第20話 疾風の聖戦士・猛流
午後の暖かな日差しの降る森の中。
アタシは道の傍に生えた木の陰にいた。
ここは道にまで森の木がかぶさるように生えてきているので隠れやすい。
エルくんとウィルは森の中に隠れている。
遠見の魔法ですでに猛流が馬で出発したことはわかっていた。
フロンテの街に着いた勇者一行は盛大な歓迎を受けたことも。
隼人と賢助は嘆きの森へと向かっている。
猛流はのんきに馬を走らせていた。
「港町。久々に魚が食えそうだぜ~。さかなさなかさかな~」
――そういや魚や和食が好きだっけ、こいつ。
一足先に向かったのも魚が食べたかっただけだったりして。
その能天気な余裕がアタシの心をイラつかせた。
アタシは木陰で弓を構える。
矢は風の魔法で動かすため、百発百中。
猛流が目の前に差し掛かった時、矢を放った。
ヒュッと風を切って鋭い軌跡を描く。
「誰だ! くそっ」
馬の上で猛流は身構えたが、狙いは馬のほう。猛流には当たらないから。
ヒヒヒ――ンッ!
寸分たがわず足に刺さって、馬は後ろ足に立っていなないた。
「うわっ!」
猛流は道の上に投げ出される。
受け身を取って素早く立ち上がったのはさすがだと憎々しく思う。
「そこだな!」
猛流は腰の剣を抜き放ちつつ、鎧をガチャっと鳴らしてアタシの隠れる木陰へ一歩近づいた。
頭からローブをかぶったアタシが木陰から出る。
使い終わった弓は捨てて胸元から短剣を取り出して構えた。
「女……? 誰だ? やめといたほうがいいぜ、俺は強い」
「知ってるわよ」
「――えっ!」
アタシの声に猛流が驚く。
ゆっくりとローブのフードを後ろに下げた。
雪のように白い髪が日の光を受けて輝く。
猛流の目がますます見開かれた。
「お、お前は、彩音!」
「久しぶりね、猛流。ここを通るって聞いて待ってたわ」
アタシは短剣を腰だめに構え直して、彼を睨む。
「驚いたぜ。生きてたのかよ」
「あんたたちのせいで死にかけたけどね。絶対に許さない……あとの二人は?」
聞かなくても知っているが、アタシが知らないと思わせるために聞いた。
彼はバレバレのウソをつく。
「後ろからのんびり来てるぜ。そんなおもちゃみたいな短剣振り回したって意味ないぜ。諦めな」
「諦められるわけがないでしょう! あんたたちをやらなきゃどのみちアタシは殺される!」
「そうでもないぜ? 俺だったら彩音を助けてやれる」
「は? この期に及んで何言ってんの? 甘い言葉で騙しておいてアタシを殺すつもりの癖に」
「そうでもないんだな。最初は帰るために彩音じゃなきゃダメかと思ってたんだが、話聞いてたら別に誰でもいいらしい。強い魔物を刈りまくればいいんだとよ。時間は少しかかるらしいが」
「よく言うわね。時間がかかるより手っ取り早いほうを選ぶでしょ。さっさと帰りたいんだから」
すると猛流は無骨な顔を歪めた。
「おいおい、勘違いしないでくれよ。俺は帰る気なんてないぜ」
「えっ?」
「気に入ってるんだよ。強いものが偉い、強いものが正義のこの世界がな」
「じゃあ、なんで隼人に協力してアタシを殺そうとしたの!」
「そりゃ、俺より強い奴を追い出すためさ」
一瞬意味が分からなくて、思考が固まった。
意味が分かるにつれ、体が怒りで震えた。
猛流の考えはアタシと違う。
いいや、隼人や賢助とも違う。
もう頭がくらくらする。
「くっだらない! 自分より強い隼人と賢助を追い返せば、自分がこの世界で一番になれるってこと!? バカじゃないの!」
「うるせぇ! 向こうの世界じゃ強くったって褒められる程度。格闘家になったところで見世物になるだけだ! 俺は空手道場の師範で一生終える気はないんだよ。――だが、こっちの世界じゃ強いってだけで王様にすらなれるんだ! なんでも好き放題じゃねぇか!」
「バカだ、こいつ。ほんとバカだ」
もう呆れてバカしか言えなかったが、さらにこのバカはとんでもないことを言い出した。
「なぁ、俺の女にならないか?」
「はあ? どんだけバカなの! 自分を殺そうとした男になびく女がどこにいるってのよ!」
「それでも俺は彩音が欲しい」
「……なんでよ? 別にアタシのこと好きでもなんでもないくせに」
「好きとかよくわかんねぇよ。でもな、隼人が手に入れたもんは全部俺のものにしてやる!」
「は? なにそれ。隼人と何の関係が? 意味不明すぎる」
アタシが聞き返すと、猛流は顔を醜く歪めた。
「どいつもこいつも! 勇者さま~って、隼人隼人隼人! あいつばっかりもてはやす! 俺だって一緒に頑張ってるじゃねぇか!」
「そりゃ勇者だからでしょ」
「じゃあ俺の努力や成果はどうなるんだよ! それなのに皆に認められるのは隼人だけ! 誰も俺なんか見ちゃいねぇ! あいつがなんでも一番だ! おいしいところは全部あいつ! 王様がほめるのも、姫様がほれるのも、全部! 彩音すら隼人を選ぶ! 許さねぇ!」
「……だから隼人を地球に送り返した後は、隼人が手に入れたものを自分が手に入れるってこと?」
「金も、女も、名誉も。彩音も! 全部俺が独り占めしてやる。俺が一番になるんだよ! ――力が正義のこの世界でな!」
ガハハッ、とがさつな声で高笑いした。
アタシは怒りで頭が異様に冷静になるのを感じつつ、短剣の柄を両手でしっかりと握りしめた。
「一つだけ言っとくわ」
「なんだよ、彩音」
「アタシはあんたのものじゃない! 隼人を見返すための道具にはならないわ!」
アタシは短剣を腰だめに構えて、地を蹴った。
怒りに任せて全力で突進する。
猛流は余裕な態度でアタシを見る。明らかに見下した笑みを浮かべる。
「非力な聖女さまが、魔王倒した俺にかなうはずが――って、早い!」
ドンッ――ギィィッ!
アタシは全身で体当たりするようにぶつかった。
鋼鉄の扉をこじ開けるような、鈍い音が響く。
「くっ――てめぇ!」
猛流がごつごつした手でアタシの握る短剣を無理矢理はぎとって捨てた。
もう片方の手はアタシの細い首を掴む。
カラン……ッ
地面に落ちた短剣の刃が赤く光った。
首を絞められながら、それでも口の端に笑みを浮かべつつ言う。
「バカね。一緒に旅して経験値入ってんだから、アタシだってそれなりにレベル上がってるわよ。それに鎧の隙間、痛かったでしょ?」
本当は短剣を鎧にあてて無傷のままって手筈だったけれど、どうにも怒りが収まらず隙間を狙ったのだった。
痛みに顔を歪める猛流を見て、少し胸がすっとした。
猛流の無骨な顔はみるみるうちに怒りで真っ赤になっていく。
「やってくれるじゃねぇか……彩音……わかってんだろうな?」
「何がよ」
ごつい手でアタシの顎を掴んで上を向かせる。
彼の目は怒りに満ちていた。
「俺の女になるか、隼人に突き出されて殺されるか。この二つしか選択肢はねぇんだよ」
「何度言ったらわかるの? バカなの? 死んだってあんたの女にはならない」
「じゃあ、力づくで俺のものにしてやる!」
猛流は顎を掴んだ手に力を入れてアタシの顔が動かないようにする。
そして開いた方の手はアタシの腕を抱きしめるようにして固定してきた。
怒りに満ちた顔がアタシに迫る。
その急な態度に驚いて声が出た。
「ちょ、ちょっと!」
――え? ここで!?
手順が違う!
この位置じゃアタシが邪魔でウィルとエルくんが狙えない!
アタシは迫りくる醜い顔から逃れようと必死で暴れた。しかしどう頑張っても動けなかった。




