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惜別

 俺も周りも飲ませないとはいえ。

 YUKIが言うように、未成年の瑠璃をいつまでも酒の席に居させるわけにもいかず。

 俺たちは、お開きを待たずに失礼することにした。


 その前に……と、瑠璃はYUKIと一緒に、メンバーの所を挨拶に回っている。

 本当に家族ぐるみの付き合いなんだな、なんて考えながら二人がメンバーそれぞれと話している姿を眺めていると、

「皓貴、メッセージアプリのアドレスをオレにも寄こせ」

 スマホ片手のさっちゃんに、声をかけられた。


「親父がいつ、どうなるか解らねえし。緊急連絡用に……な?」 

「祖父ちゃん、そんなに悪いわけ?」

「年は、越せねぇかもな。皓貴はせっかく近くにいるんだからさ。なるべく顔を見せてやって」

 なんて、シャレにならない。


 『瑠璃やYUKI絡みで連絡をすることが、あるかもしれねぇし』とも言われたら、断れなくって。

 交換したアドレスのプロフィール写真に、苦笑いをこぼされた。


 あの写真、

 そろそろ替え時かも。


 そんなことを思いながら、スマホをスリープさせていた俺は、

「さっきも言ったけどよ。送り狼になるんじゃねぇぞ」

 頭を掴んできた さっちゃんの、潜めた声に忠告された。オマケに、グラグラと揺さぶられる。

「そんなモノ、ならないってば」

 瑠璃は、まだ未成年だし。

 六歳の差から生まれる“大人の自覚”ってのが、俺にだってあるわけで。


「あのな、皓貴。知ってるか? 地蔵菩薩ってのは、子供を救うんだぜ?」

「は?」

「お前、お地蔵さん、なんだろ?」

 ああ、さっき話した“呼び名”か。

「未成年を傷つけたら、名前が泣くぞ」

「……」

 思いも寄らないところに話を繋げられて、返す言葉に詰まってしまった俺の背中を、さっちゃんは軽く叩いて。

 『気をつけて帰れよ』と言い残して、離れていった。



 なんとか無事に終わった、YUKIとの面談の翌週末。

 瑠璃は部活の合宿で立山に行って留守だったので、予定を前倒しにして、祖父ちゃんの見舞いへと出かける。

 間に二つの市を挟む、入院先の病院への道のりは、遠くって。途中で、窓からの景色にも飽きがくる。


 コレが例えば。

 祖父ちゃんたちに瑠璃を紹介する為に、二人で行くのなら。

 楽しい小旅行だっただろうか。



 訪ねた病室は、四人部屋で。

 祖父ちゃんは、戸口近くのベッドに寝ていた。

「皓貴、忙しいのに、ありがとうね」

 祖母ちゃんの笑った顔に、疲れが見えた気がして。

 もっと早く、もっと何度も来れば良かったと、反省する。


 売店に行ってくるという祖母ちゃんを見送って、ベッドサイドの安っぽいスツールに腰を下ろした。

 祖父ちゃんは、眠っている。

 枯れ木のように細くなった腕へ一本。それとは別に、パジャマの胸元へも、点滴のチューブが繋がれていて。

 ポトリ、ポトリと輸液が流れていく。


 胸元へ繋がった大きな点滴バッグは、ウチでも扱っている商品だな。

 診療所からは、めったに発注がなくって。

 救急外来があるような、大きめの病院への納入がメインなヤツだ。

 サイドテーブルに置かれた、治療予定表に書かれている薬品も、見たことのない薬の名前の合間に、営業所在庫にはない代物が混じっている。

 こっちのコレは……先月、隣の営業所まで取りに走らされた覚えがある。


 さっちゃんの言うように

 祖父ちゃんは、

 なかなかヘビーな病状らしい。



「朔矢、か?」

 しわがれた祖父ちゃんの声で、我に返る。

「俺……皓貴」

「ああ、皓貴か。悪いな。来てくれていたのに、気づかなくって」

「いや……いいけど。別に」

 思いがけずそっけない返事になってしまって、内心で慌てるけど。 


 目の当たりにした祖父ちゃんの弱り具合と、使われている薬品のレアさに、かけるべき言葉が見当たらない。

 ガキだな、俺。

 大人なら。さっちゃんなら。

 何かきっと、気の利いたことを話せるだろうに。



「一昨日、朔矢が来ていたときに」

 悩んでいる俺を救ってくれるように、祖父ちゃんが話し掛けてくれた。

「皓貴に若い彼女ができたって、言ってたぞ」

 救いの手、なんだろうか? これ。


 まあいいや。

「うん。年明けに、二十歳になる子だよ」

 とりあえず、のっておけ。

「さっちゃんと一緒に仕事をしている人の、娘さんなんだ」

「朔矢も知っている子、か……」

「うん。さっちゃんの結婚式にも来てたって」

 祖父ちゃんも会ったことがある子だよ。


 そんな話をしているうちに、祖母ちゃんが戻ってきて。

「皓貴、これ好きだったよね?」

 袋入りのマシュマロがレジ袋から出てきた。

「あー、うん。まあ……」

 子供の頃は、甘くて優しい口溶けが好きだったけど。さすがに、ちょっと……。

「お祖父ちゃんも、これだったら食べられるから」 

 言い訳のようにつぶやく祖母ちゃんの声に、思わず点滴バッグへと目をやる。


 食べることができなくなってきている祖父ちゃん。

 通常では使わないような、高カロリーの点滴で命を繋いで。祖母ちゃんが見つけた、どうにか食べられるモノだけを口にして。

 さっき、瑠璃のことを話している間に、『元気になったら。家に帰れたら。皓貴の彼女にも会いたいなぁ』って言ってた祖父ちゃんの声が、胸に痛い。 



 その日の帰り際、『皓貴、女の子と自分より弱い相手は、絶対に泣かせるなよ』って、子供時代のように言われたのが、祖父ちゃんから聞いた最後の言葉になった。



 祖父ちゃんのお葬式の間、シワの深くなったような顔で喪主を務める祖母ちゃんと、そばで介添えをしているさっちゃんと。その裏で、色々な手配に動き回っているオフクロと、それを手伝うオヤジや知ちゃんを見ていて。

 祖父ちゃんを柱にした一つの世代が終わることと、自分の代へと至る命の繋がりを思う。

 俺と大輝の兄弟は、社会人になったけど。三人の従弟妹は、暁が中学生で、その下の明海と千晴はまだ小学生だから。


 祖母ちゃんが、この世にいるうちに。

 俺が次の世代へと、繋いでいかないと。


 いずれそのうち。

 祖父ちゃんだけでなく、祖母ちゃんまでが逝ってしまう日が来たら。

 俺を取り巻く“家族”の層は、心許ないほど薄く頼りなくなってしまう。



 しっかりしなきゃ、って思いを抱いて臨んだ葬儀の合間に、JINが弔問客に紛れていることに気づいた。

 さっちゃんとは中学校の同級生って間柄だから、職場代表と幼馴染みの立場を兼ねてって、ことだろう。弔問客の大部分は近所の人だって、昨日のお通夜の後でオフクロも言ってたし。

 

 その彼は焼香を済ませて、喪主である祖母ちゃんに無言で頭を下げている。

 祖母ちゃんの隣に座っていた さっちゃんも、他人のような顔で彼に会釈を返したのが、二列目の椅子に座った俺の所からも見えた。



 骨上げを待つ間。斎場のトイレから控室へと戻る途中、廊下で電話をしている さっちゃんと行き会った。

 前を通り過ぎようとして、腕を掴まれた俺は仕方なく、電話が終わるのを待つことになってしまった。


 聞くともなく聞いてしまった電話の相手は、どうやらJINらしいとか考えて。

「悪ぃ、皓貴」

 程なくして通話を終えた さっちゃんが、やっと手を離してくれた。

「なに? いきなり。控室じゃ、まずい話?」

 俺の質問に、スマホを内ポケットに片付けていた さっちゃんは

「まずくはねぇけど。戻ると、姉貴やお袋に用事を言いつけられてるうちに、忘れそうでさ」

「あー」

 さっちゃんだけじゃなくって、俺もだな。オフクロ、人使いが荒いし。



「あのな。この先、お袋が独り暮らしになるだろ?」

 さっちゃんの話は、祖母ちゃんのことだった。 

「オレのほうが近くに住んでるわけだけど。仕事がアレ、だからさ」

 アレってのは、多分。忙しかったり、プライバシーの問題があったり……ってことだろうと、おおよその見当をつける。

「皓貴も、たまには顔を出してやってくれねぇかな」

「俺も休日出勤があったりするから、そんなに度々は来れねぇけど?」

 ここまで来ようと思えば、祖父ちゃんの見舞いと同様に、一日仕事になってしまう。


「それで、十分。お袋自身が、近所づきあいなんかもしてるから大丈夫だとは思うけどさ。歳が歳だけに、な?」

「祖母ちゃん、いくつだったっけ?」

「親父と、同い歳」

 なんとなく、祖母ちゃんの方が年下のように思っていたのは、俺の勝手な思い込みだったんだ。


「そっか。同い歳、か」

 改めて口にすると、なおさら祖母ちゃんとの別れも、そう遠い日ではないと思えて、頭の後ろを押さえつけられたような気分になる。

「まあ、女の方が平均寿命が長いし、デカい持病がある訳でもないから、今すぐどうこう……は、ないだろうけどさ。やっぱり、寂しいとは思うぜ?」

 軽く握った右の拳を口元に当てて、さっちゃんが考え考えって感じで話す。

 寂しいよな。そりゃ。

 オフクロの歳を考えたら、五十年以上連れ添ったパートナーを亡くしたことになる。


「そう考えると、な。皓貴」

「うん?」

「お前、瑠璃とは歳が離れているだろ?」

「あー、六歳下だけど?」

「覚悟、しておけよ」

 俺が見たことのない、真剣なさっちゃん。

「あの子と一生を共にするなら、お前の方が先に死ぬ可能性が高いんだぜ?」

「そんな先のこと……」

 見通す必要があるのか?

「今は、楽しい時期だよな? 付き合い始めの。でも、お前の方が大人なんだから、未来は考えておかないと」

「……」

「あっという間だぜ? 十年、二十年が経つのなんて」

 ため息交じりの言葉が、いやに重く響く。

「さっちゃん?」

「オレ自身が、知美より年上だからさ。あいつを一人残すことを考えたら……」

 さっちゃんはそう言って、想像したのか言葉を詰まらせた。  


 三十年後か、四十年後か。

 さっちゃんが亡くなった時には、知ちゃんが今日の祖母ちゃんみたいに喪主を務めて。大人になった暁がきっと、隣で支えるんだ。

 そして、六十年後か、七十年後。

 俺が死んだ後には、瑠璃が……? 瑠璃と……?


 うわ、確かに。

 想像すると、息が苦しくなってくる。


 『父さん、伯母さんが……』って、呼びにきた暁の声で苦しい想像から解放された俺は、ほっとしながら彼らと一緒に控室へと戻る。

 待ち時間は、あと十五分程度になっていた。



 一週間の間をあけて。

 瑠璃とのデートは、いつもの図書館だった。


「お祖父さんのこと、聞きました」

 待ち合わせの駅で、顔を合わせるなり“お悔やみ”を言われて。YUKIから伝わったのだろうと、見当はつくものの、咄嗟のことに適切な返事を見つけられずに、口篭もる。

「コォさんは、大丈夫?」

「うん?」

「神戸の祖母が亡くなった時、私もすごく悲しかったから……」

「そうか、瑠璃のお祖母ちゃんも?」

「二年、になりますね」

 冬休み、コンサートを見るために神戸で泊まったのは、お祖父ちゃんの話し相手も兼ねて、だったらしい。

「瑠璃のお祖父ちゃんは、もう大丈夫か?」

「お盆に行った時も、元気そうでしたよ。姫路から遊びに来ていた曾孫の相手をしたりして」

「曾孫?」

「パパが末っ子で。伯父とは一回り離れているから、私と従姉もかなり……」

 そうか、曾孫か。

 祖母ちゃんに曾孫を抱かせてやれる日は、くるのかな?


 そして、叶うのなら

 その時、隣には瑠璃がいて欲しい。



 そう考えた心の裏を『覚悟をして、付きあえよ』って、さっちゃんの言葉が叩く。


 瑠璃を泣かせるつもりはない。

 祖父ちゃんともYUKIとも、約束した。


 けれども。

 最後の最期で

 泣かせることに、なってしまうのだろうか。


 俺たちを隔てる

 歳の差が。

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