第1話 アタシはサイオン
チチチッと小鳥の声が聞こえて目を覚ました。
「ん……ここは」
木の天井。丸太を組んで作られた壁。
山小屋と思われる内装が目に入った。
よくわからないけど、アタシは柔らかいベッドに寝ていた。
――どこ、ここ?
体を起こそうとすると、背中と胸に強烈な痛みが走った。
「ぁ……かはっ」
はっ……はっ……と、荒くて浅い息を繰り返して痛みを逃がす。
その時、小屋の扉が開いて明るい日差しが差し込んだ。
けもののような呼吸を繰り返しつつ入り口を見ると、魔術師のローブを着た初老の男性が立っていた。
「ほう。目が覚めたのか。死ぬだろうと思っていたが、頑丈なものだな――が、傷はふさがっていない。生きられるかどうかはお前次第だ。安静にして――」
「ひ……回復」
アタシは胸に手を当てて、口の端から絞り出すように呪文を唱えた。
手のひらが光って少しだけ痛みが緩和する。
でも激痛は止まらない。焼け石に水だった。
お爺さんが苦笑する。
「回復魔法が使えるのか。けれどもその刺し傷では初級の回復だけではどうにも――」
「回復……回復――回復!」
アタシはありったけの魔力を込めて、何度も回復を連発した。
口を開くだけで痛みが走ったが、歯を食いしばって唱え続ける。
百回以上唱えるころには、痛みは完全に消えていた。
むくり、と上体を起こす。
腕や首を回し、体をひねってみるが、もう痛みはなかった。
お爺さんが口を半開きにして眉をひそめていた。
「……回復だけであの怪我を治しただと……? どれほどの魔力を秘めているのだ……っ」
「あー、アタシ、魔力量だけは膨大だって言われたから」
長い髪に手を突っ込んでポリポリとかく。
魔力量だけなら魔王に匹敵するとまで言われていた。自覚はないけど。
それがこの世界に召喚された理由でもあった。
まぁ、いくら魔力が多くても頭が悪すぎて意味なかった。
なぜかお爺さんは口を震わせていた。顎髭が揺れる。
「なんという逸材だ……これは、もしかすると……」
「アタシが持ってても宝の持ち腐れよねー。あはは」
天井見上げてわざとらしく笑った。
すると、目の端に入ったアタシの髪がいつもと違うように思われた。
一束掴んで目の前に持ってくる。
つややかに黒かった髪が老人のように真っ白に染まっていた。
「やだ……なにこれ。真っ白」
「ん……? 白髪症か。生命の危機に瀕すると、体毛にこもっていた魔力まで生命力に変換して死を防ごうとする。その結果、白くなってしまう。それだろう」
ベッドのそばにあった手鏡に目が留まった。
手に取って顔を見る。顔は以前の若いまま。17歳のアタシ。平均的な顔。
特徴と言えば二重の目。無駄に大きくて、市販のつけまつげだと横幅が足りない。なのでしたことがなかった。
まつげは長いので、しなくてもよかったけど。いいことばかりじゃなく、サングラスをかけるとまつ毛がレンズに当たるのが嫌だった。
しかし今はそんなことどうでもよかった。
鏡の中には見覚えのないアタシがいた。
髪の毛だけじゃなく、眉毛もまつ毛も全部白くなっていた。雪のように白く、日の光を受けて銀色に輝いていた。
まるで別人。
――生命の危機って……。
ふいに自分が怪我したときのことを思い出す。
ずっと仲間だと思ってきたあいつらの、土壇場での裏切り。
いや、ずっとアタシを騙していた。自分たちだけが日本に帰るために。
胸を見ると聖女の正装である修道服に穴が開いていた。
そこからのぞく女性にしてはささやかな胸には引きつれたような跡が残っていた。
きっと……背中にも。
無意識に奥歯をかみしめていた。
――許さない。
裏切りを思い出したせいか、助けてくれたお爺さんにすら警戒心がわいてきた。
この人も何か騙すつもりなんじゃないかと、疑いの目を向けてしまう。
するとお爺さんがかまどに近寄りながら言った。
「治ったのなら朝食を食べて出て行ってくれ」
そのぶっきらぼうな言い方になぜかアタシはほっとした。
今は裏表のない拒絶のほうが心が安らぐ。
――でも、どこに行けばいいんだろう?
行くところも帰るところもなかった。
例え帰ったとしても隼人たちに勝てるはずもなく。
恨みの炎が心の底で燃えていても、どうにもできない。
「……アタシ、行くところが……」
「その傷で川の上流から流れてきたところみると、厄介ごとになっておるのだろう? 巻き込まれるのはごめんだな――ふんっ」
お爺さんはわざとらしく腕を上げて指を鳴らした。
それだけでかまどの薪に火が点いた。
アタシは目を丸くした。
「え? お爺さん、魔法使い? なんで!? 今、呪文唱えなかったのに!」
「簡単な魔法なんざ、呪文を使わずとも動きだけでできる。――これはワシの独自研究だがな」
思わずベッドから飛び起きてお爺さんに詰め寄った。
「いったい、どうして!? 教えて!」
お爺さんは顔をしかめていたが、溜息を吐くと言った。
「誰にも言わないのであれば教えてもいいが……まあ、座りなさい」
指さされたテーブルの椅子におとなしく座った。
なにかとても大切なことのような気がしたから。
アタシは日本ではダンス一筋。
勉強はまったくできなかった。ていうか必要とすら考えなかった。
ダンスさえうまければ、なんとかなるから。
将来は振付師になって自分の考えたダンスをみんなに踊ってもらう――。
それなのに、突然この世界に呼ばれて。
神聖魔法? ってのを教えられた。全然、覚えられなかった。
もう一日も早く帰りたくて仕方なかった。
――そんなアタシでも動きだけで魔法が使えるなら……隼人たちに勝てるかもしれない!
するとお爺さんが口の端を歪めて笑った。
「どうだ? わかったかね?」
「え? 何の話?」
考えてる間にお爺さんが何か喋って聞き逃したのかと一瞬考えた。
でも何もしゃべらなかったはず。
意味不明すぎて首を傾げるしかない。
お爺さんはにやにや笑いながら言う。
「わからんか……今、椅子に座ったが、なぜその椅子に座ったのかね? テーブルには4つ椅子があるのに」
「え? だって、お爺さんが指さしたから……あ!」
思わず口を押えた。
お爺さんは深くうなずく。
「そうだ。身振りによって言葉を伝えたのだ」
「まさか動きだけで呪文を唱える方法って――!?」
「うむ。それにさっき、わからないと思ったときに、首をかしげただろう? それも立派な言葉の一つだ。人はある程度、動きだけで意思や言葉を伝えられるのだよ」
「な、なるほど~! あれね! ボディーランゲージってやつね! お爺さんの言いたいことがわかってきた! 魔法は魔力を込めた言葉の組み合わせで魔法を発動させる。そして動きでも意思や言葉を伝えられる。――つまり、意思のある動きを組み立てていけば、どんな魔法でも呪文なしで出せる!!」
「いやまあ、簡単な初級魔法ならな。基本的には詠唱の補助ていどで――」
お爺さんは苦笑しながら言葉を続けたが、そんなの関係ない!
アタシならできる!
ダンス関連の中でも振付師を目指してたアタシなら!
組み合わせた動きで魔法を生み出して復讐できる――!
――それに……。
あいつらはアタシを探してるはず。日本に帰るために。
アタシほどの魔力を持った存在は魔物でも少ないらしいから。
――覚えなきゃ復讐できないどころか、またやられる!
姿を隠せるという意味では、別人のような白髪になったのは不幸中の幸いだったかもしれない。
「お願い! 動きで魔法を使う方法、もっと詳しく教えて! このとーり!」
アタシはお爺さんを見て頭を何度も下げた。きっと目は輝いていたに違いない。
「そうは言ってもだな、動きや仕草に含まれる言葉を扱うのは難しいぞ?」
アタシは胸を叩いて答えた。
「勉強できないけど、動きなら得意! 人の癖や仕草、いっぱい見てきたし!」
事実、舞台の日常動作の振り付けなども振付師の仕事。ダンスにだって日常の動きを取り入れたりする。人間観察はかなりしてきたつもり。
「ほう。変わった奴だな。……まあ、教えるぐらいなら構わないが。――しかしだな、動きの言葉は補助程度――」
もうアタシはお爺さんの言葉なんて聞いちゃいなかった。
何か希望が見えた気がした。
思わずこぶしを握り締める。
復讐すると言ってもあいつらアタシより強かったし、方法がわからなかったけれど。
勝てる方法を見つけた!
「これであたしもいろんな魔法が使える――! あいつらに復讐できる! やるぞぉ!」
「だめだ、こやつ、聞いとらん――まあ、腹が減っては何もできん。まずはスープを飲むんだ。それからだ」
「はいっ! 先生!」
「やれやれ、調子の良い奴だな、まったく――ほれ、スープだ」
お爺さんはカップにスープをよそい、お盆にパンを一切れ載せた。
それをテーブルまで運んでくれる。
目の前に置かれたスープからは暖かそうな湯気が立ち上っていた。
「わぁ、おいしそう。めっちゃお腹すいてるから!」
アタシはスープを飲み、パンをかじった。
塩味のスープには魚と山菜、きのこが入っている。複雑な旨味があっておいしかった。
お爺さんの優しさを感じる。
この人は信じてもいいかもしれない――。
いや、たとえ騙されていたとしても、動きだけで魔法を使う方法を学べればそれでいい!
そう決意したら、あとは食べることに集中した。
まあ、もともと考えるのが得意じゃない単純な性格だから、ってのもあるけど。
半分ほど食べたところで、ふと気になって尋ねた。
「ねぇ、お爺さんの名前はなんていうの?」
「わしか? わしはロッドユールだ。そういう、そなたは?」
「わたしは、あや――いいえ、サイオン。わたしの名前はサイオンよ」
とっさに偽名を名乗っていた。
彩音を音読みしただけの偽名。
――あいつらが狙ってくる可能性は非常に高い。
お爺さんが誰かに教えるかもしれない。本名は言えなかった。
いや、もう本名なんて捨てるべきかもしれない。
復讐を果たすために。
ロッドユールは目を反らして呟いた。
「そうか――良い名だな」
「うん、ありがとう!」
アタシは元気良く返事しながら残りのスープとパンをモリモリ食べた。
一刻も早く動きだけで発動させる魔法を習うために――!
次話は一時間後ぐらいに。