第8話 冒険者ギルド
暴漢を倒して宿屋の娘を助けた後、私たちは町外れにある冒険者ギルドへやってきた。
石造りの大きな建物。ちょっとした要塞のような感じもする。
入り口から入ると、中の雰囲気は少しギスギスしていた。
一階入ってすぐは業務カウンター、反対側には酒場が見える。
性格の荒そうな男や女が昼間から酒を乗んで騒ぐ声が聞こえてくる。
建物の奥には本棚がたくさんある部屋が見えた。資料室らしい。
アタシは営業スマイルを浮かべたカウンターの女性に話しかける。
「すいませーん、冒険者になりたいんですけど」
「はい、こちらの用紙に記入してくださいね」
「うぇっ」
こっちの世界の文字は書けなかった。
戸惑っていると、エルくんが寄り添うように隣へ来た。
「ボクが書くよ、お姉ちゃん」
「あれ? エルくん、字が書けるんだ?」
するとエルくんは困ったような笑顔ではにかんだ。
「うん、字も計算もできるよ。……いつどこで習ったか覚えてないけど」
「そっか、記憶ないんだったね……」
この世界の識字率はあまり高くない。
小さいうちから家の仕事を手伝う子供が多い。
――ひょっとしたらエルくんは、良家の子息だったのかもしれない。
没落した貴族なんかだったりして。
エルくんが必要事項を記入して受付嬢に渡した。
「これでいいですか?」
「おや、魔法使いで登録されるのですね。魔術師ギルドの会員証はお持ちですか?」
「持ってないです」
「では魔法の素質と冒険者として通用するかを試します。実戦形式です」
「実戦?」
「ええ、多くの冒険者に潜っていただく近くの森は、嘆きの森といって、とても危険度が高いのです。なので、すでに実力がある人でなければうちでは登録できません」
「なるほど」
――なんだか危険地帯らしい。
でも、むしろラッキーかも?
筆記試験があったら百パーセント不合格だった。
でも、あんまり強いとアタシが彩音だってバレるかな?
抑え気味にしとこう。
そんなことを考えていると、突然後ろから声がした。
「じゃあ、その相手、俺がやってやるよ」
振り返ると、四角い顔した髭面のおっさんがいた。ニヤニヤ笑っている。
さっき宿屋のアリサに絡んでたやつだ。
アタシは眉間にしわが寄るのを感じながら答える。
「あっそう、アタシは相手が誰でもいいけど? 簡単に負ける人が相手で試験になるのかなぁ~?」
煽り気味の本音を言ったら、おっさんは顔を真っ赤にして睨んできた。
「さっきは油断しただけだ。今度こそ痛い目みせてやる」
「はーい、期待してまーす」
するとヘラヘラ笑う優男が近づいてきた。
「へぇ、この子がさっき言ってた生意気な魔術師かい?」
「そうだぜ。街を守ってやってる俺になめた口利きやがって」
そこそこ整った顔をした若い優男はアタシを上から下まで見た。それから、前髪をサラッとかきあげてだらしなかった顔を引き締める。白い歯がキリッと光った。
「やぁ、俺はオージェ。パーティー組んでるグランドンとは腐れ縁だから、手加減するように説得してあげようか?」
グランドンというのがおっさんの名前らしい。
そして若い男はオージェ。雰囲気のある優男だが、どうにも胡散臭い笑みをしてる。
優しい声色を使っていたが、心から笑っていないというか。
なんとなくホストっぽい印象を受けた。
アタシは素っ気なく答えた。
「けっこうです、あんな男ぐらい、自分で片付けられますんで」
オージェは手を叩いて笑い出す。
「ははは、こいつぁいいや――おおい、みんな! 賭けよう、賭けだ!」
オージェは通路に立てかけられていた黒板を持ってくると、なにやら数字を書き始めた。
酒場からコップを手に持ったまま、件や鎧を装備した冒険者たちが続々とでてくる。
「新人とグランドンだって! グランドンに10だ」「可哀想だがグランドンだな20」「なぁに、気に病むこと無いぜ、善戦すりゃあ、認められるからよ、グランドンに15」
次々に威勢のいい声が飛ぶ。ほとんどがグランドン。
オージェは頭をかきながら言う。
「おいおい、これじゃ賭けが成立しないぜ。このお嬢ちゃんはさっきグランドンをやっつけたそうだ」
「アリーズの娘に手を出したんだってな!」「ぎゃははは」「あの仕業、新人の仕業だったのかよ! 新人に10!」
こうして賭けられていった。目立ちたくないのに、どんどん目立ってしまう。
なんでこうなったんだろ。まあ、いいか。
すると、エルくんが心配そうな顔をしてローブの袖を引っ張ってきた。
「お姉ちゃん、大丈夫そう……?」
「心配しなくていいってば。アタシが負けるはずがないから」
「うん、それはわかってるけど、あまりやりすぎないでね」
「そっちの心配か」
わしゃわしゃとエルくんの柔らかい金髪を無造作になでた。
エルくんはぎゅっと目をつむって耐えていた。子犬みたいでかわいい。
まあ、目立たないように、やりすぎないように。
努力はしよう。
賭けの相場が決まった頃、受付嬢が来て言った。
「ではサイオンさん、訓練場に行きましょう。こちらです」
受付嬢に案内されて建物の裏に向かった。
訓練場は運動場っぽい印象を受けた。
地面がむき出しになっていて、走ったり戦ったりできる。
隅には技を練習するための柱や木の像が埋められている。
訓練場の周囲は壁に覆われていて、ある程度魔法を使っても大丈夫なようだった。
アタシたちは訓練場の一角にある、正方形の線が地面に書かれた場所に来た。テニスコート二つ分ぐらいの広さがあった。
アタシとおっさんが中へ入る。
周囲を酒に酔った冒険者たちが囲む。うるさいヤジがひっきりなしに飛ぶ。
と、線の外にいた受付嬢が手を挙げた。水を打ったように静かになる。
「サイオンさん、魔法を使って戦ってください。倒されるか外に出たら負けです――では、はじめ」
向かいに立つおっさん――グランドンが刃を潰した練習剣を構えながら舌なめずりする。
「へへっ。覚悟しろよ」
「はーい」
アタシはもごもごと口を動かして、呪文を唱える振りをした。
同時にグランドンがアタシに向かって駆け出す。
イノシシのような迷いのない突進。
アタシは左足をひねるようにして地面を踏みつつ、まっすぐに伸ばした右腕をグランドンに向けて左手を添えた。
「――火弾」
左手を素早く動かすと、右手から火の固まりが撃ち出される。
しかしグランドンは走る速度をさらにあげて火の矢に向かっていった。
「魔導斬り《マグナブレイク》!」
彼の剣が振り降ろされる。
――いや、刃を潰した練習剣を鈍く光らせて、火の矢の側面を叩いた。
ガィンッ!
鈍い音とともに火の矢の進行方向が変わった。彼の後ろに着弾して火花を散らした。
――おお! 魔法の軌道を変えるなんて、なんて力技。
グランドンはすでに土煙を上げてアタシの前へ。
「もらったぁ!」
手加減のない鋭い斬撃が横凪にアタシを襲う!
周囲の人たちが騒ぐ。
「出た! 初見殺し!」「グランドンの得意技!」「これは避けれねぇ!」
が、アタシは動じない。思わず鼻で笑ってしまった。
「ふんっ――土壁」
地面を左足のかかとで強く踏む。
ドォォ――ッ!
轟音とともに、地面が二人の間に盛り上がった。鋭い斬撃は鈍い音をたてて土壁に遮ぎられる。
土壁に剣をめり込ませたままグランドンが叫ぶ。
「なにっ! 二重詠唱だと!」
「あれ? 二つだと思ってたの?」
「え――?」
「土弾」
アタシは腰を落として正拳突きのように左手を前へ出した。
とたんにお互いを遮る土壁から、握り拳大の固まりが飛び出す。
ズドドド――ッ!
「ぐはぁっ!」
剣を絡めとられた不利な姿勢の上に、至近距離から複数の土弾をくらったからたまらない。
グランドンはのけぞりながら吹っ飛んで、四角い枠の外へと落ちていった。
受付嬢は目を見開いて呆然としていたが、慌てて片手を上げた。
「サイオンさんの勝利!」
水を打ったように静まり返っていたギャラリーが一拍遅れて騒ぎだす。
「うおおおお!」「すげぇ! 複数詠唱!」「初めて見たわ!」
――え、初めて?
低級魔法なら連発してもいいかと思ったけど、どうやらまたまた目立ってしまったらしい。
ひきつる顔でエルくんを見ると、彼もまた幼い顔をひきつらせていた。
あちゃー、またやらかした。
でも、困り顔もかわいい。
やっちゃったものはしかたない。
エルくんのそんな顔を見ただけでも、まあいっか、と思い直せた。
どうせ冒険者になったらすぐ別の国へ行くんだし。
受付嬢が側へくる。彼女の顔もまた、ひきつっていた。
「お、おめでとうございます。合格です」
「ありがと。それでどうすればいい?」
「はい、冒険者の証を渡しますので、どうぞカウンターまで来てください」
「はーい」
エルくんが金髪をふわふわ揺らして側へくる。
「お姉ちゃん、すごかったよ……」
「ごめんね、やりすぎちゃったみたい。低級魔法だけにしたんだけどなぁ」
するとエルくんはアタシを見上げて微笑んだ。
「でもお姉ちゃんが怪我しなくてほんとによかった」
「あー、もう、かわいい!」
屈託のない笑みによって、心が軽くなるのを感じた。
それから受付嬢に案内されてある来出す。
グランドンは気絶したらしく、屈強な男に担がれて運ばれていった。
周囲を囲んでいた人々は喜んだり叫んだりしている。
「よっしゃ、ぼろ儲け!」「んが~、今月の飲み代がぁ!」「どうだい、私らと組まないかい?」
人々の歓声を受けつつ歩いていく。
複数の冒険者からパーティーに誘われたが、素性を詮索されたくないので全部断った。
――と。
優男オージェが側へきた。なんだか含みのある笑みを浮かべている。
「やあ、すごかったね」
「どーも。言ったとおりだったでしょ。お仲間は大丈夫?」
「へっ、あいつはどうでもいいさ――それより」
「……なに?」
オージェは私の耳元に口を寄せて言った。
「魔法唱えなかったね。君は何者だい?」
「……ッ!」
アタシは驚きのあまり何も言わずに睨んだ。
オージェは大げさに手を振って離れる。
「おおっと、言い触らす気はないし、別に何かしようってわけじゃないさ」
「……アタシには近づかないことね。容赦しないから」
「あはは、怖いねぇ~。まあ、ほかの連中は気づかなかっただろうけど、俺はちょっとは名の知れた魔術師だからさ。次からはもうちょっとうまくやることだね」
「ご忠告、どうも」
アタシはにらみながら言った。
オージェはへらへら笑いつつ、ブランドンが運ばれた方へ去っていった。きっとそっちに治療室でもあるんだろう。
傍にいたエルくんが心配そうに身を寄せてくる。
「お姉ちゃん……どうしよう」
「すぐにこの街を出て国境越えましょ。これ以上詮索されたら……」
そう言いかけて止まった。
――どうする気だろう、アタシ。
痛めつけるだけで黙らせることができるだろうか。
もしそれでもダメだったら……殺す?
勇者パーティーの頃は、アタシは守られてばかりだった。自分で敵に向かっていったことはない。
――やれるのかな。
いや、やらないと!
でなきゃ、隼人たちに復讐するなんて夢のまた夢。
やらなきゃやられるんだから!
ぎりっと音がするぐらい奥歯をかみしめていた。
すると、ふわっと若草のような心地よい香りが漂った。
訓練場の端で立ち止まったアタシを、エルくんが下から見上げていた。
「お姉ちゃん、怖いよ……」
上目使いの青い瞳が、きらきらと潤んでいる。まつげが長い。
「あはは、ごめん。ちょっと考えごとしちゃった」
「お姉ちゃん、受付さん行っちゃったよ」
「あらま。急がないと」
「うん、こっちだよ」
エルくんがアタシの手を握って駆け出した。
一生懸命引っ張る手は、とても小さくて柔らかかった。




