人生の最後に赤い夕焼けを
「ねぇ、どうして貴方は側に居てくれるの?」
「決まってるじゃん。病める時も健やかな時も続きは忘れちゃったけど、いつだって側に居るって誓っただろ?」
「いや、そんな誓いしてないし、そもそも、結婚してないし......」
私は呆れて顔を背けた。人生最後の夕日が沈む。照り返す海面が蒸発しそうに赤く煌めいて、世界を真っ赤に染める。その美しい光景に思わず、感嘆の吐息を漏らす。
ああ、終焉を迎える場所がここで良かった。
「このまま、ここで目を瞑ったら、楽になれるのかな?」
「そうだな、楽になれると思うぜ」
隣の男は真面目な顔をして答える。
そうだよね。やっと楽になれると思うと私は安堵のため息を漏らした。もう、養父と養母に虐げられなくて済むのだ。
橋の下を眺める。暗くて海面は見えない、ここは潮がぶつかり合い複雑な渦ができることで有名な場所だ。夜にここから落ちたらまず助からないだろう。
夜の帳が下りる。全てを闇に包むように、これから起きる事件を隠すように。
「今まで、ありがとうね。最後くらいはお礼を言わないとね。来世で会えたら、また、友達くらいにはなってあげるよ」
私は泣きそうな顔でふにゃりと笑みを作る。
彼はニヤッと笑い、私の頭に手を乗せた。
「友達より、恋人がいいかな。それよりも、来世があったらだけどな」
「そうだね、私が行くのは地獄だもの、生まれ変われないかもしれないね」
彼の手を払い除けると、手すりを乗り越え、真っ暗な闇を見下ろす。
風が強く、手を離すと直ぐにでも落ちそうだ。暗い、怖い、死ぬのは嫌だ。でも、生きて行くのはもっと嫌だ!
私は震える足で思いっきり跳んだ。全身を冷たい空気と浮遊感が包む。重力から、束縛から、解き放たれる。高いところから落ちたら、水はコンクリートよりも硬くなるんだっけ? この高さだもん。楽に地獄に行けるよね?
「お前が地獄に行くわけねーだろ?お前の居場所は俺の側だって決まってんだよ」
橋の上にいるはずの彼の声が側で聞こえた。このバカはどうしてついて来たのだ? 心中なんて望んでいない。お前は明るい未来があるだろう?
「なんで一緒に跳んでるの?バカなの?死ぬの?」
「大丈夫、腰にロープ巻いてっから。俺、バンジージャンプやってみたかったんだ」
無重力を止めるように彼が私を抱きしめる。冷たい夜風を遮るように熱い抱擁だった。
急ブレーキの衝撃で落ちかけた私を彼は一際強い力でぎゅっと抱きしめる。彼の口からグフっと内臓から絞り出した吐息が漏れた。私を抱えたロープがお腹に食い込んだのだろう。辛そうにうめき声をあげる。普段のように、軽口も叩く余裕すら残ってないようだ。
風が吹くと、宙吊りのブランコのように、ぶらりぶらりと体が揺れる。本当に助かってしまったのだ。残念な気持ちと助かって良かったという気持ちが半々に混じる。
私のことをこんなに好きなこいつがいるなら、もう少し生きてみるのも悪くはないかもしれない。真っ暗な夜空をぶらぶらと見上げる。遠くに一番星が輝き始めるのが見えた。