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第3話 裏切りの夢

 夜。

 ロッドユールの小屋の中。


 夕食を食べるとすぐに眠気が襲ってきた。

 ベッドに横になるとあっという間に眠りに落ちる。

 魔法を練習しすぎて疲れていたらしかった。

 

 そしてアタシは夢を見た。



 まだこちらに召喚されて一週間ぐらいたった頃。


 急に召喚された混乱が落ち着くと、今度は鬱がやってきた。

 魔王を倒さなきゃ戻れない。でも神聖魔法なんて覚えられない。

 ダンスしかできないアタシが世界を救うなんて絶対に無理。



 西の空が赤く染まる夕暮れ時。

 魔法の勉強が嫌で神殿を抜け出したアタシは、街の外周を囲む街壁の上で沈む太陽を眺めていた。

 異世界の風景の中で、夕日だけがあっちの世界と一緒だったから心が安らいだ。

 もう何もかも捨てて逃げ出したかった。


 すると、後ろから声がかかった。


「彩音さん、ここにいたんだね」


 振り返ると勇者の隼人がいた。サラサラの前髪が風に揺れている。


「……隼人くん」


「辛いよね、その気持ちわかるよ」


「もう無理よ。なんでこんな目に合わなくちゃいけないのよ……アタシはダンスを頑張って振付師になりたいだけなのに……!」


「それは僕も同じだよ……でも、やらなきゃ帰れないんだから、やるしかないさ」


「アタシ……魔法なんて使えない!」


「いいよ、使えなくても」


「え?」



 隼人は素敵な笑みを浮かべて言った。


「僕が、彩音さんの分まで頑張るから。だから安心して」


「そんなの、悪い。アタシさえいなくなれば、もっとちゃんとした神聖魔法が使える人を連れて行ける……」


 彼はアタシの手を取って優しく握る。


「僕は君にいて欲しいんだ。それだけで頑張れるから」


「隼人くん……適当な嘘は言わないで」


「彩音さん。嘘じゃないよ、君がいてくれたらきっと日本に帰れるから。彩音さん、いや彩音――好きだよ」


「……っ!」


 アタシは急な告白に、頬が火照るのを感じた。

 慌てて西の空へ振り返って顔を隠した。すべてを赤く染める夕日に紛らわせるために。



 でも、背後から聞こえる彼の優しい声は止まらない。


「大切にするよ」


「アタシなんて、ダンスしかできないバカなのに」


「一つのことに打ち込む君は素敵だよ。君が死ぬまで大切にするよ。絶対にね」


「隼人……」


 アタシは照れ臭くなってうつむいてしまう。

 でも、一人で夕日を眺めていたさっきまでの寂しさとは裏腹に、優しい温かみを感じた。



 彼が後ろから近づいてくるのがわかる。


「君のこと一番わかってあげられるのは僕だけだよ。――僕はね、召喚されてよかったと思ってる」


「え? なんで?」


「だって君に出会えたから」


 夕日を眺めるアタシを彼は後ろから抱きしめた。

 大きく包み込んでくる優しさ。

 アタシの隅々まで守ってくれるような力強さ。


 耳まで熱くなっているのがわかった。

 足が震えて力が抜けていく。倒れそうになる。

 でも彼の細身ながらもたくましい腕が、アタシの体をしっかりと抱きとめる。

 ――このまま、ずっとこうしていたい……。



 すると隼人はアタシの耳に口を近づけて、魅力的な低い声でささやいた。


「さあ、役に立つ時が来たよ、彩音」


 背中に裂けるような痛みが走った。


       ◇  ◇  ◇


「イヤァァァア!」


 アタシは悲鳴を上げた。


 気づくと真っ暗闇の小屋の中。

 ベッドの上で上体を起こしていた。

 荒い息が口から漏れる。



「くっそぅ――隼人……ッ! 絶対、許さないっ!」


 呼吸を繰り返して心を落ち着ける。

 彼が与えてくれた優しい言葉のすべては、アタシを利用するための罠。

 勉強が嫌で逃げ出そうとしたアタシをつなぎ留めておくための鎖。


 いくらアタシがダンス馬鹿とはいえ、あんな男に騙されたのが悔しい。

 憎い……! 恨めしい……!


 しかも、よく考えたら彼自身は最初から嘘は言っていない。電池として守る、大切にするって。

 悔しい!

 余計にはらわたが煮えくり返る思いがした。



 ――と。

 小屋の暗闇から、落ち着いた声が聞こえた。


「眠れないのかね?」


「あ……うるさくしてごめんなさい。ちょっと悪い夢を見ただけ」


「そうか……」


 ロッドユールが暗闇の中で寝返りを打つ音がした。



 アタシは深呼吸をしてからベッドへ深く横になる。

 でも、気持ちが高ぶってなかなか寝れそうにない。


 二三度寝返りを打ったけど眠くならないので、話でもすることにした。


「ねえ、先生。もう寝た?」 


「ん? なんだ?」


「どうしてこんなところに一人で暮らしてるの? それに動作だけで魔法が使えるなんて話、聞いたこともなかった。発表すればいいのに」


 何気なく尋ねたが、ロッドユールはなかなか返事をしなかった。

 暗闇の中で静かに呼吸を繰り返した後、ぽつりと言った。


「したのだよ」


「え? 」


「最初に発見したのは風の魔法だった。それを意気揚々と論文にまとめて発表しようとしたら、魔術師ギルドに握り潰された。その上、神聖なる古代語を使わずに魔法を使うことは悪魔の所業であるとして追放された」



 思わず声の聞こえるほうへ体を向ける。


「ええ~!? なにそれ。なんで便利な方法を潰す必要があるのよ」


「当時はわからなかったが、今ならわかる。魔術師の権威を守るため、そして利権を守るため、だ」


「どゆこと?」


「難しい古代語を扱える魔術師は偉い、という権威のためだ。もし魔法が動作だけで誰でも使えるとわかれば、魔術師の地位は今よりも軽んじられるだろう」


「うっわ、さいてー! ――ああ、でも確かに魔術師って偉そうな奴ばっかりだったわ」


「それと魔術師ギルドは各種エレメントの魔力を込めた石や小瓶を売っているだろう?」


「あ~、魔法の使えない庶民が火をおこしたり、水筒代わりにするやつね。持ってると初級魔法が使えるようになるって今ならわかるけど」


「魔力自体は大小の差はあるが庶民でも持っているからな。それらの権益が失われることになる」


「大人ってさいてー! ちょー汚い!」


「まあ、彼らにだって生活はあるからな……仕方がないのかもしれん」


 アタシは納得いかなかったが、ロッドユールも歯切れの悪い言い方だった。やはり不満に思ってるようだ。



 暗闇の中、なんだか不満な雰囲気が満ちた。

 このままじゃまた悪夢を見そうだったので、空気を変えるために別のことを聞いた。


「ねー、先生。光や闇は使えないの?」


「光は癒しの力。いわゆる神聖魔法だ。闇は闇に生まれたものでしか扱えない。魔物や魔族だな」


「なるほど……でもさ。アタシは神聖魔法も使えるから、練習すれば動作だけで使えるようになる?」


「さあ、神聖魔法はそこまで詳しくはないが、やろうと思えばできるのではないか? ただ魔法は神に祈ってその力を借りるという形式だから、方法まではわからん」


 むむむ、と考え込むような唸り声が暗闇に響いた。



 アタシは親身に考えてくれる彼の態度が嬉しく感じて、自然とほほ笑んでいた。


「ありがと。アタシ、別に神様なんてまったく信じてないけど回復ヒールは使えるし。方法考えてみるね」


「考えるの苦手そうなサイオンができるとは思えんが……」


「うるさいっ。考える暇があったら、体動かした方が楽しいじゃん!」


 アタシの大声に対して、苦笑する声が聞こえた。


「単純だな――それもまたよし。……ちなみにサイオンは回復ヒールを唱える時、何を考えている?」


「治れ、としか考えてないかも……あと、アタシって普通の回復ヒールと違って、傷に手を触れていないと治せないんだよね~」


「ほう? それは興味深い――つまり、サイオンの回復ヒールは『動作』で治しているということかもしれんな」


「あっ!」


 いつになく大きな声が出ていた。いや驚いていた。


 アタシは怪我したところに手のひらを押し当てて癒しの魔力を流し込んでいた。


 なぜこれで治っていたのか。

 ようは「手当て」という意味を持つ動作をそのままやっていたからじゃない?



「……じゃあ、難しくて覚えられなかった高回復ハイヒール全回復オーヒール解毒デトックス鎮静カルム異常解除ディスペルも使えるようになるかも……うーん、う~ん」

 

「ただ手を当てるだけでは初級の回復ヒールにしかならないところをみると、中級、上級にするにはやはり別の動きを組み合わせるしかなさそうだな」


「回復効果のある動作……回復の意味を増加させる動作……うーん」


 いくら考えても思い浮かばない。


 というか考えてるうちに眠くなってきた。



「傷の回復とはつまり、怪我した部分の再生なのだから、健康な肉体の移植や輸血のイメージを付加するのはどうだろうか……というか、神を信じていないのに、神聖魔法が使えるということは……今まで教会が組み上げてきた理論が根底から崩れることになるな……サイオン、聞いているか? サイオン?」


 ロッドユールが何か言った気がしたがもう子守歌にしか聞こえなかった。

 そして意識は完全にブラックアウトした。

次話は明日の夕方か夜に更新です。

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