表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

問われる罪は

 打ち上げの喧騒のなかで一人、頭を下げていた時間は、長くもあり。短くもあり。


「瑠璃はコイツのこと、どないしたい?」

 静かなYUKIの問いに震えたのは、裁きを待つ咎人の心。 

 これから俺は。

 彼女自身の言葉で、断罪されるんだ。 


 頭を下げたままで、唇を噛む。



「コォさんが隠していたことは……うーん」

 『私もパパのこと、言えなかったし』と、瑠璃の声が迷いを見せる。

「でも、お前は言うたのやろ?」

「不可抗力やったから、積極的に言ったわけじゃなくて……あまり偉そうなことは言えない、かも?」 

 いや、それでも。

 俺も、あの時に言うべきだった。


「それに、コォさん、ちゃんと言ってたもん」

「え?」

 思わず顔を上げて、瑠璃を見つめる。

「俺のこと、何も知らないだろ? って」

 言ったな。そんなこと。

 でも、あれは別に、さっちゃんのことじゃなかった。

「悪意があって、SAKUさんのことを隠すような人やったら、『身元のはっきり判らん奴に、簡単に自分の名前を教えるな』なんて言わない。言うはずがない」 

 初デートの直前。瑠璃を守りたくて言った言葉が、俺自身を守ろうとしてくれている。


 ちょっとした感慨に浸りかけた俺とは別に、

「瑠璃っ。お前はっ」

 YUKIが、娘を鋭く叱りつける。

「初対面の男に、名前なんか教えたんか?」

「初対面じゃないっ。知り合って半年は経ってたし、その間に世間話くらいはしてたっ」 

「それでもや。コイツが言うように、危ない相手やったらどうするつもりや?」

「コォさんは、危なくないってばっ」

 さすがに辺りに気を遣っているらしい声のボリュームではあったけど。親子の言い争いが、一気にヒートアップした。

 止めなきゃ、と思って。顔だけを上げてた姿勢から体を起こしたたころで、傍観を決め込んでいた さっちゃんが、親子の間に質問を投げ込む。

「お前らさ、名前を知らずに半年もの間、どうやって会話をしてたわけ?」


 虚を突かれた感じで、言い争いが止まる、

「瑠璃は、皓貴のことを何て呼んでた?」

「お、お地蔵さん……」

 重ねられた問いに、恥ずかしそうな声で瑠璃が答える。

 さっちゃんの目尻に、笑いジワがよる。

「で。皓貴は?」

「パンダちゃん」 

 俺の答えに、さっちゃんは笑いを誤魔化したのがバレバレな咳払いをして。

「なんや? その、ハンドルネームみたいなヤツは」 

 YUKIには、呆れられた。


 呼び名の由来を、瑠璃が搔い摘まんで説明する。

「つまり。お互いに肝心なことは言えんままに、名前を教えあって、つきあい始めた、と?」

「はい。まあ……そんなところです」

 さっちゃん並みに背の高いYUKIに睨み下ろされて、肩をすくめて小さくなる。



「なあ、SAKU。今どきの恋愛って、こんなモンなん?」

 さっちゃんへと流れた会話の隙に、こっそりと深呼吸。

 視線に圧力を感じるなんて、初めての経験だった。

 冷房の効いた室内だというのに、背中に汗をかいている気がする。

「知るかよ。オレに訊くんじゃねぇよ。うちのはまだ、中坊だぜ?」

「そうやったな」 

 参考にする先が無いわ。って言いながらビールに口をつけたYUKIに、

「でもよ。本当にどこの馬の骨か判らねぇ奴よりは、皓貴(コレ)でも、マシなんじゃねぇの?」

 缶ビールを持った手で俺を指さして、さっちゃんが“コレ”扱いしてくれる。

「それも、そうか。SAKUがコイツの身元を、引き受けてくれるわけやな?」

「まあな。そう考えりゃさ、見合いと変わんねぇって」

「経験者は語る、やな」 

 知らなかった。さっちゃん、お見合いなんかしてたんだ。



 どうにか許してもらえた雰囲気に、ほっと息をつく。背後で上がった歓声に首を捻るように振り返ってみると、今日の主役MASAを取り囲むグループが、何やら盛り上がっている。

 学生バンドだった俺たちの打ち上げと、よく似た光景だと懐かしく眺めていると、

「コォさんのケーキ、これ?」

 テーブルから俺の食べ残しを瑠璃が持ってきてくれた。

「悪い。ありがとうな」

「私も、食べられなかったし」

 『びっくりしたし、緊張もした』と言いながら隣に並んで、手をつけていないケーキをフォークで切り崩す。

「隠してて、本当にごめん」

「うん。でも、さっきの話で、すごく納得した」

「そう?」

「初めて図書館でコォさんと会った時に、懐かしいような気がしたのね」

 タイミング悪く口に入れた最後の一口を、喉に詰めかけた。

 慌てて、テーブルから缶ビールを取って流し込む。


 うえ。ビールのつまみには、やっぱり合わねぇわ。


「さっちゃんと似てたから?」

 ビールの苦味だけでない何かが、口の中に広がる。

「そうじゃなくって。SAKUさんの結婚式で、会ってるのよね。私達」

 瑠璃にとっては、今日初めて知った事実を改めて告げられて。子供時代のニアミスに、想いをはせる。

「あの時にね、多分。コォさんに私、ゼリーを取って貰った」

「そんなこと、あったっけ?」

 ニアミスどころじゃねぇな。それは。



 あの日、『チビッコが四、五人……』と俺が思って見ていた織音籠の子供たちは、家族ぐるみのつきあいを通じて、従兄弟どうしのように育ってきていたらしい。

 そんな彼らにとって、今までに会ったことのない俺たち兄弟は、異質な存在で。

 特に、子供の中で最年長だった俺の事を瑠璃は、覚えていたという。


「うーん。ゼリーなぁ」

「立食パーティーのテーブルで、手が届かない所にオレンジのゼリーがあって。私と、メイちゃんっていう女の子の分を取ってくれたお兄ちゃんが、多分コォさんだった」

 あったかなぁ? そんなこと。



「でも、瑠璃って小学校入る前だっただろ? よく覚えてたな」

 俺自身の小学生時代ですら、記憶の彼方だ。

「さすがに、コォさんが大人になっていたから、言われるまで気づいてなかったけど。さっきの話で、『あー、あの時の……』って」

「思い出すところが、すげぇ」

 コレが若さの違いだろうか。  

「あの結婚式は、私にとって特別だもん。知美さんのドレス姿と一緒に、覚えてた」

「あ……花嫁さんが意識に残ったって言ってた……アレ?」 

 お花見の時に、そんな話をしたっけ。



「そう、それ! もう、私にとって結婚式のイメージは、あの日しかなくって」

「そうか。あの日は俺にとって……織音籠を知った日だな」 

「私も、パパの演奏を初めて聞いた日だった」 

 今日と同じように、一緒の“ライブ”を聞いたんだな。俺たち。


 そんな思い出話をしている間に、瑠璃もケーキを食べ終えた。

「お酒じゃない飲み物を、貰ってくるね」

 口の中が甘くなった、って言いながら彼女は、テーブルを回り込んで。ちょうど人の輪から離れたJINから、お茶らしきものを注いで貰っている。

 そのまま何やら会話をしている……と見ていた俺の手から、ビールの缶が抜き取られた。

 背後から伸びた手は、さっちゃん。


「なに? まだ飲んでんだけど?」

「お前、このあと、瑠璃を送って行くんだろ?」

 さも自分の物のような顔で、俺から奪ったビールを飲み干す。

「実家に帰るとは、聞いてないから……そのつもり」

 でも、パパと帰るかな? とは、思ってもいる。

「なら、酒は控えておけって」

「これくらで酔うように見える?」

「それでも、な」

 危ない橋は渡るな、って言う さっちゃんの隣から、ひょこっと瑠璃が顔を覗かせる。


「SAKUさん、何があぶないの?」

「酔っぱらいの狼が、危ねぇからな」

「それは、俺が送り狼になるとでも?」

 失礼な。

「酒は、理性を奪うやん」

「YUKIさんまで……」

「アカンで? 酒の勢いで、瑠璃を泣かしたら。いくらSAKUの執りなしがあっても、俺は許さんからな」

 冗談を言っている風には見えないYUKIの言葉に、俺は黙り込むしかなかった。  

 

「パパ、大丈夫よ。コォさん、織音籠のファンだし」

「瑠璃。さっき、嫌な目ぇに会うたところやろ? そんな呑気なことを……」

 うん。コレは前から俺も、ヤバいって思ってる。  

 織音籠のファンが全て、いい人な訳じゃない。


 YUKIの意見に全面賛成、と頷いていると、

「さっきのアレは、ファンなんかじゃないし」

 当たり前のように言って、瑠璃がまた膨れる。

 そんな娘の頭に軽く手を置いたYUKIに

「コォが違うって、保証はあるんか? ないやろ?」

 『こっちから話をふるまで、隠し事をしてたやろ?』って、痛い所をえぐられて。

 思わず胸元を押さえる。


 ダメージを受けた俺の顔をじっと見たあと、一つ頷いた瑠璃は、

「でもね、パパ。コォさん、織音籠を好きなことは、名前よりも先に教えてくれたよ」 

 嬉しそうな声で、訂正とも報告ともつかないことを言って。

 YUKIが、なんともいえない顔で さっちゃんと俺を見比べる。


「甥っ子から『ファンです』って言われるのって、どんな気分?」

 イタズラっけをふくんで尋ねる声に、顔が火照る。そんな俺をよそに、さっちゃんがしれっと答える。

「直接に言われたことは、無ぇな。でも、コピーで演って(やって)る録画はみたぜ?」

 若気の至りが、こんな所でも穴を掘っている。

 高校生の俺。なんで演奏の録画を、さっちゃんに見せた。


 ああ、ビールが。冷たいビールが欲しい。



「へえ? それで?」

「オレたちの演奏を“忠実に”再現してくれるくらい、熱烈なファンだった」

 答える さっちゃんもさっちゃんで、ビールを片手に笑いながら暴露してくれるし。

 瑠璃に至っては

「コォさん、私も見たい。演奏しているコォさん」

 って、紙コップを持ってない方の手を挙げて主張する。

 さらに、YUKIまでが『じゃぁ、今度のオフにでも、ウチで……』なんて言いながら、忘れられていたケーキを口に運ぶ。


「いや、録画なんてもう、残ってないですし……」

 有ったとしても、他県にある実家の押し入れの奥深く、だと思う。

「SAKUは? 持ってないん?」

「我が子のならともかく、甥っ子はなぁ」

 よかった。

「オレの実家に……は、あるかな?」

「有るわけ、ないってば」

「……だよな。お袋に、探してもらうわけにもいかねぇしな」


 祖父ちゃんの具合が良くないから、祖母ちゃんも病院と家を往復している毎日だと聞いている。

 そんな状態で、十年も前の有るかどうかも分からないDVDを、探してもらうなんて酷いことは頼まない さっちゃんでよかった。


 残念だ、と言って頷きあっている親子からテーブルへと目を移す。

 俺も、瑠璃と同じようにソフトドリンクでも、もらいたい。

「こら。呑むんじゃねぇぞ」

「あのウーロン茶って、貰ってもいいやつ? それとも、瑠璃のために用意してあったり……?」

 テーブルの向こう側に、飲みきりサイズのペットボトルが置いてあるのを指しながら、隣から声をかけてきた さっちゃんに訊いて。

「ああ、呑まない奴用に、毎回ある程度は用意してあるヤツだから、貰ってこい」

 って答えに安心して、紙コップに一杯分だけ貰ってくることにした。 



「それ飲んだら、そろそろ帰るんやで」

 お茶を片手に瑠璃の所へ戻ると、YUKIに言われた。

「瑠璃は未成年やし。俺らはこのあとも、あるからな」

 そういえばYUKIは、ずっと瑠璃に構い通しで。他の人とはあまり話したりはしていない。大人同士の付き合いってのも、あるだろう。

 会社にとっての接待と同じで、これも仕事の一部と思えば。

 素直に頷いた俺と違って

「またそんな、子供扱いぃぃ」

 いーって、瑠璃がごねる。


「子供や。ファンなら安心なんて、言ってるくらい子供や」

 な? コォ? 

 同意を求められて、戸惑い混じりに頷いた俺に

「コォさんまでっ、ひどいっ」

 機嫌を損ねた瑠璃が、『もう一杯、お茶を貰ってくる』と言って、離れていった。


「なぁ、コォ」

「はい」

「瑠璃のこと、お前は本気か?」

 真面目な顔で改めて訊かれて、背筋が伸びる。

「はい。遊びで未成年に声を掛けたつもりは、ありません」

「そうか」

 ちらりと瑠璃の方へと、YUKIの視線が流れた。


「あんな。本気で大事にしてる相手やったら、その気持ちは必ず相手に伝わる。俺は、そう信じてる」

「はい」

「お前が本気やって言うなら」

 言葉を切ったYUKの、次の一言。とても大事なことを言われそうで、軽く息を詰める。 

「瑠璃がお前の本気を疑うようなことだけは、したらアカンで?」

「はい。お約束します」

「世界一、大事な娘なんや。泣かすくらいやったら、さっさと別れや?」

「別れたりしません」

 泣かせたりなんかしません。


 絶滅危惧種のパンダよりも大切な瑠璃だから。

 俺は必ず

 守  っ  て  み  せ  ま  す。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ