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第5話 悪党に人権はない

 良く晴れた森の中の道。

 アタシは暖かい日差しが降る中を南に向かって歩いていた。

 一番近い町があるらしいので。


 道の両側の森は緑が鮮やかに息づいていて美しかった。

 道の先には山脈が見えていて、山肌が青々と照らされている。



 清々しい森の空気を吸いながら歩いていると、道が分かれている場所に出た。

 Yの字のようになってる。


 左の道は少し上り坂になりつつ峠を越えてまっすぐに向かっているみたい。

 一方で右の道は遠くに見える山脈をぐるっと西回りに避けて通っている。


 ん~。どっちがいいんだろ?

 町は平地にありそうだから、やっぱ右かな?



 ――と。

 悩んでいると、ガラガラガラ――ッ! と激しい音が聞こえてきた。

 西回りの道から聞こえてくる。


 見れば、土煙を上げて馬車が走っていた。

 御者台に座る商人が必死の形相で馬に鞭を入れている。


「ど、どいてくれ! ――うわぁ!」


 アタシがひょいっと横に避けると、馬車はそのまま通り抜けた。

 そしてY字路を曲がり切れずに、道から外れて藪に突っ込んだ。

 横転はしなかったが、脱輪してしまったようで動かない。



 御者台に座る商人は、少しお腹の出た四十歳ぐらいで、馬に鞭を入れても動けないとわかると頭を抱え込んだ。


「ああ、しまったぁ――ここまでか!」


 なんだろ?

 すごく深刻な様子。


 気になって馬車へ近づいたとき、西の道からドドドッと大勢が走ってきた。

 ぼろい服を着た、気性の粗そうな男たち。先頭の男は馬に乗り、赤髪にバンダナを巻いていた。


「ひゃっはー! 逃げられると思ってるのかよ! 商品と有り金、全部置いてきな!」



 ――わー。山賊だー。

 勇者パーティーで冒険してた頃、何度か遭遇したけど。


 馬車に近づいたアタシに商人が言う。


「き、きみ! 逃げるんだ!」


 ――お。優しい。

 

「心配してくれてありがと、おじさん――でも、たぶん大丈夫」


 そう答えたときには、下卑た笑いを浮かべた山賊たちが馬車とアタシの周り取り囲んでいた。



 臭そうな黄色い歯をした男たちがナイフを片手にニヤニヤ笑っている。


「おうおう。置いてけやぁ」


「ん? そこの旅人も運がなかったな! 有り金全部出してもらおうか!」


 アタシは財布を出す振りしながら体をしなやかにくねらせる。


「はーい――――炎腕爆熱バグナード


 ドゴォォォ――ッ!


 紅蓮の炎が巻き起こった。竜巻状の本体から燃え盛る腕がタコのように周囲へ伸びる。

 山賊たちが次々と炎の触手に捕まる。

 そして盛大に燃え上がった。


「あっつい!」「熱いぃぃぃ!」「助けてぇ~!」


 アタシは魔法を消した。

 しかし、服や髪の毛が燃え上がった山賊たちは、ごろごろと地面を転がる。



 そんな中、一番偉そうだった赤髪の山賊を踏む。


「ねぇ、誰を相手にしたかわかってる?」


「ひぃ! 悪かった、魔法使いだなんて思わなかったんだ!」


「山賊なんて悪人、退治しても問題ないよね?」


「か、かんべんしてくれ! 俺たちだって元は傭兵団! 時代が悪いんだよぉ!」


 ――あ~。

 魔王が倒されたら過剰な軍備は必要ないし、軍縮されたら民間の傭兵から首切られるもんね。



 アタシは手と指を動かして魔法をこっそり発動させて山賊頭をマークした。


「まー、いいわ。次アタシの前に現れたら容赦しないと言うことで」


「あ、ありがてぇ! ――引き上げだ」


 山賊たちは逃げ出した。


 あとには商人と馬車が残された。



 太った髭面の商人が胸をなでおろしながら近づいてくる。


「いや~、助かった。ありがとうな」


「怪我はない? 積み荷も大丈夫?」


「ああ、どうだろうか――」


 商人が慌てて馬車に駆け寄る。

 

 よくよくみてみると、馬車は窓に格子がはめられており、壁や天井が鉄板で補強されている。

 なんだか牢屋っぽい。



 商人が鍵束をじゃらつかせて鍵を開けた。

 開いた扉をアタシも後ろからのぞき込む。


 そこには鎖につながれた人たちがいた。

 きれいに着飾った女性、たくましい戦士風の男。猫耳の少女もいた。



「おお……大切な目玉商品たちが……みんな、怪我はないか?」


 ウェーブのかかったプラチナブロンドの美女が悲しげな顔で言う。


「先ほど大きく傾いたときに、この子が荷物の下敷きに……」



 女性が腕の中に子供を抱えていた。手足の長い、人形のように色の白い子。十歳ぐらいだろうか。


 ただ、手足が変な方向に曲がり、金髪が赤く塗れている。耳と鼻から血を流していた。

 意識がない。呼吸も浅い。手遅れと思われた。


 でも、怪我をしている姿すら美しくてかわいかった。

 パッとみた感じ少女かと思ったが、どうやら男の子らしい。

 それぐらい華奢で美形だった。



 商人が少年の体を調べてから頭を抱える。


「あっちゃー。やっちまったかい……。あぁ、骨が何カ所か折れてんな。しかも頭まで。――こりゃあ、売り物にならねぇな。ただでさえ売れ残りだったってのに」


「おじさんって、奴隷商人だったの!?」


「おうよ。誠実かつ堅実な奴隷商人ガルボさまだぜ!」


 この世界には奴隷制度があるのは知っていた。魔法できっちり契約を結ぶぶん、条件は厳しいが待遇はいいらしい。



「どうするの、その子?」


「どうするって……奴隷契約が残ってるから施設にゃ預けられねぇし、死ぬほどの大けがした奴隷なんて買うやついないだろ……ああ、罰金コースだなぁ、こりゃあ」


 たしか奴隷を無意味に死なせると罰金刑、虐待死させると牢屋行きになるって話を聞いたことがある。


 アタシはピンッと閃いた。

 ――復讐なんていう人聞きの悪いことをしているアタシ。

 素性は誰にも知られたくない。

 魔法で契約されてる奴隷なら、最高に安全なんじゃない!?



 心の中を悟られないよう、冷静に尋ねる。


「ねえ、なんでこの子売れ残ったの? かわいいのに」


「そういう用途にしか使えないからな。力はないし、魔力もない。しかも記憶までないときやがる」


「え? 記憶喪失?」


「エルって名前しか覚えてないんだ、こいつはよ……不憫に思って連れてはみたが、おれっちの商才を持ってしても引き取り手が見つからねぇんだわ」


「ふーん」



 きれいな女性が悲しげな声で言う。


「何もできない子でしたけど、とても素直でいい子でした」


 戦士風の男がため息混じりに言う。


「弱っちい体に生まれついたのが運の尽きさ。どのみち長く生きられなかっただろう。剣を教えても腕は上がらなかったしな」


 猫耳の少女が言う。


「足も遅いし、遊び相手にすらならなかったにゃん」



 アタシは大きくうなずいた。


「じゃあさ、この子、ただでちょうだい」


「「「えっ!」」」


 商人があきれ顔で言う。


「いやいや、話聞いてたのかい? ここまでの大けがは魔法じゃなきゃ無理だ。治療費だけで四人家族が数ヶ月暮らせる額。このまま引き取って死んだら、おまえさんが罰金を支払うことになっちまうぜ?」


「ほーん。じゃあ、治療したらこの子ちょーだいね」


「いや、だから――」



 うだうだ言ってくる商人を放っておいて、アタシは治療に取りかかった。

 聖女として習った知識で折れてる骨を適度につなぐ。


 そして回復ヒールを唱える。


「ひーるひーるひーるひーるひーる!」


 30回唱えた頃には怪我は消えて元通りになった。

 苦しげだった少年の呼吸が安らかな寝息に変わる。


 なぜか、みんなが固まっている気がしたが気にしない。



 アタシは商人に向きなおる。


「はい。治したから、この子ちょうだい」


「――ええ!? なんで魔法使いなのに、回復魔法まで使えるんだ!? おまえ、おかしいぞ!」


 ――あ。固まった理由ってそれか。

 やっぱり魔法使いは攻撃魔法、治癒魔法は司祭や神官になってるっぽい。


 うまい説明が思いつかないので、適当に誤魔化すしかない。



「さあ? アタシは魔法の天才らしいから――で、どうすんの? くれるの、くれないの?」


 疑われる前に、まくしたてて誤魔化す。

 けれども商人はまだ戸惑っている。 


「し、しかし――」


 きれいな女性が少年の頭を優しくなでながら言う。


「ガルボさん、いいじゃありませんか。あのままだと奴隷を死なせた罪で多額の罰金を払うことになってたんですから」


「でも、手に入れたい理由は? 何をさせる気だ? ひどい目に遭わせる気じゃないだろうな? 虐待させるような奴には売らねぇ、それが俺のポリシーだ」


「アタシは身の回りの世話をしながら一緒に旅してくれる子がほしかっただけよ。虐待なんてしないし」


 アタシと商人ガルボは見つめあった。



 すると、少年が鈴の音のようなきれいな声でつぶやいた。


「ボク……いいよ」


「目覚めたのか!?」


「この人、悪い人じゃない気がする……山賊から助けてくれたし……今、すごく暖かかったんだ……」


 商人が、視線を逸らして長い息を吐いた。


「わかった。エルがそういうなら止めやしねぇ。この子を幸せにしてやってくれよな――主従契約の準備するから待ってくれ」



 それから二人の血を混ぜて、怪しげな器具で少年の手の甲に模様を書いた。というか元からあった紋章に書き加えた感じ。


 ちょっと痛がっていたが、すぐに終わった。



 アタシは少年の傍にかがんで目線を合わせる。 


「名前は?」


「ボクはエルです……ご主人さまは?」


「アタシはサイオン……ご主人さまは、なんかヤダな。話し方も。もっと砕けた感じでいいから」


「はい! お嬢さま!」


「いやいや、もっとだめ! まあ、後で考えるとして……とりあえず、よろしくね」


「はいっ」


 頭をなでると、エルくんははにかむように笑った。柔らかくてまっすぐな金髪だった。



 立ち上がって馬車を見る。道から外れたためにスタックしている。

 人力で道へ戻すには大変そうだ。


「さてとっ、次は馬車ね」


「おっ、直してくれるのかい?」


 アタシは馬車を風の魔法で浮かせて道へと戻した。


「車輪や車体はわからないから、がんばって」


「すまないな。なんとかなりそうだ……お礼と言っちゃなんだが、必要なものはあるか?」


「ん~。水と食料、かな? お金もほしいけど」


「手持ちの金はないが物資ならいいぜ。エルを助けてくれたお礼、そして旅立ち祝いだ。持ってきな!」


「ありがと~!」


 背負い袋にパンと干し肉、木の実、そして水筒と背負い袋をもらった。


「ボクが持ちますね」


 そう言ってエル君が背負った。

 袋が大人用で大きいためか少しアンバランスだ。

 そんな姿も華奢でかわいい。



 商人に言う。


「じゃあ、アタシは行くから。気をつけてね」


「エルをよろしくな! エル、頑張るんだぞ」


 きれいなお姉さんが微笑んで言う。


「気をつけるのですよ」


 戦士が言う。


「死ぬんじゃねーぞ」


 猫獣人が言う。


「アタイはマグにゃんだにゃ! またどこかで会おうにゃ!」


 そして手を振って別れた。



 森の中の道を進んでいく。


「なんだかんだで奴隷たちはみんな仲がよかったみたいね」


「はい、家族みたいでした――それで、目的地はどこでしょう?」


「町なんだけど……その前にやることがあるの。ついてきてくれる?」


「はい、わかりましたっ」


 元気よく素直にうなずくエルくん。金髪がふわっと揺れる。


 可愛い同伴者ができてうれしい反面、復讐しようとしてるなんて言ったら嫌われるかな? と少し心配した。

 ――頃合いを見て話そう。


 ともあれ、可愛くて絶対裏切らないお供を手に入れて、アタシは意気揚々と歩いていった。

次話は明日の夕方に更新です。

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