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過去を知る者

 『これから駅の方へ向かう』と言っていたハルたちと別れて、日当たりのいいベンチを確保する。

 桜からは少し離れたけども、芝生広場でボールを追いかけている幼児を眺めながらの昼飯も、なかなか良い感じで。


 将来、瑠璃と家族になったら……なんて妄想しながら、買ってきたサンドイッチに齧りつく。

 うーん。バターの味がちょっとしつこい、か?


「で、さっきの二人って、誰の子?」

 二人分のホットコーヒーを水筒から注いでいる瑠璃に、改めて尋ねる。

「MASAさんの所の春斗くんと、RYOさんの息子の尚太くん」

「……言われてみれば、ハルは似てるな」

「でしょ? あそこの姉弟は特に、お父さん似なのよね」

 ギターのMASAは、キツネのようなつり目が、織音籠(オリオンケージ)の中で一番の硬派って印象を醸し出している。

 一方でキーボードのRYOは、どちらかと言えば線の細いタイプで。やんちゃ坊主まま大きくなったようなショータとはあまり似ていないように思う。



「若いからかな? MASAよりは、雰囲気が柔らかいように思うけど」

「MASAさんはねぇ……」

 コーヒーを一口飲んだ瑠璃が、思い出し笑いをする。

「硬いとか柔らかいとか以前に、音楽以外に関心がない芸術家だから」

「は?」

「三度の飯より、ギターなんだって」

「ああ、なるほど」

 だから『うちのお父さんですら、言っていた』なんだ。

 逆に言えば、ショータが父親から俺のことを聞いていなかったのは、息子の、瑠璃に対する微妙な感情ってモンに、RYOが気付いていたから。かもしれない。 


 恐らく。多分。

 ショータの初恋的な相手は、瑠璃だったんじゃないかと思う。


 そう思わせたのは、俺と瑠璃の釣り合いを測っているかのような、ショータの視線。

 勝気そうな彼の目が、“敵意”を三割増しくらいに増幅してるだろうし、俺自身もアイツらと瑠璃の関係を見定めようとしていたから、余計にそう思ったのかもしれないけど。

 『碌でもない男なら、ジャマをしてやる』って意志が、その視線の裏に見え隠れしていなかったか?



「ハルくんの誕生に合わせて、お祝いの子守唄を作ったような人やし。MASAさんって」

 コーヒーの入った紙コップを脇に置いた瑠璃は、タマゴサンドを手にそう言って、鼻唄を歌ってみせる。 


 その曲は、確か。

 知ちゃんが、歌ってた。

 織音籠のライブでも聞いた。


「バースデーソングじゃなかったのよ。元々は」

「あ、うん。俺も子守唄の方を、聞いたことがある」

「春と秋の? 子守唄?」

「え?」

 季節なんか、関係あったか? 子守唄だぞ? 


 瑠璃がサンドイッチを飲み下すのを待って、尋ねた俺に

「季節じゃなくって。ハルくんと暁くん」

 引っ掛かった、って顔で笑いながら瑠璃は、タマゴサンドをもう一口。

「ハルくんが生まれた時に曲ができて、暁くんの生まれた時に詞がついたって」

「さっちゃんが作詞?」

「それは、そうでしょ?」

「つまり、さっちゃんもMASAと同類ってことだな」

 まあ……想像はつくな。


 暁が誕生した喜びで

 創作意欲が溢れ反った さっちゃんって。



「ついでにって、JINさんがバースデーソングを作ったから、その頃から私たち姉妹の誕生日も、あのバースデーソングでお祝いしてもらってたの」 

「へぇ」

 さらに、JINも同類。


 って。あれ?

「それってさ。JINもMASAも、自分が作った曲で、自分の誕生日を祝ってる?」

「まあ、そうね」

 瑠璃の返事は、ごく当たり前って感じで。

  

 いや、逆に。らしいと言えば、らしいのか。 

 さっちゃんの結婚式では、自作の歌を演奏してたわけで。アレに至っちゃ、ミニアルバムとはいえ発売までされてたし。



 そんな花見から、瑠璃の話にちらりほらりとハルやショータの名前が出てくるようになった。

 他愛ない子供時代の思い出話がほとんどだったから、彼らと面識ができた俺に話しやすくなったって事だろうとは、思う。

 数年前に彼女の友人、みのりちゃんとカッシーに逢ったあとも、二人のことを折に触れて話題にしてたし。


 とは、思うものの。

 ショータの名前が彼女の口から出てくる度に、胃袋の裏に熱が篭もる。

 ハルや暁の名前なら、なんとも思わないのは、やっぱりあの日のショータのまなざしのせい、だろうか。

 そして、彼の前に広がっているだろう未来に嫉妬する。


 これから就職活動を始めるだろうアイツが、俺よりも“良いところ”に勤めるなら。

 俺は負けるしかないのか?


 いやむしろ。

 負けた方が、瑠璃にとっては幸せなのかもしれない。


 織音籠の子供同士。 

 同じように苦労や喜びの経験を重ねてきただろう。

 そして、互いの親も赤ん坊のころから知っている相手のほうが、安心だったりしないだろうか?  

 更にいえば。

 数年前、さっちゃんが言っていた。

 『男よりも女性の平均寿命の方が、長いだろ?』って。

 瑠璃より年下のアイツの方が、瑠璃を哀しませる可能性が低い。



 迷いと呼ぶには些かみっともない思いを抱えて、今年も夏が来る。


 『県境のショッピングモール近くにできた、フクロウカフェに行ってみたい』って、瑠璃が言い出したのが土用の丑を過ぎたころ。

 世間の小中学生は、そろそろ夏休み。教師生活二年目の瑠璃も成績付けが終わって、やっと一息って時期だった。


「フクロウカフェって? ネコカフェの仲間?」

 初めて聞いた単語に、首を捻る。

「うん。お茶を飲みながら、フクロウを愛でるの」

「瑠璃、好きそうだな」

 フクロウって、猛禽類じゃなかったか? それを愛でながら、お茶って。

 瑠璃らしいなぁ。


 彼女の望みを叶えるべく、翌週のデートの行き先が決まった。



「うわぁ。メンフクロウぅ」

 瑠璃が一羽のフクロウの前で、小さく歓声を上げる。

 止まり木の上で目を閉じていたフクロウが、片目をあけてこっちを睨む。

 一般的なフクロウのイメージと違うっていうのが、第一印象で。

 ハート型を縦に伸ばしたような顔がもたらす違和感に、軽く引き気味に見ていると、

「お、よくご存じで」

「小学生の頃、映画になってたのを見てから、好きなんですよ。でも、こんなに近くで見たのは初めて」

「魔法学校の方じゃなくて、そっちですかぁ。マニアですねぇ」

 店内を案内してくれていた男性スタッフと瑠璃は、よく分からない会話で盛り上がっている。


 その隣で、室内を見渡す。

 映画で見た、魔法学校のマスコットは、あいつだな。窓の近く、床の上でキョロキョロしている白いヤツ。

 うん、こっちのほうが、フクロウらしい顔をしている。

「瞳の周りが金色の子は、昼行性なんですよ」  

 スタッフの説明に、改めて目の前のメンフクロウとやらを観察してみる。

「こいつは黒いから、夜向けか」

「そうですね」

 黒目と顔の白さとの対比で、不思議な顔立ちに見えているのかもしれない。

 そして、床の上の白いヤツは、金目のシロフクロウ。


 瑠璃が憧れていた、手乗りも体験させて貰って。成り行きで、俺もメンフクロウを手に乗せる。

 瑠璃は、嬉しそうに何枚も写真を撮る。


「本当に、来て良かったぁ」

 満足そうに笑いながら、喫茶スペースでミルクティーを飲む瑠璃に、

「思ってたよりも、たくさん触らせてもらえたな」

 羽毛の感触を掌に思い出して、俺の頬も緩む。

 さすがに衛生面での規制があるらしく、喫茶スペースにフクロウは居ないけど。

 代わりに、いくつかあるテーブルの上に店内にいるフクロウたちの写真を収めたフォトブックが置いてある。壁には、引き伸ばした写真も、貼られていて。

 チャージ料分の一時間を、フクロウに囲まれて過ごした。



 最後に……と、シロフクロウの頭を一回ずつ撫でさせて貰って、店を後にする。

 間口の狭いビルの入り口を出て、ショッピングモールの方へ戻ろうかと、歩き始めた時。

「皓?」

 横手から、呼び止められた。


「久しぶり、ね?」

 予想はしてたけど。やっぱり。

 声の主は、学生時代のカノジョで。

「ああ。元気か?」

 瑠璃を憚って、妃沙羅の名前は声に出さず飲み込む。

「まあね。それはそうと、良いところで会えたわ」

 彼女からのいい加減な相槌に、こめかみの辺りがちりっとした。


「皓は、松岡くんの連絡先って知ってる?」

「は? ……奏音(カナト)か? 松岡って」

 アイツの苗字と名前が、スムーズにつながった事に自分で驚く。 

「そう。昔、皓と一緒に演っていた(やっていた)

「あ、いや。もうアイツとは、ここ何年も会ってない」

 暮れに聞いた話では、会ったらヤバいみたいだし。


 どうやら妃沙羅は、そのヤバいことに首を突っ込んだらしい。 

 そのカナトと、連絡が取れなくなっている、とか。


「知らないなら、仕方ないか」

 ため息をついた妃沙羅が、瑠璃の顔を見た。その視線が、俺の背後へと流れる。

 何を見てる? 

「ふーん。フクロウカフェ、ねぇ」

 鼻で笑ったな。いま、お前。


「『キャー、カワイイ。癒やされるー』って、やってるだけで、いいのよねぇ。若いうちは」

「は? 何が言いたいわけ?」

「若いって良いわね、って話」

「そんなわけねぇだろ?」

「あら。じゃあ、言い直そうか?」 

 妃沙羅の目に、毒が満ちる。薄い唇に、嫌な笑みが浮かぶ。


「三十にもなって、安っぽいデート。色気もないような、こども騙しの恋愛で満足なんだ? 相変わらず、情けないわねぇ」 

「情けないって……あのなぁ」

「相手の(ほう)が大人になれば、また別れるんでしょ? きっと」  

 あきれ果てたって顔で、妃沙羅が呪詛のような言葉を吐き出す。

 ダメだ。

 こいつの思考、理解不能(解んねぇ)


 カレシが若い女の子相手に鼻の下を伸ばしてるって、怒るなら解る。

 けどさ。俺は、十年も前に別れた“元カレ”だぞ?

 しかも振ったのは、妃沙羅の方だぜ?


 相手にしてるのも、嫌気が差してきた。

「あー、ハイハイ。じゃあ、お前は年相応の色気で、カナトの居所を知ってるヤツでも口説き落とせよ」

 もう、俺には声かけんな。


 さっきから一言も発していない瑠璃を促して、俺は妃沙羅に背を向けた。



 その後の瑠璃は、フクロウカフェでの上機嫌が嘘のように、何度もため息をついていて。具合が悪いのかと尋ねた俺に、『はしゃぎ疲れた』なんて答えが返ってくる。

 俺自身も、なんだか妃沙羅にエネルギーを吸い取られたような感じで、体が重たい。


 会話も弾まないまま辿り着いた駅では、どちらからともなく帰りの電車を目指して、ホームへと自然に足が向かう。

 無言で電車に揺られた俺たちは、短い挨拶だけを交わして、その日は別れた。 

 


 秋が来ると“先生”は、なにかと忙しい時期で。

 二年目となると、瑠璃も任される仕事が増えてきたらしく、体育祭だの文化祭だのと行事がある度に、残業と休日出勤にがっちりと捕まっている。

 増えていく仕事をやり遂げることはきっと、彼女の憧れていた司書教諭の職へと続く道となって。

 そしてさらにその先には、知ちゃんみたいに学年主任を任されるようになる日も来るのだろう。


 それに比べて、十年一日の如く、同じ毎日を繰り返すだけの俺は……なんて、心の底に重くて苦い塊が生まれる。ような、気がする。


 そして、そんな俺のいじけた心が、瑠璃の疲れたような顔に、敏感に反応してしまう。


 俺はいつ、瑠璃に愛想を尽かされてしまうのだろう。

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