第18話 アタシ死亡
アリーズの宿屋の食堂にて。
アタシたちは早い目の夕飯を食べていた。
明日は朝早く出発予定なので。噂の広まった街にはいられなかった。
アタシとエルくんがテーブルに並んで座って、向かいにウィルが座っている。
テーブルの上には相変わらず安宿には釣り合わない豪華な食事。
でも遠慮なんか全くせずにいただいていた。
「あー、この煮込んだ鳥も、油で揚げた鳥も、全部おいし~!」
「お姉ちゃん、さっきから鳥肉ばっかり。鳥さんになっちゃうよ」
「それは困るわね」
ウィルは長い指で長髪を後ろに払いつつ、骨付き肉をかじる。
「ふむ。なかなかの調理法ですね。旨味をうまく閉じ込めてます」
「感想すら偉そう。おいしー、でいいじゃない。ねっ、エルくん?」
「う、うん。好きなように食べたら、きっと何でもおいしくなると思うよ」
「あらま。エルくんまで優等生発言」
「ご、ごめんなさい……」
悲しげな顔してうつむくエル君を、アタシは腕を回してぎゅうううっと抱きしめる。心地よい若草の香り。
「ううん、エルくんを責めたわけじゃないから! エルくんは存在するだけで可愛いから!」
「く、苦しいよ……お姉ちゃん」
アタシのささやかな胸に押しつぶされたエルくんが身もだえしていた。
ウィルが対面ではぁっと溜息を吐く。
「遊んでないで、今後のことを少しは考えてはどうです?」
「ああ、ごめん。何の話だっけ?」
アタシはエルくんから離れつつウィルへ向き直った。
ウィルは骨についた肉をていねいに食べ終えるとお皿に置く。
「これからどうするのか、ですよ」
「え? そんなの、魔導帝国に行ってあいつをやっつけるだけじゃん」
「それは無理です」
「えっ! どうして?」
ウィルはナプキンで優雅に口元をぬぐうと言った。
「魔導帝国は魔法の技術研究に優れていて、相手のステータスを見れる方法も開発しているはずですよ。偽名なんて、国境どころか街で店を利用しただけで見抜かれてしまうでしょう」
「ええ、マジで! じゃあ、どうしたら」
「勇者たちが他国へ出かけたところを襲うしかないでしょうね。もしくはおびき出す」
「なるほど。アタシがいるって情報流せば、必ず来るよね」
「ですね。かなり危険ですが……」
隣に座るエルくんが、そっと手を重ねてきた。
「お姉ちゃんが危なくなったら、ボクが守るから……」
「アタシが危なくなるわけないじゃない! むしろアタシが守ってあげるんだからっ!」
いつものようにエルくんの金髪をなでると、嬉しそうにほほ笑んだ。
ウィルはマイペースに通りかかったアリサへ注文する。
「すいません、牛か山羊のミルクはありますか?」
「ありますよ~。おひとつでいいです? あと、お肉のおかわりは?」
「いえ、お腹いっぱいなので、ミルクだけで」
「はーい、了解です」
アリサが食堂の奥へと戻っていく。
アタシは目を丸くして尋ねる。
「え? まだ料理たくさん残ってるじゃん。ウィルって肉めっちゃ食べそうなのに」
「私はお嬢のおかげで元気に過ごせてますが、実際は瀕死の重体なのですよ。付き合い程度には食べますが、液体のほうが体への負担が軽いので」
ウィルはやれやれと言った感じで肩をすくめた。青い長髪がはらりと垂れる。
アタシはテーブルに身を乗り出しつつ、小声で尋ねる。
「なるほど……そんな状態で戦える?」
「どうでしょうかね。やはり三人相手では厳しいかもしれません」
「となると、ばらけたところを狙うしかないわよね。そう都合よく一人になってくれるかな?」
「彼らは一人で行動することはあるのですか? 一緒にいたお嬢なら詳しいはずですが」
「ん~。そうねぇ。だいたい3人でつるんでたわよね。がさつで強引な戦士の猛流、いつもおいしいとこを持っていく爽やか好青年の隼人、はやとの腰ぎんちゃく賢助」
――あいつらの顔を思い出しただけで、イラっとした。
ウィルはミルクを一口飲んでから首を傾げた。
「それですと、戦士の猛流とやらをおびき出すのが、最初の一手でしょうかね」
「あいつが一番短絡的だけど……どうしたらいいんだろ……あ、ちょっと待って?」
「どうしました?」
「ねえ、ウィル。もし、聖女彩音の死体が見つかったら、大騒ぎになってあいつら見に来るんじゃない?」
――ロッドユールが魔法で作ってたアタシの死体。
それを利用すればいけるんじゃないかと考えた。
ウィルが怪訝そうに眉を顰める。
「そりゃあ、確認しに来るでしょうが……お嬢、死ぬ気ですか?」
「まさか。すでにあるのよね。今頃どこ流れてるんだか――遠視」
テーブルの下で手のひらを反すように動かして魔法を発動させる。
ウィルは不思議そうに首をかしげていた。
外は夕暮れ。
アタシはずっと遠くに流れる大きな川を眺めた。
上流から下流を見ていく。
しかし修道服を着たアタシの死体は見当たらなかった。
「あちゃ~、ダメダメ。広すぎる。それに暗くなってきて見えにくい。もうかなり先まで流れてるかもねー」
するとアリサがデザートを持ってやってきた。カップケーキ。
「はい、こちらどうぞ~」
「ありがと。おいしそう」
アリサは空になったお盆を胸に抱えると、アタシに言った。
「そうそう、サイオンさん。聞きました?」
「ん、なにが?」
「勇者の仲間だった聖女さまが亡くなられたそうですよ?」
アタシは飛び上がりそうなほど驚く。エルくんとウィルも目を丸くしていた。
「えっ!? 本当に!?」
「はい~なんでも隣の国の街に遺体が流れ着いたそうです」
「へぇ。流れ着いたってことは、海か川の傍なの?」
「です~。大陸の海岸沿いにある街なんですけどね」
「なんて国の街?」
「海洋国シャプールの港町ササンです」
「へぇ、聖女様って魔王にやられたんだっけ。可哀想にねぇ。――勇者たちも見に来るでしょうね」
「ええ、すでに三人そろってこちらへ向かってるとか。宿泊する予定の街では歓迎の用意がされてますわ」
「なるほど」
アリサが去ると、アタシは溜息を吐いた。
「ざんねん。三人一緒かぁ」
「また次の機会を狙おうよ、お姉ちゃん」
エルくんが真面目に言った。でもどこかしら、ほっと安堵したようだ。
だがウィルが眼鏡をクイッと指で押し上げなげる。レンズが白く光る。
「お嬢、いい方法がありますよ」
「なに?」
「私が森で姿を晒せば、勇者たちは分断されるのではないですか?」
「なるほど……死体確認は急がなきゃいけないから、一番弱い賢助が港町へ……ああ、だめだめ。時翔のオーブは賢助にしか扱えないから、魔力収集のために賢助はドラゴンへ行くわ。ドラゴン相手なら隼人と猛流はいるだろうし」
エルくんが聡明な瞳でアタシを見る。
「だったらお姉ちゃん、今にも死にそうって感じの姿を見せればいいんじゃないかな?」
「それいいわね。隼人か猛流だけでも倒せそうに思わせられたら。――うん、出会ったときみたいに、血だらけで」
ウィルの整った顔が嫌そうに歪む。
「わざわざ、醜態を晒せと言うのですか……」
「作戦よ、作戦――まあ、彼らがばらけなかったら、その時は中止ってことで」
「しかたありませんね。今回だけですよ」
「うん、協力してくれて、ありがと」
お礼を言うと、ウィルが驚きつつ目を逸らした。
「べ、別に私はお嬢に逆らえないだけなので。礼をいわれることではありませんよ」
「じゃあ、お願いね」
アタシは戸惑うウィルを面白おかしく眺めつつ、デザートのケーキをほおばった。




