第21話 煩悩の報い
後半、大幅に改稿しました。
森を割って西へと続く街道で、アタシは戦士の猛流に抱きしめられてキスされそうになっていた。
腕と顎を掴まれてしまい、体が思うように動かせない。魔法が使えない。
しかも最悪なことに、アタシが邪魔で配置についているエルくんやウィルが攻撃できない。
なんとか彼の手から逃れて、道から外れた森の中へ誘い込まなくてはいけなかった。
――ええい、しょうがない!
できるだけ魔法は使いたくなかった。バレると作戦失敗なので。
でものんきなことは言ってられない。
アタシは自由になる腰と足で、初級魔法の振付をなぞった。
腰を回しつつ地面をねじるように踏むと、ローブに隠れたアタシの足が石で覆われていく。
膝まで固まった時に足を上げた。
「えいっ」
ガンッ!
と大きな音がして、鎧が鳴った。
「ぐっ、痛ってえ!」
猛流が腹を押えて後ろに下がった。
さっきアタシが刺した当たり。
強靭な防御力を誇る戦士であっても、傷口に膝蹴りされたら効いたようだ。
――刺しといてよかった。
魔法を使ったこともバレずに済んだみたい。
しかし状況は進展しない。どうやって森へ誘い込もうか。
ただ逃げただけでは俊足で追いつかれて道の上に押し倒されてしまう。
猛流は鎧の上から腹を抑えつつ、睨んでくる。
「もう許さねぇ……! めちゃくちゃにしてやるっ!」
その時だった。
腹を抑える猛流を見て、アタシは急に閃いた。
最初の作戦よりはるかに効果的な作戦が。
そこで肩をすくめつつ言った。
「あのさぁ、猛流。もう少し、駆け引きってものを使ったら?」
「駆け引きだぁ?」
「そうよ。恋は駆け引き。押してダメなら引いてみる。猛流は押しが強すぎるのよ。そしたらアタシが隼人じゃなくあなたを選ぶかもしれないんだから」
「なにっ!?」
隼人の名前を出した途端、彼の顔に少し理性が戻った。
よっぽど隼人を恨んでいるらしい。
まあ、たいてい祝賀パーティーなどがあっても主賓は勇者になるのは当然だもの。
アタシはまったく役にたってなかったから、気にならなかったけど。
アタシはできるだけ涼しい顔をして彼を見た。
「あなたが苦しんでる顔見て、少しは胸の内がすっとしたわ。すべてを水に流す気はないけど、取引はしてもいいかなって思ったのよ」
「なんだ?」
「隼人を殺して」
「うっ……それは……」
猛流は気まずそうに目を逸らす。
「なんだ。できないのね。彩音を守るために隼人をやっつけてやるぜ! ぐらい言ってくれたら、アタシだって惚れ直したわ」
「……しかし、失敗したら逆にやられるぜ?」
「今がチャンスなのよ。アタシが死んでると思ってる今が」
それでも彼はもごもごと口を濁す。
――ダサい男。
自分より弱い奴にしか高圧的に出られないなんて。
まあ、一度二人はけんかしたことがあって、隼人は猛流を執拗に痛めつけた。
あの時、正直アタシの回復がなかったら死んでたかも。
それぐらい徹底的に冷酷だった。トラウマになってるのかもしれない。
私は半分本音で呆れる溜息を吐いた。
「はぁ……じゃあ、いいわ。その代わり、賢助の持ってる時翔のオーブを奪うの手伝って」
「む? それならできるぜ」
「賢助を殺すことになっても?」
「あいつぐらい、不意を突けばどうとでもなる! やってやるよ!」
弱い者に対してはめっぽう強気だ。
ますます人として信頼できない。
でもアタシは微笑みを作ってうなずいた。
「じゃあ、取引成立ってことで――来て」
森の中の茂みへと向かいつつ、彼を手招きする。
猛流は腹を抑えたまま、きょとんと首をかしげた。
「なんだ?」
「怪我を回復してあげるって言ってるの。知ってるでしょ? アタシは直接怪我に触れないと回復できないって。まさか、人や馬車が通る道のど真ん中で鎧を脱ぎ散らかすつもり? 邪魔よ」
「ああ、そういうことか」
猛流は納得して顔を緩めると、少し遅れてアタシについて森へと入った。
前を歩くアタシの顔がゆがむ。必死に笑いをこらえる。
――かかった!
アタシの言葉すべてが罠だとも知らずに。
そして作戦実行の位置まで来た。
すでにアタシは森の中の枝を手で払ったり、小石を避けるふりをして魔法の振り付けを終えていた。
後ろから見てる彼からしたら踊りながら歩いてたように見えたかもしれない。
茂みに分け入ると、半径三メートルほどの平らな場所に出た。芝生のような短い草が生えている。
「ここでいいんじゃない? ――1人で脱げる?」
「そりゃでき……痛てて」
猛流が鎧の留め金を外そうとして顔を歪めた。
鎧の隙間の傷なので、体をひねると傷に角が当たるらしい。
「しょーがないわね。これを外せばいいの?」
「おう、頼む」
アタシは彼の間近まで接近して留め金を外した。
「次はこれ?」
「先に反対側だ」
さらに指示をもらって鎧を脱がしていく。
脱がされながら彼は言う。距離が近いのでうるさく感じる。
「なあ、ほんとに俺の女になってくれるのか?」
「俺の女って言い方は嫌い。でも隼人よりかは信頼してる」
そういうと、猛流は無骨な顔に笑みを浮かべた。
シャツ一枚の姿になったところで、アタシは彼の傷に手を当てた。
「ひーる、ひーる、ひーる」
「彩音の回復、久しぶりだな……」
「猛流って、たくましい体してたのね……隼人なんかよりずっと胸板が厚い」
「……彩音」
なぜか少し息を荒くしてアタシの名前を呼んでくる。
数回唱えたらすぐに治った。傷自体はそこまで深くない。
手を放そうとすると、手首を掴まれた。
アタシは上目づかいで彼を見上げる。
「なによ?」
「いいだろ?」
アタシを抱きしめて芝生の上に押し倒してくる。
抵抗はせず、体の力を抜く。
アタシの上に覆いかぶさって来る。
それを満面の笑みで迎えると、両腕を伸ばして彼の体を抱きしめた。両足も彼の足に絡める。
そっと耳元でささやく。
「ええ、いいわよ。――完成だから」
「かんせい? 何がだ?」
「――超地圧破」
ドガァァァ――ッ!
アタシを中心にして地面が丸くへこんだ。
バキバキバキバキッと激しい音を立てて周囲の木や枝が折れる。石まで砕ける。
「ぐわぁぁぁあ! なんだっ! 重い! 潰れる!」
アタシの上で猛流が叫んだ。身動きとろうとするが超重力のせいで動けない。
しかもアタシが絡みついているためよけいに動けないようだった。
ただし上に猛流がいるため、アタシにも重力圧の影響が出てしまう。
息ができない。
でも耐える。
もう終わるから。
次の瞬間、森の奥が鳴った。
ドォォォン――ガォァァアン!
二つの轟音が激しい光とともにやってくる。
「な、なんだよ――」
猛流は異変に気付いて、顔を向けようとするが動かせない。眼だけがかすかに音を見る。
その瞳に青い光と白い光が映りこんだ。
ドゴォォォン――ッ!
猛流の背中に二つの光が直撃する。
「ぐがああああ――はぁあああ!」
彼は白目を向きながらよだれをまき散らして叫んだ。
――そりゃそーだ。
鎧なしでドラゴンレーザーブレスと、怒り120パーセントの精霊銃をくらったんだ。
普通なら死ぬ。
アタシは魔法を解除して、猛流を蹴っ飛ばすように横へ投げた。
ドサッとなすがままに横倒しになる猛流。
強烈な攻撃を食らって、皮膚は弾け飛んでいる。骨や内臓まで焼け焦げていた。
「うぅ……」
「さすが魔王倒した勇者パーティーの戦士ね。まだ生きてるとは」
余裕な態度で見下ろしつつ言ったが、内心少し焦っていた。
――鎧を脱がせといて正解だったわ。
この様子だと鎧を着てたら確実に致命傷にはなってなかった。
猛流は息も絶え絶えに言う。
「あ、彩音……騙し、やがった、な……」
「当り前じゃない。言ったでしょ、死んでもあんたの女にはならないって」
「ちくしょお……こんな魔法……聞いてねぇ」
痛みと悔しさで顔を歪めて泣いていた。
そして徐々に目から光が失われていく。
ウィルが傍へ来た。
汚物を見るかのような視線で、寝転がる猛流を見る。
「少しばかり話を聞いていましたが……どこまでも自分勝手な奴でしたね」
「そうね。自分のことと隼人への嫉妬。恨み。それしかなかったもんね」
アタシは呆れて肩をすくめた。
すると少し遅れてエルくんが金髪を揺らしてやってきた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん。なんとかね。心配かけてごめんね」
エルくんは弱々しく首を振る。金髪がさらさらと鳴った。
「お姉ちゃんが襲われたときに、合図もないのに撃ちそうになっちゃった。ごめんなさい」
「よく我慢してくれたわね。エルくん、賢い」
手を伸ばして彼の柔らかな金髪を撫でた。されるがままにわしゃわしゃとなでられるエルくん。可愛い。
ウィルが猛流を見下ろしながら眼鏡をくいっと押し上げた。
「さて。とどめはどうしますか、お嬢?」
「……アタシがやる」
魔法でへこんだ地面を踏みつつ、猛流の傍へ立つ。
痛みのためか涙を流しながらアタシを見上げている。
「……助けて」
「殺そうとした相手に命乞い? そのあとは無理矢理自分のモノにしようとしたくせに」
「わ、わるかった……助けて……」
猛流は涙を流しながらアタシがいる辺りを見上げていた。
もう目が見えていないらしい。
アタシは見下ろしながらにっこりとほほ笑んだ。
「ごめん。アタシ、自分を殺そうとした相手を許せるほど、人間出来てないの。他をあたって」
「そ、そんな……」
「じゃあね、ばいばい――溶岩竜巻」
――ドゴォォォ――ッ!
紅蓮の竜巻が猛流を中心にして吹き上がる。灼熱の溶岩が彼の肌に張り付いて焼いていく。
「ぎゃああああああ!」
普段の彼なら絶対避けてきた単体魔法に、断末魔の叫びをあげる。
というか範囲魔法以外の直撃を食らったのはこれが初めてかもしれない。そして最後だ。
狭い範囲で集中的に燃え盛る炎と竜巻の中、猛流の悲鳴が延々と響き続ける。
魔法に岩の成分が混じっているせいで、オーブンの蒸し焼きな状態になるためらしい。
その上、魔王を倒した戦士だけあって、あれだけの怪我をしていても強すぎて死なない。
じわじわと皮膚が燃えて、骨が崩れて、人の形をなくしていく。
そして魔法が尽きる頃、ようやく猛流は消し炭となった。
アタシは黒い燃えカスを蹴っ飛ばしながら言う。
「あと、二人ね」
猛流を燃やしたことで何か思うことはあるかなと考えたけど何もなかった。
後悔はまったくない。
どこまでも自分勝手で、アタシを道具としてしか見ていない男なんて死んで当然!
でも、どこかしら納得もいっていなかった。
なぜだろう? 一人目の復讐を終えたのに。
理由が閃いて、思わず叫ぶ。
「そうか、あっさり倒しすぎたんだ!」
「「えっ!?」」
ウィルとエルくんがいっせいにアタシを見た。
「次はもっと時間かけなきゃね……ふふふっ」
アタシの独り言にウィルが肩をすくめる。
「それよりもお嬢、いったん離れましょう。大きな音や魔力を出しすぎました」
「そうね隼人と賢助、それに町の人が駆けつけたら厄介ね――じゃあ、シェプールへ急ぎましょ」
「うん」「ええ、もちろんです」
アタシとエルくんは荷物をまとめ上げると、隠しておいたハウストレントへ向かって歩き出した。
――しかし。
背後から異様な気配がした。
アタシは思わずエルくんを抱えて横に跳んだ。
ドゴォッ!
魔法が爆発して火花を散らす。
腕の中でエル君が驚愕した。
「えっ!? いったいなに!?」
「まさかっ」
アタシが振り返ると、爽やかな笑みを浮かべた青年と、おどおどした魔術師が現れた。
「大きな音がしたと思ったら、まさか彩音がいるとはね」
「――隼人……賢助……」
アタシはぐっと歯を噛んで睨んだ。
エルくんを後ろに隠しつつ、何気なくステップの準備に入る。
隼人は余裕な笑みを浮かべて近づいてくる。
「元気にしてたかい? 可愛い彩音」
「どうしてここに……」
「おや? 仲間の危機には駆け付ける能力が勇者にはあるんだよ? 知らなかったのかい?」
「くっ……」
――やるしかない。
アタシは後ろにいるエルくんに手でそっと合図を送りつつ、隼人に対峙した。




