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第6話 悪党には選択権もない

 エルくんを連れてアタシは山の斜面を歩いていた。

 下草をかき分けて、道なき道を登っていく。


 エル君は体力がないのか、すぐに荒い息を始めた。

 少し平らな場所に出たので、木の陰で休む。



 水を飲みながら話した。


「それで、いろいろ言っておくことがあるんだけど」


「はい、奥方さま」


「……まずは呼び方ね。それと、あんまり丁寧な言葉遣いしなくていいから」


「えっ、じゃあ、なんて呼べば……お姫さま?」


「それはもっとやめて」


「でも、でも……」


 エルくんは困り顔で「奥さま」や「お局さま」など、いろいろな例を出してきた。



 全部否定していくと、最後に端正な顔を泣きそうにゆがめて言った。


「じゃ、じゃあ……お姉ちゃん」


「あ、それがいいかな?」


 アタシは末っ子だったので、姉という立場に少し憧れがあった。妹か弟がほしかった。


「わかりました――じゃなかった。うん、わかった、お姉ちゃん」


「うん! それ!」


 あまりにもかわいくて、思わずぎゅっと抱きしめてしまった。

 エルくんは腕の中で、ひゃあっとかわいい悲鳴を上げる。


「く、苦しいです……お姉ちゃん」


「うん! うん!」


 ますます抱きしめたら、ぐったりしたので慌てて魔法使って介抱した。



 気を取り直して山の斜面にある小さな広場。

 木陰に入って並んで座っている。


「さて、エルくん」


「はい」


「呼び方が決まったところで、これからのことを話さなくちゃいけない」


「なあに、お姉ちゃん?」


「まず、アタシの目的。町に行って冒険者になる」


「えっ、あれだけ魔法が使えるのに冒険者じゃなかったんだね」


「うん。いろいろあってね。本当はサイオンも本名じゃないんだけど。言わないでね」


「はい。というか奴隷は主人の不利になることは言えないから大丈夫だよ、お姉ちゃん」


「便利ね、魔法って」



 アタシが言うと、エルくんが腑に落ちなさそうな変な顔をした。


「お姉ちゃん、魔法使いなのに……」


「あはは、そうだった!」


 エルくんが首をかしげる。汗ばんだ金髪がキラキラ光った。


「でも、町へ行くならどうして山を登っているの?」


「お金がないからよ」


「え!? ――意味がわからないけど……」



 アタシはニヤリと笑う。きっとあくどい顔をしているに違いない。


「まあ、ついてきたらわかるから」


       ◇  ◇  ◇


 山道から少しはずれた、山の中腹にある洞窟。

 アタシたちはその近くの草むらに隠れていた。


 エルくんが少しおびえて華奢な体を縮こまらせている。


「お姉ちゃん……何するの?」


「大丈夫、心配しなくていいから。エルくんはここに隠れててね」



 アタシは茂みから出て、堂々と洞窟へ向かった。

 入り口近くへ来ると中に人のうごめく気配がする。

 ――さっき山賊頭に魔法でマーカーを付けたんだけど、やっぱりここがアジトみたいね。


 中からぞろぞろと人がでてくる気配がしたので、アタシは手首を返すように動かしつつ、一歩踏み出した。


「――大火球ファイアーボール


 どごぉぉぉん!


 火の玉が洞窟に飛び込んで、バカっぽい音とともに爆発した。



「ぎゃぁぁぁ!」「な、なんだっ!」「熱いぃぃ!!」


 服に火がついた山賊たちが、蜘蛛の子を散らすように飛び出してきた。

 そして地面を転げまわる山賊たち。落ち葉や枯れ草が舞い上がった。


 もちろん赤髪の山賊頭もいる。

 彼はアタシを見つけて、ひぃっと息をのむ。


「な、なんだよ、お前! なんの恨みがあって――!」


「あれ? さっき言わなかったっけ? 『次アタシの前に現れたら容赦しない』って」


「今かよぉ!」


 赤髪は髭面を泣きそうに歪めた。

 が、すぐに土下座すると地面に頭をこすりつける。


「この通りです、命だけはお助け下さい! ――おい、お前らもひれ伏せ! 命乞いするんだ!」


 赤髪に命令されるままに、山賊たちは洞窟の入り口前に並んで土下座した。


「助けてくだせぇ!」「国には母ちゃんと子供が!」「まだ死にたくねぇ!」


 大の男たちがひれ伏すのを睥睨してから、草むらのほうを振り返った。


「エルくん、出てきていいよ」


 呼びかけると、幼い顔を痛ましそうに歪めてエル君が出てきた。沈痛な面持ちすら美しい。

 ――いやー、美形すぎるわ、この子。


「お姉ちゃん……どうしてこんなことするの……?」



 なんだかとても悪いことした気がして心がチクチク痛んだ。

 でも、復讐のためなら気にしない!


「仕方がないのよ、お金がないから。冒険者になるのだってお金がいるんでしょ?」


「うん。町に入るのもいるけど……」


「だから、悪い奴から奪い返すのよ! 悪党に人権はないって、昔の人も言ってた!」


「そ、そうなんだ」


 エルくんはたじたじと後ろに下がった。



「じゃあ、お宝ちょこっと持っていくわ」


「お姉ちゃん、山賊さんたち、このままにしておいていいの?」


「それもそうね」


 アタシは足を上げて、地面をねじるように踏みつけた。

 そこへ腰と腕の動きを加味する。


「――縛呪泥沼ディープバインド


 地面が一気に液化して、山賊たちが腰まで沈んだ。


「うわぁ!」「なんだこれ!」「おぼれる、おぼれるっ!」


 泥が手を伸ばして上半身までも絡みとられていく山賊たち。



「よし、こんなもんでしょ。行くわよ」


「お、お姉ちゃん、すごい……」


 エルくんがかわいい顔を少しひきつらせながらついてきた。



 洞窟の中は、ぼんやりと明るかった。

 さっき投げ込んだ火の玉が、まだあちこちで布や木箱を燃え上がらせていた。


「これなら明かりいらずね。火に気を付けて、エルくん」


「はい、お姉ちゃん」


 二人で奥まで入っていく。

 そして、土壁を掘って作ったような、不格好な部屋に出た。

 部屋のはしには金貨や宝石、ネックレスやペンダントなどが、無造作に山積みされている。


 薄暗がりでもわかるその輝き。

 勇者パーティーでもあまり触らせてもらえなかったお宝たち。

 ――胸が高鳴る!


 アタシは金貨の山に駆け寄ると、両手ですくい上げてばらまいた。

 じゃらじゃらと水のように流れ落ちる。


「きゃ~! 本物よ! ――こっちの指輪もすごい! あ、このネックレス、デザインすてき!」


 アタシが身につけようとすると、エルくんが小さな全身で飛びついて止めてきた。


「お、お姉ちゃん、危ないよ! 呪いのアイテムがあるかもしれないんだから!」


「あ、そっか……じゃあ、どこかで鑑定してもらってからかぁ」


「冒険者ギルドならしてもらえると思うよ」


「ありがと。じゃあ、適当に、持てるだけ全部詰め込んで……」


 背負い袋に詰め込もうとする手を、またしてもエルくんが止めてきた。


「それ、名前が彫ってあるからお姉ちゃんが泥棒になっちゃうよ」


「あ、ほんとだ。飾りの彫刻かと思った……あれ、だったらほとんど持っていけない?」


「ボクが選んでいいかな? お姉ちゃん」


「ん~、わかった。エルくんに任せる」


「ありがと」



 エルくんは任されたのがうれしいのか、かわいらしい笑顔を振りまきながら選んでいく。

 ――全部持ってけないのはしゃくだけど、エルくんが笑顔なら、まあいっか。


 エルくんは、手早く金貨と銀貨、それに飾りのない宝石、金の鎖などを選んだ。


「これだけでも1000ゴールド以上になると思うよ、お姉ちゃん」


「それだけあれば、どれぐらい暮らせる?」


 エル君は眉間井川いいしわを寄せてぶつぶつつぶやく。


「えっと、四人家族で月10~15ゴールド。一年で120から180ゴールド、予定外の出費も含めて200として……5年ぐらいふつうに暮らせるかも」


「十分、足りそうね」


「たくさんあっても重たいし、いいと思う」


「じゃあ、行こっか」


「はい、お姉ちゃん」



 エル君が袋を背負ったけれど、重すぎたのかよろめいた。

 アタシが手を伸ばして抱き止める。

 少女のように華奢な体。アタシより細いのは間違いない。


 う~ん、過保護になるけどいっか。


「半分持って上げる」


「えっ、これはボクの仕事だよ、お姉ちゃん」


「いいから、いいから」


 強奪するように半分をアタシの袋へ移した。



 それから洞窟を出た。

 山肌に降る日差しは平地よりも強く感じる。

 洞窟前には山賊たちが、泥だらけになって埋もれていた。


「そういや、そのままだった」


 赤髪の山賊頭が泣きそうな声で言う。


「た、助けてくれ! さっきより深くなってる!」


「うん、そういう魔法だから」


 エルくんがアタシの服の袖を泣きそうな顔で引っ張る。


「お、お姉ちゃん、もういいんじゃないかなぁ」


「まあ、怪我させられたエルくんがそういうなら」



 アタシは右腕をしなやかに上へのばしつつ、その場でターンを決めて、どんっと足を踏みおろした。


 地面がトランポリンのように揺れて山賊たちが飛び出す。


「「「うわぁぁぁ」」」


 ドサドサと、洞窟入り口横に山のように積みあがった。


 アタシは手を払いつつ言う。


「さて、町ね」


「うん、行こう、お姉ちゃん」


 エルくんがなぜか笑顔になって、アタシの前を歩きだした。

 なだらかな山道を足取り軽く下っていく。

 彼の柔らかい金髪がふわふわと揺れていた。


次話は明日更新。

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