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第17話 グランドンとアタシのその後

 アタシとエルくんはフロンテの街の冒険者ギルドにいた。

 いつもと違ってギルドは水を打ったように静まり返っている。


 なぜかアタシが入って来るなり、冒険者たちがおしゃべりをやめたせい。

 併設された酒場の喧騒すら収まっていた。



 カウンターに座る受付嬢に、エルフ軍レーションと依頼の紙を出す。


「ドラゴン退治は失敗しちゃった。でも、代わりにこれ見つけたから」


「まあ! エルフ軍のレーション! しかもこんなに状態の良い物を! よく見つけられましたね、すぐに手続します」


 受付嬢が書類を用意したり、記入したりでばたばた動いた。

 エルくんも名前を記入したり、アタシは冒険者カードを渡したりした。


 その間、冒険者たちはアタシを遠巻きにしてひそひそ話すのみ。

 目を向けると、さっと視線を逸らす。

 ――言いたいことがあれば言えばいいのに。



 受付嬢は一度奥の部屋に入ると、トレイにお金を入れて持ってくる。


「はい、サイオンさん。こちらが報酬の大金貨二枚と半分になります」


 大きな金貨とそれが半分になったのが一枚。

 金貨銀貨は四分の一まで切って使える。

 これで合計50万円ぐらい。



「Aランクとはいえ、収集依頼ならこんなものなのかな――ちなみにこのレーション。何に使うの?」


「一つのレーションから複数の万能薬エリクサーを精製することができるんですよ。あと副産物として長命薬ライフアップも取れます」


「なるほど。栄養満点どころか、効果満点だったのね」


「はい。骸骨剣士や機械兵が持っていることがあるのですが、めったに落とさないもので」


「なるほどね。あ~、そうだ忘れてた。これもお願い」


 アタシはカウンターにトレントの枝の束を置いた。灰色がかった太い枝。割とまっすぐ。

 こっちはFランクの依頼。安いはず。



 ところが受付嬢はまた目を丸くした。


「え……! ちょっと待ってください!」


 受付嬢は枝の束を抱えるとギルドの奥へ向かっていった。

 しばらくして戻って来る。


「こちらは普通のトレントではなく、ジェネラルトレントの枝になります」


 すると、アタシを遠巻きにしていた冒険者たちが急にざわついた。


「嘘だろ……」「あれ倒したってのかよ」「透明なんだぜ?」「やっぱ、城外のグランドンって……」


「「「しぃっ!」」」


 口を滑らそうとした若い冒険者を、老若男女の冒険者がいっせいに止めた。


 枝をくれたトレントは強い奴だったらしい。

 というか、透明のスキルを持ってるから見えなかったのか。



 受付嬢が申し訳なさそうな顔で言う。


「今、依頼はありませんが、Aランク相当の依頼になりますし、必ず依頼される品なので。そこで、我が冒険者ギルドが依頼を出していたということで処理しておきます――こちら、報酬の大金貨一枚です」


 大きな金貨が目の前に一枚置かれた。20まんえん。


「同じAランクなのに、安いじゃん」


「すみません。正式依頼ではなく、なにぶん当方の予算からの依頼という形になりますので……」


「まー、しょうがない。でもこれでAランク二つこなしたってことね」


「はい、そうなります」



 アタシはお金をエルくんに渡しつつ受付嬢に言う。


「これで依頼二つこなしたけど、国境越えられる信頼は得られたってことでいいのよね?」


「ええ、もちろんです。当方といたしましては、もっとこの町に滞在して活躍していただきたいのですが……」


 すると、アタシを遠巻きにしている冒険者たちがいっせいに、受付嬢へ目くばせしたり、首をかすかに振ったりして合図を送っていた。


 ――何その態度。まるでアタシが危険人物みたいじゃん。



 受付嬢は額に汗を浮かべつつ、顔を引きつらせて言う。


「……ですが、さまざまの国を見て困っている人々を助けたい、と言うサイオンさんの素晴らしい心を鑑みまして、他国訪問許可を発行することになりました。カードの内容も書き換えてあります」


「ありがと」


 受け取ってカードを見る。さすがに名前ぐらいならわかるようになった。

『魔術師サイオン・優良Bランク冒険者・所有奴隷エル、ウィル』

 と記載されているようだった。

 優良、というのが付けば信頼がある冒険者の証だそうだ。



 エルくんが青い瞳でアタシを見上げて言う。


「よかったね、お姉ちゃん」


「回り道になっちゃったけど、まあ結果オーライかな――お掃除大好きだしっ」


 ニヤッと笑いながら周囲の冒険者たちを改めて眺めていった。

 全員、びくっと体を震わせて視線を逸らした。



 冒険者ギルドを後にするとき、冒険者たちのひそひそ話が聞こえた。

 というか、魔法の囁集音風ウィスパーイヤーを発動させてこっそり聞いたんだけど。


「あいつ、絶対やべー」「もう関わらないようにしなさいね」「ナンパしなくてよかったぜ……」

「そういや、ナンパしてたオージェは?」


 彼らは互いを見ていったが、オージェはいなかった。


 ――どうやら、グランドンの噂が広まったと同時に、街から逃げ出したらしい。

 逃げ足の速いことで。

 まあ、オージェはグランドンと違って、無理矢理何かするってことはしてなかった。

 ナンパと賭け事に熱を上げていただけの小物らしい。


「ま、いっか」


「ん? どうしたの、お姉ちゃん?」


「ううん、何でもない。さあ、アリサの宿屋に戻りましょ」



 エルくんと手をつないで、アリサの経営する『アリーズの宿屋』へ帰ってきた。

 すると中へ入るなり、アリサが茶髪を揺らして駆け寄ってきた。


「おかえりなさい、サイオンさん! ――ちょっと聞きました?」


「ん? なにが?」


 アリサは辺りを素早く窺うと、エルくんからアタシを離すようにしてフロントロビーの隅へと連れて行った。



 アタシにだけ聞こえる小声でささやく。


「あのですね、実はグランドンが、すっごい悪い奴だったらしいんです。今、街の外に縛り付けられてます」


「へぇ、そうなんだ?」


「なんでも最近起きた強盗や殺人、誘拐。近隣の村へ魔物の仕業に見せかけての略奪など、人の仕業とは思えない悪行を繰り返していたとか」


「ひどいわね~。確かな証拠はあるの?」


「ええ、証拠付きで各地に知らされたそうです。指示された場所からはたくさんの町人や村人、冒険者の遺体まであったそうですよ」


「ま~。怖いわね~。アリサも危機一髪だったんだね」



 アタシが他人事のように言うと、アリサは感謝で泣きそうな顔を作った。


「ほんとそうです! 助けていただいて、なんとお礼を言っていいやら……恋人や家族の帰りを信じていた多くの方が泣いたそうです」


「悪い奴なら憲兵に突き出しちゃえばいいのにねー」


「兵士さんたちは、街の外は管轄外だと言って、見てみぬふりだそうです」


「あらま~。グランドンも可哀想に」


「でも、私思うんですけど。グランドンは恐ろしいですが、そういう状態を作った何者かがもっと恐ろしいんじゃないかって」


「あははっ、そうだね~。アリサも気をつけなきゃ」



 アタシが軽く答えると、アリサの目が疑うように細くなる。


「その恐ろしい人って、まさか……」


「さぁ。考えすぎじゃない? ――じゃあ、ご飯用意してね」


「は、はいっ!」


 アリサは慌てて食堂の方へとかけていった。



 アタシは肩をすくめるしかない。

 するとエルくんが傍へ来た。


「……噂になっちゃったね」


「しょーがない。まあ、明日にはさよならだし。一度部屋に戻ろっか」


「うん、お姉ちゃん」


 またエルくんと小さな手と手をつないで、アタシは階段を上っていった。


       ◇  ◇  ◇


 ちなみに、グランドンはどうなったか。

 部屋に戻って一息ついたアタシは、ちょっと遠視テレビュートを使って様子を見る。


 フロンテの街から少し離れた森の中。

 四角い顔したおっさんは、大木に鎖で縛り付けられていた。

 両手両足は逃げられないように折れている。



 そして、周囲を人々が罵声を浴びせながら取り囲んでいた。


「お前が、うちの娘をっ!」「よくも畑を焼いて父さんを!」「このゴブリン以下の外道が!」


 人々は近くにある石ころを手に取っては投げつけた。

 石は三角錐のように綺麗に積まれて置いてある。

 しかも手のひらに収まる投げやすさで、とげとげがあって痛い。

 ――アタシが魔法で用意した石だった。



 石が当たるたびにグランドンはうめき声を上げた。

 か細い声で「やめてくれ……」「助けてくれ……」と命乞いをする。


 しかし、涙を流す男が怒鳴る。


「うちの娘も『売らないでくれ、殺さないでくれ』って頼んだそうだな! それをお前はどうした! ――この野郎!」


 思いっきり石を投げつける。

 グランドンの頬に当たって肉がえぐれた。辺りに血が飛び散る。

 それでも死なないし、気絶しない。


 彼が不幸だったのは無駄に強い冒険者だったことだ。

 防御や生命力が高いので、石程度ではなかなか死なない。


 むしろ死ぬに死ねないって感じ。



 集まった人々は数時間ぐらい罵倒と投石を繰り返す。

 けれども先に人々の体力のほうが尽きてしまい、荒い息をしながら悔し気な顔で睨みつける。


「これで終わったと思うなよ!」「この外道が!」「死んで償え!」


 しかし疲れ切った人々は口だけ動くばかりで、もう石は投げられない。

 うつむいたグランドンの唇の端にも安堵の笑みが浮かぶ。



 ――が。


「おう、西の村のかたがた。場所を開けてくれねぇか」


 田畑仕事で鍛えた朴訥な男たちが現れる。


「おお、これは南の村のかた」


 場所を入れ替わりつつ、新しく来た村人たちがグランドンを取り囲む。


「まだまだ日は暮れねぇぜ?」「うちの息子にしてくれたこと、そのままやってやる」「かかあのかたきだ!」


 グランドンの顔が絶望で歪む。


「ゆ……許して……」


 彼のか細い声は罵倒にかき消され、また激しい投石に見舞われ続けた。


       ◇  ◇  ◇


 アリーズの宿屋。

 アタシは自室でベッドに寝転がる。


「まあ、身から出た錆よね。アタシやエルくんに手を出した罰。自業自得よ」


「ん? 何か言った? お姉ちゃん?」


「ううん、なんでもない――あ、そろそろ夕飯できたかな?」


「うん、食堂、行ってみようよっ」


 笑顔のエルくんと手をつないで、アタシは晴れ晴れとした気分で歩き出す。

 そしてよく言われる文句を思い出す。



 復讐なんて何も生まない。悲しみの連鎖を生むだけだ、なんて。


 ――はあ? 復讐って何も生まない?


 最高に気分爽快じゃない!


 アタシは口の端にニヤリと笑みを浮かべつつ、食堂へ向かった。

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