくさん並べたローブを2着選ぶと、それを勝手に包みだした。
「ローブはこれで決まりだね。服も数着ローブにあいそうなワンピースを選んだし、保存食も適当に入れたよ。あとは、どれだっけ?」
セイルは頭をかきながら再びメモを見ながら指でなぞった。
「足りないものはまた揃えて近いうち僕が持っていくね。
あと忘れ物は?」
トウは未だ何が起こってるかわからないフワフワ感にハッとする。
「ポータル!」
そうだポータルを置く場所を決めないとだった。
だが、その言葉を叫んでしまい、『あっ』と小さく呻いた。
「……ポータルって、トウそんなもの使えたの?」
内緒にしていたのだった。
睨むセイルに、困ったように笑って誤魔化そうとする。
「……私が作ったものじゃないわ。お祖母ちゃんが作ったもので、お店とうちを繋げていたものなの……」
あまりセイルに知られたくなかったので、口籠る。
その様子で全てを察したのか、セイルは今日初めての満面な笑顔を浮かべた。
「……なんでそんな便利なものを、僕に黙ってたのかな?」
机に座ったまま、組んだ手に顎を乗せる。
セイルの笑顔に鏡の前に立ったままのトウが、怯える様に一歩下がる。
「……だって、これは秘密だから、言えなかっただけで……」
頻繁に来そうだから嫌なんて口が裂けても言えない。
「置き場所、困ってるんだよね?
……ねえ。」
セイルの笑顔に何かどす黒い影が見える気がする。
トウは視線を大きくセイルから外す。
「……あの、えっとぉ……」
「……うちに置きなよ?
……ねえ。」
トウはもう、『はい』と返事することしか出来ず、がっくりと肩を落とした。
どうせこうなる運命だったのだ。
ここが一番安全だろうから、選択肢はココしかなかった。
トウは一生懸命そう思い込み、自分を納得させた。
セイルはこれから頻繁にうちに来るだろう。
今まで遠いからってめんどくさがって自分じゃ来なかったくせに、これからは自分でひょいひょい来てしまう。
諦める様にトウは深い息を吐き出した。
「……あ、えっと、これいくらだった?」
思い出したかの様にトウは麻袋を取り出した。
慣れない手つきで麻袋からコインを取り出そうと、そのポーズのままセイルを見つめる。
セイルはそんなトウを見つめ鼻から息を吐きながら笑った。
「次の売り上げから引くよ。領収もその時に。」
はなからお金をもらうなんて考えてなかった。
なんだか頼りない昔馴染みを親目線で見ている自分がいる。
お金が何より大事な自分が、『コイツからお金をもらう』なんて思いつきもしなかったことに自分でも少し驚いた。
自分が世話を焼かないと、畑で採れた野菜ばかり食し、そのうち年老いたヤギと住み着いてしまったやせ細った猫と一緒に栄養失調で死ぬんじゃないかと思っていた。
生きることに興味がなく、ただ静かに毎日を終えている様に見えていたし。
それなのに冬を越すためのローブを買いに、勇気を出して街に来るなんて……ひどく驚いた。
あれだけ自分が冗談めかして『街に出ろ』といっても頑なに拒否をしていたのに。
一体なんの心境の変化なんだろう。
お金は後日と自分が伝えたのにもかかわらず、麻袋からお金を握ったまま首を傾げてる頼りない生き物。
「……あのさ、あんま心配かけんなよ?
なんかいるものがあったら次から僕に言いなよ。
ポータル貰ったし、いつでも届けに行けるしね?」
意地悪く、トウに微笑んだ。
その顔にボケーとしていたトウがびくりと体を震わせる。
慌ててお金を袋にしまい、頑丈に紐をくくり出した。
「荷物一緒に届けてあげるから、今日はもう帰ってこのベタベタするもの洗い流しな。」
汚いものでも触る様に、人差し指と親指の爪先でトウの髪の毛をつまんだ。
トウは何か言いたげに、顔を赤くして頬を膨らませた。
「あ、次街に出る事がある時は……この服とこの帽子。
変装セットね。
髪の毛帽子の中に入れたらいいから。」
子供に言い聞かせる様にトウに説明する。
さっきまで赤い顔で怒ってた生き物は途端に素直になり、何度も頷いた。
「石鹸もたくさん種類入れたから、試してみなよ。あとはー……」
まただ。
また自分が親目線で話してることに気がつき、思わず黙る。
途中で止まった言葉に、首を傾げセイルを不思議そうに見上げていたのに気がついて『なんでもないや』とトウの鼻をつまんだ。
帰りのポータルになけなしの魔力を込める。
ポータルは中々の低燃費設計なのだが、なんとなく。
最後に注いだのも祖母なのだが、祖母が亡くなっても未だ枯渇せずに使えているから不思議。
指先が光るぐらいの魔力だが、注げば当分セイル一人ぐらいなら行き来できるだろう。
何や感やでお世話になりっぱなしだから、せめてものお礼に……。
セイルは初めてのポータルに軽く酔ってしまったが、トウに気づかれない様に荷物を黙々とテーブルの上に並べた。
そしてもう一度『何かあったら自分にいいな』と念を押し去っていった。
ポータルはセイルの書斎の片隅に置いた。
これでいつでもあの変な昔馴染みをからかいに行けると少しだけ微笑んだ。
いつでも生きているかの確認もできる。
今度は料理の本でも持っていってやろう。
きっと見るだけで終わりそうだが、それでもアレは喜ぶだろう。
そんなことを考えながらふと書類を書く手が止まる。
「ヨシュナ、あの青い制服はどこ所属だっけ?」
側で控えてた部下に声をかける。
「……青は第二か第三かと。」
「ならそこの黒髪の騎士について調べてくれ。」
「……仰せのままに。」
ヨシュナと呼ばれた男が扉から出ていく。
セイルはふと考え込む。
「……とりあえず害があるかないか、様子見る、か。」
いつもより低い声で呟いた。




