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第4話 旅立ち

 動きによる魔法の発動方法を覚えたアタシは、より確実に狙った効果が出せるように、毎日繰り返し練習した。


 三つの属性を合わせる上級魔法ともなると、振り付けは複雑になった。

 手の伸ばし方、足の引き方で効果が変わる。


 魔力を込めなければ発動しないので、正確な動きを体が覚えるまで魔力無しで動作を繰り返した。



 ある日の午後。

 アタシが練習していると、ロッドユールが小屋から出てきた。


「サイオン、精が出るな。上級までだいたい覚えたようだな」


「うん、先生。呪文は無理だけど、動きでならいくらでも覚えられるからね」


 ロッドユールが目を細める。笑っているようにも、何か企んでいるようにも見える。

 アタシは少し警戒した。



 すると彼はいつもの何気ない調子で言った。


「ところで、超上級の魔法を覚えてみる気はないかね?」


「超上級? つよいの?」


「ああ、強いとも」


 警戒心が強まって、思わず一歩下がった。


「術者が危険になる魔法とか?」


「いやいや、失敗しても不発になるだけだ。今までと変わらんさ」


「……なんで、アタシに?」


「なあに。理論上作ってみたはいいものの、複雑すぎて誰も唱えられそうにないんでな。上級を簡単に扱うサイオンならできるかもと思ってな」



 アタシはロッドユールの顔をまじまじと眺めた。

 なにを考えているのかわからない。

 ただ、彼の話を考えてみたけど、今のところは嘘をついているようにも見えない。


 よくわからないので、試してみることにした。考えるより先に動くタイプなので。


「わかった。やってみる」


「そうか。ならば説明しよう。炎に風を送り込み極限まで加熱して、さらに土と水で圧縮するのだ」


 それから長々と呪文と単語の意味を教えられた。

 さすがに呪文が長すぎて一度には覚えられない。



「うーん、よくわからないけど。とりあえず、順番にやってくねー」


 まずは火を起こして、それを大きくしていって~。どんどん風を送り込んで煽って、土や水で覆って膨れ上がろうとする炎を抑え込んでいく。


 そんな感じで自称超魔法ってのを覚え終える頃には夕方になっていた。 


       ◇  ◇  ◇


 夜。

 テーブルに向かい合って座りつつ、最後の夕食を食べた。

 ロッドユールが言う。


「さて、ワシの教えられることはすべて教えた。明日、旅立つと良いだろう」


「うん、先生ありがとう。おかげで旅の不安はなくなったし、目的も――達成できそう」


 これだけ強くなれば、1人でも生きていけそうだと思った。

 復讐することだって。


 もちろん隼人たちは強かった。

 3人まとめて倒すことは今のアタシでも厳しいだろう。

 ――1人ずつ、確実に。


 でも、どうやって?

 いろいろ情報が足りないことに気付いた。



 スープを飲み干してから尋ねる。


「ふぅ~。おいしかった。ごちそうさま! ――で、先生。今いる場所ってどの辺り? 魔導帝国からは遠い?」


「遠いな。二つほど国を越えねば行けぬぞ」


「うーん、となると。旅費がいるなぁ」


「ワシは金持っていないぞ」


「先回りされて言われた。わかってるよ、そこまで頼らない――あ、そっか。飛んでいけばいいんだ!」


「魔法で行く気か!? ……いや、サイオンの魔力量なら行けるだろうが……そのあとはどうする気だ?」


「魔導帝国に着いたあと? それは……王都に忍び込んで、目的を果たすつもりだけど」


「身分証もいなしにか。王都の警備は厳しいぞ」


「魔法で何とかなるんじゃない?」


「魔導帝国はその名の通り、魔法の研究がもっとも進んだ国。対策は万全とみていいだろう」


「え~。じゃあ、どうしたらいいの」


 魔法さえ使えるようになったら、隼人たちをさっと倒して、地球に帰ってめでたしめでたしになると思っていた。

 そう簡単にはいかないようだ。



「前に復讐、などと口走っておったな……相手が誰かわからんが、王都内で何かするなら問題を起こす直前までは身分の証になるものを用意して正規のルートで入ったほうがいいだろう」


「ええ~、めんどくさい……でもそっちの方がいいのかぁ」


 王都に忍び込んでも隼人たちがいなかったら意味ない。

 やっぱり別人としての身分証は必要かも。



「身分証になるものがないと国境も越えられんぞ。町での滞在も何かと不便だ」


「身分証……どうしよ」


 勇者パーティーで世界各地を冒険したときは身分証の必要がなかった。勇者の持ってる『勇者のメダル』が通行証代わりだった。

 でも今は何もない。そう言えば、ポーションや財布も無くしてたみたい。



 するとロッドユールが髭を撫でつつ言った。


「サイオンなら冒険者ギルドに申請して冒険者になるのが一番いいかもしれんな」


「それいいかも! とにかく手っ取り早く行きたいから!」


「単純な奴じゃ、まったく……」


 なぜか呆れたように肩をすくめていた。



 アタシはもう一つ問題があったのを思い出した。


「あっ、それとお願いがあるんだけど」


「なんだ?」


「服が欲しいんだけど、アタシに着れそうなのってない?」


「……よかろう。ただし今着てる服と交換だ」


 アタシは自分の服を見下ろした。胸と背中に穴の開いた修道服。価値があるとも思えない。

 むしろ、この服のままだと聖女彩音だとバレかねない。


「うん、ぜんぜんオッケー。今着てる服は捨てといちゃって」


「わかった」



 彼はテーブルから立ち上がると壁際にあるタンスに向かった。

 引き出しを開けて中を探る。

 そして何着かの女性用の服を取り出した。質素な感じのする麻か綿のブラウスとスカート。

 それから頭からすっぽり被る魔術師みたいなローブもつけてくれた。


「お~。これなら顔が隠せそう」


「やはり面倒なことに巻き込まれて負ったか」


「いやいや、日焼けは女性の敵だし! これなら影になっていいよね~って話」


「……まあ、そういうことにしておこうか」



 受け取った村娘っぽい服を眺めてたら気になることがあったので尋ねる。


「どうして女性用の服が? はっ! まさか、先生に女装の趣味が!?」


「馬鹿を言うな……妻のだよ」


「えっ! 先生って奥さんいたんだ! なーんだ」


「なんだとはなんだ」


「てっきり一人かと。――奥さんはどこに?」


「もう亡くなったよ」


「あ……ごめん」


 なんだか悪いことを聞いてしまった。

 ちょっと気まずい雰囲気が流れる。



 ロッドユールは肩をすくめると何気ない口調で言った。


「いやいい。元々体が弱かった。こんなところに住んでたらそりゃあ寿命も縮むさ」


 怒ってはいないようす。

 でも、こんなところに、というところだけ恨みがましい響きがった。


 ――なにかわけがありそう。

 魔術師ギルドを追放されたから?

 てことは、面倒に巻き込まれてたのはアタシだけじゃないじゃん。



「とりあえず、借りとくね。大切な奥さんの服だし、いらなくなったら返すから」


「ああ、期待せずに待っとくよ」


「ひっどーい」


 ちょっと怒った口調で言うと、ロッドユールは顔のしわを深めながら苦笑した。


       ◇  ◇  ◇


 次の日の朝。

 村娘っぽい地味な服装に着替えたアタシは袋を背負って小屋の外に出た。

 さわやかな青空。小鳥がさえずりながら横切っていく。


 ローブを頭からかぶると、続いて出てきたロッドユールを振り返った。


「もういくね。いろいろありがとう先生」


「気をつけてな。東に行けば小道に出る。道に沿って南に行けば町だ」


「東って?」


「今の時間なら太陽を目指すといい」


「そうだった。まあ迷えば魔法でなんとかなるか」


「……あまり魔法に頼りすぎは……まあ、サイオンの魔力量なら枯渇することもないか」


「でしょ。大丈夫、大丈夫! ――じゃあ、ばいばい」


 アタシは手を振って歩きだした。

 連日の魔法で焼けた地面はガリガリと堅い音がした。



 小屋から離れたとき、背後からロッドユールが大きな声で叫んだ。


「もう一度言うぞ! 町に行けば冒険者になれる。冒険者カードがあれば、国境も越えられよう!」


「ありがとー」


 振り返って手を振って、また前を向く――そして降ろすときに手首をひねりながら手のひらを返した。

 ――囁集音風ウィスパーイヤー



 アタシは遠方の声を聞く魔法を発動した。

 聞くのは当然、ロッドユール。

 別れた後でなにかアタシを売るような行動に出ないか心配だった。


 ――もちろん、いろいろお世話になったから、何かされても諦める。

 まあ、保険みたいなもの。

 でも、なんか企んでる気がしたんだよねぇ~。


 ちなみにこの魔法。

 魔法が巧みな彼を出し抜くためにこっそり作った魔法だった。



 森に入ってまっすぐに東へ。

 下草を踏み分けて進んでいくと、朝露に濡れた靴下が冷たくなる。


 おそらくアタシの姿が見えなくなった頃、ロッドユールの衣擦れの音が聞こえてきた。


「……さて。やるかの」


 ――やっぱり何か企んでる!


 アタシは緊張で体がこわばるのを感じた。

 即座に、左手は水を、右手は風を呼び出す魔法の動きに入った。

 

       ◇  ◇  ◇


 遠見の魔法で小屋を眺める。


 ロッドユールは小屋に入ると、まずはアタシの寝室に行った。

 ベッドへ近づくと、シーツに顔を近づけてなめるように見ていく。

 ――え、なに!? 厳格そうに見えて実は変態だった!?


 驚いていると、彼は指先で白くて長い髪の毛を摘み上げた。

 1本、2本と取り上げていく。

 ――何する気だろ?



 何本か手に入れると、彼はまた居間に戻った。

 それから人でも入りそうなほど大きな袋を背負って外に出る。

 いつの間にか手には穴の空いた修道服が握られていた。


 ロッドユールはアタシがいる方向とは逆――北へと向かった。

 深い森を分け入っていく。大きな荷物をものともしていなかった。



 しばらく歩くと急に森が開けて大きな川が現れた。

 幅は百メートル。水量豊かで水深も深い。

 ――これ、アタシが落ちた魔の山から流れてきてる川の一つかな?


 北の豪雪地帯にある魔の山からは、大陸中に何本かの大きな川が流れ出ていた。

 魔王は武力だけじゃなく、大陸の水源を奪って人々を従えようとしていたのだった。

 だから人々は異界から勇者を召喚してまで必死で抵抗したんだけど。



 ロッドユールは河原に荷物を降ろすと中身を出した。

 最初に広げたのは布。魔法陣が描かれている。

 その上に骨や肉を並べていく。布の端には燭台や香炉を置いた。

 ――なんかの儀式をするっぽい。


 それからロッドユールは魔法の杖を振りつつ何か呪文を唱え始めた。

 できるだけ覚えていく。わからない言葉もあったがとりあえず動きを想像して補完する。 


 最後に彼が叫んだ。


死者組成ライフクリエイト


 布に書かれた魔法陣が光り、肉や骨が不気味に動く。

 スライムのように柔らかく変形しながら一つになっていき、最後には人の姿になった。

 ――って! アタシじゃん!

 え、なに!? ロッドユールってそんな趣味持ってたの!?



 彼はアタシの裸体に修道服を着せていく。

 ……と。


 突然、ドロリと顔が崩れた。

 お腹がべこっとへこんで内臓が流れ出す。

 皮膚が剥がれて筋肉が落下。白い骨が見えた。


 ――なんなのこれ!?

 意味も分からず見続けていると、彼が服を着せ終えた。

 そして腐臭を放ち始めてそうな死体を川に投げ込んだ。


 紫色に変色した肉をまき散らしながら下流に流れていくアタシの死体。

 …………意味不明。



 と、彼が汚れた手を洗いつつ、ふうっと疲れ切った息を吐いた。


「これでよし。死者蘇生はついぞ成功しなかったが、このようなことで役に立つとは……あとは、サイオンが道中で暴れ回ってくれれば魔術師ギルドの奴らに……くくくっ」


       ◇  ◇  ◇


 東へと向かう森の中。

 アタシは眉間にしわを寄せて歩いていた。

 ――よくわからないけど、あの偽の死体が下流に流れ着いたら、アタシってか三条彩音が死んだことになるよね?


 つまりアタシの身分を隠してくれた?

 でも、なんでそこまで?


 そう言えば、ロッドユールは自分を追放した魔術師ギルドを恨んでたみたいだけど、アタシが暴れ回れば彼の復讐になるの?


 ていうか死者を生き返らせるのって違法じゃなかったっけ?

 アタシが魔法習ってた教会の大司教でもできなかった気がする。

 まじめに勉強してなかったからあんまり覚えてないけど。

 

 奥さんを生き返らせる外法を人の来ないここで研究してたのかな?

 わかんないや。



 アタシは清らかな木漏れ日の下で、両腕を上げて思いっきり伸びをした。


「まあ、どうでもいっかー!」


 難しいことは考えないのがアタシの生き方!

 ロッドユールは敵ではなかったので、安心して勇者たちへ復讐を開始できる!


 その前にはまず身分!


 冒険者という身分を得るために町へ向かった。

次話は一時間後ぐらいに更新。

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