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第7話 危険な町

 山賊たちをやっつけたあと。

 アタシたちは心地よい木漏れ日の降る、森の中の道を歩いていた。


 頭からすっぽりかぶる裾の長いローブを着てるけど、足に絡まるので歩くのに邪魔。

 ただ、どこに人の目があるかわからないので脱ぐわけにはいかなかった。


 前を行くエルくんの足取りは軽やかだ。とても楽しそうに見える。


「どうかしたの、エルくん? お金の心配がなくなったから楽しいの?」



 エルくんは、精緻な人形のように整った顔立ちに、満面の笑みを浮かべて振り返る。


「違うよ。山賊をひどい目にあわせるお姉ちゃんが怖かったけど、ボクを怪我させたから怒ってたんだとわかって、とってもうれしいんだ」


 ――なんなの、このかわいい生き物は。

 弟ってみんなこんなにかわいいのかな。だったらアタシも一人ほしかった。


 アタシは早足で彼に追いつくと、胸ぐらいの高さの頭をくしゃくしゃとなでた。

 エルくんはうれしそうに、えへへと目を細めて笑った。



 とはいえ、この可愛い顔が曇ること確実な、アタシの本当の目的を言い出しづらくなった。

 まあ、もっと親しくなってからでいっか。


 二人並んで、木漏れ日の差す心地よい森の道を歩いていった。


       ◇  ◇  ◇


 エルくんと出会ってから三日目。

 いくつかの村を通り抜けて、大きな街フロンテへとやってきた。

 国の辺境に位置する割にはかなり大きい街らしい。


 フロンテは分厚い外壁に囲まれている。壁の上を兵士が行き来して見張っていた。

 街へ入る門も大きく、閉めたら開けられそうにない。

 そこに人々が行列を作っていた。



 アタシたちも行列に並んだ。ローブを頭からかぶって顔を隠す。

 隣のエルくんに小声で言う。


「アタシはサイオン。わかってるわね?」


「うん、大丈夫だよお姉ちゃん」


 体を寄せてささやいてくる。若草のような爽やかな香りがした。

 復讐のことはまだ言えず、命を狙われてるから、とだけ伝えていた。



 しばらくして順番が来た。

 門番をしていた兵士が胡散臭そうな目でアタシを頭から足先まで値踏みする。


「なんの用があって町へ来た?」


「アタシ、冒険者になりにきたんだけど」


「ふぅん。冒険者稼業舐めてると死ぬぞ」


 そう言って大げさに顔をしかめた。

 上から目線の言い方に、ちょっとムッとする。

 

 するとエルくんが割り込むように前に出て、屈託のない笑顔を兵士へ向けた。


「大丈夫だよ、おじさん。お姉ちゃん、魔法が使えるんだから」


「えっ! 魔法!? 嘘だろ」

 

「嘘じゃないよ……お姉ちゃん、小さい魔法使ってみてよ」


「いいわよ――ほんと、こんなことで嘘ついてもしゃーないでしょうに――着火ファイアー


 アタシは、ローブから腕を出しつつ上に伸ばして指を鳴らした。

 小さな炎がぼうっと生まれる。

 手を振ってすぐに消した。



 おお~、と並んでいた人たちがどよめいた。


「すごい」「魔法使いだったのか」「確かに見た目もそれっぽかった」


 魔法が使えるってだけですごいらしい。

 ――コツさえ掴んだら誰にでもできると思うんだけどな。


 兵士はへりくだった笑みを浮かべて、物腰低く言った。


「こ、これは魔法使い様とは存じませんで……へへっ、では身分証を提示していただけたら、すぐにお通りください」


「あ~、身分証も紹介状もないから冒険者になりにきたの」


「そうなんだよ、おじさん。ボクたち、森の中でひっそり暮らしてたから」


 横からエルくんがそれっぽい嘘で口添えをした。

 ――思ったけど、エルくんて子供の割には頭いいよね。すごく気が利くというか。


 

「そうでしたかい。でしたら、こちらにどうぞ」


 そう言って門に併設された詰め所を指し示した。


「ん? まだ何かするの?」


「ああ、いえ。身分証を持っていない魔法を使える人が冒険者になりにきた場合、入町許可証を出しますので」


「確か入場料がいらなくなるんだよね」


「そうだぞ、ぼうず。よく知ってるな」


 エルくんがにっこり微笑んだ。



 兵士に案内されて詰め所に入った。 

 木で作られた粗末な小屋。板張りの床がギシギシと鳴る。


「あっ」


 突然、エルくんが小さく叫んだ。

 壁の張り紙を見ている。


 そこには、アタシの似顔絵が張られていた。真っ黒な髪に修道服姿のアタシ。

 ――すでにここまで手が回ってるなんて!

 ローブの下で体が緊張で強ばった。



 兵士が怪訝な顔で訪ねる。


「どうした、ぼうず」


 思わずエルくんの顔を見た。

 ――なんて答える気!? 

 どきどきした。


 が、エルくんは素直そうな声で言った。


「あ、いや。きれいな人だなぁって思って。何か悪いことをしたんですか?」


「なに言ってんだい、ぼうず。その逆さ」


「逆?」


 エルくんがかわいらしく首を傾げた。相手が大人なら簡単に警戒心を解いてしまう子供らしい仕草だった。



 兵士も感化されたのか、意気揚々と説明してくれる。


「おうよ! このかたは聖女さまだ。魔王を倒した勇者の仲間なんだぜ?」


「すごーい! でも、どうして張り出されてるの?」


「なんでも、魔王が死ぬ直前の超魔法を受けてしまって、飛ばされたらしい。勇者さまたちは聖女さまを心配して探し回ってるんだよ」


「へぇ~、そうなんだ~。見つかるといいね、聖女さま」


「おうよ! ぼうずも見つけたら連絡してくれよな! すぐに騎士団が迎えに来るからよ」


 ――迎えじゃなくて捕まえに来るんでしょ。

 これは絶対、バレちゃいけないわ。

 


「うん、わかった」


 エルくんはにっこり微笑んでうなずいた。金髪がけなげにふわりと揺れた。



 兵士が紙に文字をさらさらと書いて渡してきた。


「それじゃ、魔法使いさま、これが入町証明書になりますんで。ようこそ辺境の街フロンテへ」


「ありがと」


 受け取って、そそくさと詰め所を出た。



 外門を抜けて街へ入る。

 なかなかきれいな町並みだった。

 石畳の大通りには人や馬車が行き交い、石造りの家が整えたように並んでいる。

 街の中心には堅牢な砦のような建物が見えた。

 地方にあるにしては開けた街だと思った。



 ――と。

 隣を歩くエルくんが、暗い顔をしてうつむいていた。


「どうしたの?」


「お姉ちゃん、ごめんなさい。危うくばれそうになっちゃった……奴隷失格だねボク」


「なにいってんのよ~。うまくフォローしたし、情報まで引き出してくれたじゃん。エルくんはよくやってくれたよ?」


「ほんとに?」


「嘘を言ってどうするの」


 頭をなでると、エル君は心地よさ層に目を細めた。柔らかい金髪が指に絡まる。



 それから冒険者ギルド目指して歩いた。途中、屋台が出ていたので焼き鳥を買ってみる。


 一本の串をエルくんと交互に食べた。

 塩だけの味付けだけど、身はプリプリしてておいしかった。


「これ、ボク好き」


 エルくんが熱そうにハフハフと息を逃しながら食べる。



「全部食べてくれてもいいからね」


「え、それは悪いよ、お姉ちゃん。半分こ」


 串をにゅっと突き出してくる。


 受け取ってまた一口。素朴な塩味が、鳥の旨味を引き立てる。


「ほんとにおいしい。材料の味が生きてるっていうか。アタシは肉の中では鶏肉が一番好きかな」


「え……鳥……」


 なぜかエルくんが黙り込んだ。

 不思議に思って彼を見ると、あからさまに目をそらす。


 ――ひょっとして鶏肉じゃないのか、これ。

 怖いので聞かないことにした。



 ――と。

 急に辺りが騒がしくなった。

 みれば街角に人だかりができている。


「なんだろ?」


「何かあるのかな、お姉ちゃん」


 人だかりをかき分けて前に出た。

 すると、鎧を着た中年おやじが、若い女性に絡んでいた。明るい茶髪を腰まで垂らした可愛らしい女性だった。


「オレの誘いを断ろうってのかよ? 町を守ってやってんのは誰だと思ってやがるんだ?」


「ですから今は仕事中ですので、お受けすることはできないんです」


「いいからこい!」


「きゃあ!」


 女性は服の袖を無理矢理引っ張られた。びりっと生地が破れてアタシの方へと飛んできた。

 軽く手を伸ばして受け止める。


 アタシの腕の中で子猫のように震える彼女。


「大丈夫?」


「あ、ありがとうございます」



 男へ目を向けて、少し強い口調で言った。


「嫌って言ってるんだから、やめたら?」


「うるせぇよ。弱ぇ奴は強い奴の言うこと黙って聞いてりゃいいんだよ!」


「は? 何いってんの?」


 カチンときた。アタシの眉間にしわが寄る。

 エルくんが心配そうな顔で袖を引っ張ってくる。


「お姉ちゃん、危ないよ……」



 男がいやらしい目つきでアタシを上から下までなめるように見る。


「ほぉ? お前、女か。一緒に来な。かわいがってやるからよ、げへへ」


「はぁ~、やらなくちゃダメか~。目立ちたくないんだけどな~」


 アタシは女性をエルくんに任せて数歩前に出た。

 手足の関節をひねって戦う準備をする。



 周りの人たちがこそこそとささやく。


「そいつ、Cランク冒険者だよ」「相手が女子供でも容赦しないよ」「危ないからお逃げ」


「大丈夫。売られた喧嘩を買うだけだから」


 Cランクがどの程度かしらないけど、負ける気はしなかった。

 ていうかさ、女性だからってこんなふうにバカにする奴はイライラする。



「ほぉん、お前が楽しませてくれるのか。後悔させてやるぜ」


 汚い笑い声とともに襲いかかってきた。

 あまり技を感じさせない、力任せな突進。


 アタシは軽やかなステップで攻撃を避けた。

 足を出しつつ、腕を蛸のように動かし、手のひらで彼の顔を覆った。


 彼は盛大に転びつつ、そして地面をのたうちまわわる。


「ぐっ、ぐが、ががあっ」


 紫に色に染まっていく汚い顔を手で必死でひっかく。

 まるでビニール袋でも顔に張り付いたかのように。


 実際、アタシは魔法で水の膜を顔に張り付かせていた。

 ――目立たないために地味な魔法で対処。

 町中で火を使ったら火事になりそうだしね。



 うめき声を上げる男を踏みつける。


「ねえ、いつになったら後悔させてくれるの?」


「んがっ、ぐががっ!」


 泣きそうな顔でアタシを見上げてのどや顔をかきむしる。

 水の幕のせいで、醜い顔がさらに不細工になっている。


「もう弱いものいじめしないって言うんだったら、助けて上げるけど? しないなら地面叩いて」


 男は即座にバシバシと石畳の地面を叩いた。



 アタシは指を鳴らして魔法を消した。

 水しぶきが地面に飛び散る。

 

「がはっつ、ごほっ」


 四つん這いになって、激しくせき込んでいた。



 アタシは女性を振り返る。


「もう大丈夫よ」


「あ、ありがとうございます! 魔法使いさん!」


 顔を強ばらせながら、傍へと来る。


 すると、周囲を丸く取り囲む人々が、ようやく息を吹き返したようにざわざわと騒ぎ出した。


「すげぇ、一瞬で倒した」「なんて魔法だ!」「若そうなのに、こんな高度な魔法を……」


 ――どうやら、アタシの魔法でどん引きしていたみたい。

 地味な魔法にしたつもりだったのに。

 次回からもっと目立たない低級魔法にしよう、そうしよう。



 男はアタシをにらみつつも、けっと石畳に唾を吐いて、どこかへ歩み去った。


 女性がそばへ走りよってくる。


「あの、ありがとうございました!」


「怪我はないみたいね、よかった」


「はい、私はアリサ。アリーズという名前の宿屋をやってますので、宿泊の際はうちに来てくれたらサービスします!」


「そうなの。ありがと」


「よかったね、お姉ちゃん」


 エルくんが隣でにこにこする。


 どうやらアタシが人助けしたことが嬉しいらしい。

 本当に気だてのいい、優しい子なんだなと思った。

 ――復讐しようとしてるなんて言ったら、どんな顔をするか。ますます心配になってくる。


 ともあれ、目立ちすぎて街角に人が集まってきた。

 アリサと別れて、そそくさと冒険者ギルドへ向かった。

しばらく毎日更新します。

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