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第16話 優秀な冒険者

 アタシたちは門をくぐって街の外に出た。

 エルフの廃墟都市があったとは思えないほどに、あたりはうっそうとした木々が生い茂っていた。


「さて。ハウストレントに乗って帰りましょ……これ、快適だからずっと乗ってたいんだけど?」


「勇者に見つけられたいのですか? 目立ちすぎますよ」


「ざんねん。じゃあ、森のはずれまで」


 アタシは顔をしかめつつ、ハウストレントへ向かった。



 ――と、おかしなことに気付いて足が止まった。


「あれ? ハウストレントが二人いる?」


「なんでだろうね、お姉ちゃん?」


 すると、後ろからウィルの鋭い声が飛んだ。


「危ない、お嬢、エルくん!」


「「えっ?」」



 突然、横手の茂みから、ものすごい勢いで何かが飛び出してきた。

 守る暇もなく、エルくんを奪われてしまう。


 そいつはエルくんを後ろから抱きかかえると華奢な首に刃物を当てながら、げへへっと汚らしく笑った。


「よう、姉ちゃん。また会ったな」


「あんたは確か、グランドン」



 アタシを目の敵にするCランク冒険者グランドンは、笑みを浮かべて舌なめずりする。


「覚えてくれてたようだな。……まさか、お前がこの短時間で俺の廃墟を見つけるとは思わなかったぜ」


「ははん。あんたがどんな依頼も絶対にこなせるようになったって、エルフの街を見つけたからね」

「それだけじゃねぇよ」


「へぇ。何があるの?」



 アタシの問いかけに、グランドンは馬鹿正直に答えてくれた。

 開いた方の手でポケットからワッペンを取り出す。


「こいつだ。エルフの徽章。将校のだぜ。これがあれば、街への侵入もフリーパス。トレントも俺の言いなりってもんよ」


「なるほど」


 ――エルフ以外が街に入るためには今はもう失われた合言葉がいる。

 将校の証があったから、エルフの廃墟都市へ自由に出入りできたのか。

 そして、ハウストレントを扱えるから、嘆きの森の中でも自由に行動してられたのか~。



 グランドンはアタシの後ろにいたウィルにちらっと眼を向ける。


「見かけねぇ顔だな。動くんじゃねぇぞ」


「はいはい」


 ウィルは呆れたように肩をすくめて従った。


 グランドンがアタシへと目を戻す。


「わかってんだろうな? 俺を楽しませてくれたなら、このガキは助けてやる」


「楽しませる?」


「脱げって言ってんだよ、げへへっ」


 バカじゃないの、こいつ。

 頭の中はそればっかりか。



 アタシが無言でグランドンを睨み返していると、首筋に刃物を突き付けられたエルくんが、そろりそろりと手を動かす。

 腰のガンベルトに差した銃を使う気だ。


 ――が。

 その動きはグランドンに察知されてしまう。

 刃物を持っていないほうの手で、ベルトを掴んで奪い取る。


「ああっ、返してっ!」


「返してだぁ? こいつぁ、俺が先に見つけたんだ! 俺のもんを横取りするたぁ、ふてぇガキだな……お? お前よく見りゃ、女みてぇに可愛いじゃねぇかよ。あの女の後で可愛がってやろうか? ひひひっ」


 グランドンは汚い声で笑いつつ、なめくじのような醜い舌をエルくんの細いうなじにはわせた。



「ひぃっ。や、やめてよぉ……っ」


 エル君は泣きそうな顔でいやいやと頭を振った。


 アタシは頭に血が上るのを感じつつも、逆に心は静かになる。


 ――はい、こいつ死刑確定。絶対に殺す。むごたらしく殺す。

 アタシの可愛いエルくんに手を出したらどうなるか思い知らせてやる。



 ただアタシは状況があまりにバカバカしいので、攻撃魔法は使う気になれなかった。

 足を肩幅に開いて仁王立ちになると、胸を反らして腕組みする。指先だけは風のように素早く動かしていた。


「あのさぁ、グランドン。一つ、忠告したいんだけど?」


「忠告だぁ? この期に及んで状況がまったく見えてないようだな! さっさと貧相な胸見せろよ!」


「いやいやいや。見えてないのはあんた。今ならまだ間に合うから、刃物捨ててごめんなさいしなよ」


 怒りのために冷え切った声でアタシは言った。



 しかしグランドンは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ふざけんじゃねぇ! この刃物が目に入らねぇのか! このガキの首をひっさくぞ!」


「あっそう。じゃあ、さよなら。――エルくん『助けて』って叫びなさい」


「え? うん――――助けてぇ~!」


「はぁ? なんだぁ?」



 エル君の可愛く高い悲鳴に、グランドンは首を傾げた。

 その瞬間。


 ――ズガァッ!


 グランドンの頭上に、大人の胴回りほどもある太い枝が振り下ろされた。

 彼の後ろに生えていたトレントが振り下ろしたのだった。


「ひぎゃぁっ!」


 グランドンは直撃を食らって、地面に叩きつけられた。

 カエルのように潰れている。


 グランドンの持っていた刃物は地面に落ちる途中で止まった。

 アタシが風の魔法で刃をくるんでいたため浮いたらしい。

 もちろんエルくんが傷つかないためだった。



 アタシは肩をすくめながら言った。


「エルくんを人質にした時から、後ろのトレントがぶっとい枝を振り上げてたのよ。攻撃していいか迷ってたみたいだけど。――気づかなかった?」


「私もさすがに馬鹿すぎて同情を覚えましたよ……」


 ウィルが呆れた溜息を吐きつつ、長い髪をかきあげた。


「ぐぅ……っ、なんで……俺はエルフの将校の……」


 地面に張り付けられながらも、うめき声を上げるグランドン。



 アタシは腕組みをしながら、片方の眉だけ上げて言った。


「まだ生きてる、すごい。ゴキブリより尊敬するわ」


「う……うるせぇ……」


 死にそうになりながら、舐めた口を利くグランドンに、少しイラっとした。

 アタシは彼に近づくと、頭を踏みながら問いかける。


「で、さっき言われた言葉をそのまま返すけど。状況がまったく見えてないようね?」


「何言ってやがる……俺様は、グランドン。――Cランク、冒険者……だぞ」


「でも、嘆きの森の中ではどんな冒険者も死ぬらしいわね」



 アタシの言葉にようやくグランドンは顔を青ざめさせた。


「ま、待ってくれ……。俺は街に必要な人間なんだ……どんな依頼もこなしてきた……こ、殺さないでくれ」


「今それ言う? バカじゃないの?」


「ほんとに呆れるばかりですね……殺してしまっても、いいと思います」


 ウィルが冷たい声で言った。



 すると、悲しげな顔をしていたエルくんがグランドンの傍に座って口添えした。


「おじさん。謝ったほうがいいよ。そしたら助かるかも」


 どこまで優しい子なんだろ。悪党にも慈悲を示す健気さに胸がきゅんとした。


 グランドンは忠告を受け入れてか、頭をぐりぐりと地面にこすりつけながら言った。


「も、もちろんだぜ……俺はダメな奴だってよくわかった。もう冒険者や町の人ををいじめたりはしねぇ。悪かった、このとうりだ」


「ほーん。あんまり信じられないけど。いっぱいひどいことしてきたんでしょ?」


「俺はひどいことなんて何もやってねぇ! 本当だ、信じてくれ!」



 アタシはグランドンを踏みつけながら、ウィルを振り返る。


「どう思う?」


「嘘だと思いますがね……エルくんに頼めば、この男がトレントに頼んでどんなことをしてきたか調べられるでしょう。ここいらのトレントは野良ではなく、軍用なので。使用履歴が参照できるレポート機能がついてるはずです」


「だって。エルくん、お願い」


「わ、わかった」


 エル君は不安そうな顔をしながら、ハウストレントの一体に近づいた。

 身振り手振りを交えつつ話しかけると、幹の中央に横線が生じた。

 そこから長い紙が吐き出される。レポート用紙らしい。



 エルくんが紙を拾い上げて読んでいく。

 しかし、途中で悲鳴を上げて目を逸らした。


 アタシは字が読めないので、ウィルにお願いする。


「ごめん、ウィル。代わりに読んで」


「了解です、お嬢」


 ウィルがエルくんから渡された紙を読んでいく。

 その秀でた眉間に、しわが刻一刻と深くなっていく。


「殺人、窃盗、強姦、強盗、誘拐、人身売買、ありとあらゆる罪を犯していますね」


「でしょうね。慣れてたもんね」



 グランドンがアタシの下で暴れ出す。


「待ってくれ! 違う! いや、違わないが! 確かに俺が悪かった! 謝るから、金輪際しないから! 頼む、助けてくれ!」


 アタシはエルくんを見た。それからウィルを見た。


「どうする?」


「確かにひどい人だけど、殺すのはかわいそうだよ……」


「お嬢の手を汚す必要はないですね。私がやりますよ」


 エルくんは優しいことを言ったが、ウィルの言葉は水のように冷たかった。



 二人の意見を踏まえたうえで、アタシは決断した。


「うん、わかった。アタシは殺さない。衛兵にも知らせない」


「ほ、ほんとうか! ありがてぇ!」


「エルくんに嫌われたくないからね……だから、街の近くまで連れて帰って、この紙に書かれてあることを証拠付きで街の人にすべて知らせる」

 

「えっ?」



 絶句するグランドンに、アタシはニコニコ笑って見下ろした。


「ひどい目にあわされた人々や、その遺族が許すなら、きっと助かるんじゃないかな?」


「ちょ、ちょっと、待ってくれぇ!」


「あーあー、聞こえなーい」


 アタシはわざとらしく両耳を塞いだ。



 エルくんは悲しげな顔をしていたが、何も言わない。

 ウィルは眼鏡を光らせていた。


「お嬢はなかなか恐ろしい考えを思いつかれる……ちなみに被害者は近隣の村にも及んでいますんで、そちらにも知らせましょう」


「ふふっ、そうして」


 アタシは思わず微笑みながら言った。


 足元のグランドンが、身をよじって叫ぶ。


「そんなことしたら、俺は、俺は! ――助けてくれぇ~!」


「その言葉はアタシじゃなく、遺族の人たちに言ってあげてねっ」


 アタシは最高の笑みで言ってあげた。

 グランドンはまだまだわめき続けたが、ウィルに首根っこを掴まれて問答無用で引きずられていった。

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