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第9話 そうは問屋がおろさない

 冒険者ギルドの試験でブランドンを倒したアタシは、殺伐とした一階カウンターまで戻ってきた。

 

 そして説明を受けていて驚きに声を上げてしまった。


「え、ちょっと待って。すぐには他の国へ行けないの?」


「ここの冒険者ギルドが即戦力を求めているのは、嘆きの森による被害を減らしてもらうための特例なんです。だから筆記試験や研修期間がないのです」


「なるほど……その嘆きの森ってのは?」



 何気なく問いかけると、受付嬢が目を丸くした。


「ご存じないのですか?」


「どこかで聞いたかもしれないけど、アタシって興味ないことはすぐ忘れちゃうんだよね~」


 受付嬢は呆れたように首を振ってから話し出した。


「はぁ、そうですか……一応説明しますとですね、嘆きの森には恐ろしい魔物が出るのです」


「どんな?」


「アンデッドが多いと聞きます。また、古代兵器なども徘徊しているそうです」


「古代兵器?」


「ええ、その昔、大陸を統一した大エルフ帝国というのがありまして、その圧制に立ち向かった全種族連合軍とエルフ軍との壮絶な戦いが近くの森で行われたとか。両者は互いに全滅するまで戦い、森はその亡霊たちの怨嗟の声が今でも渦巻いているのです。その怨念が魔物を数段パワーアップさせています」


「エルフっていたんだ! 超ファンタジー! ……って、アタシは見たことないけど」


「大エルフ帝国は打倒されまして、エルフたちはどこかに消えてしまいました」



 エルくんが心配そうな顔で言った。


「ただでさえ魔物って強いのに、もっと強くなっているんだ……」


「それだけではないですよ。エルフたちの従えていた機械式の兵士が、指揮官を失ってなおも徘徊しているそうです」


 アタシはロボットを想像しながら言った。


「エルフなのに機械使うんだ」


「人の及ばない深遠な知識を持っていた種族だそうですから。魔法だけでなく機械にも秀でていたそうです」



 エルくんの可愛い顔が泣きそうに曇る。


「それが森にいるんだね……危ないよ、お姉ちゃんでも」


「確かにね~。そんな危険なとこなら、封鎖しちゃえばいいのに」


「それが、嘆きの森は魔物の強さが数倍なら、産出する薬草なども効果が数倍に。高いお金を払ってでも品を求める人が絶えません。あと、戦いに使用されたエルフ軍の遺品は、壊れていなければ高額で取り引きされます」



「なるほど~。それで冒険者は一攫千金を求めて嘆きの森には行うんだ」


「そういうことです。が、素人が行っても死ぬだけなので、実力を試させてもらっているのです」

 

「じゃあ、けっこう早く信頼を得られそうね」


「まあ、他の場所よりかは早いかと。ランクの高い依頼をこなせば出国許可も早く得られるでしょう」


「そりゃ助かる……アタシはどうしても行かなくちゃいけないから」


 ――もうこんな辺境の街にまで指名手配が来ている。

 見つからないうちにあいつらのいる王都へ行って逆襲しないと!



 アタシが心の中で決心していると、受付嬢は免許証ぐらいのカードをカウンターに置いた。カードの隅には穴が開いている。紐でも通すのだろう。


「こちらがサイオンさんのカードです。身分証代わりになるのでなくさないようにしてください」


「これ、エルくんの扱いはどうなるの?」


「所持している奴隷は自動的に表記されてますね。ここに」

 


 カードの裏側を見せられた。

 何か文字が書いてある。エルくんの名前っぽい。


 アタシはわかった振りしてうなずいた。


「ルールならしょうがない。どんな依頼をこなせば一回で終わる?」



 するとエルくんがカウンターへ身を乗り出していった。


「お姉さん、あそこに依頼の紙が張ってありますけど、薬草収集と魔物退治が同じ割合とは思えません」


 小さな手で指さす先には、背後の掲示板。


 受付嬢はうなずいて答える。


「依頼にはランクがあります。達成条件が簡単なものはEランク、難しいものはAランク。その上にSランクの依頼もありますが、これはめったにありません」


「国境を越えられるようになるには?」


「そうですねぇ……サイオンさんはすでにCランク相当の実力の持ち主。あとは、Aランクなら1~2回、Bランクなら5回、Cランクなら20回、Dランクなら50回、Eランクなら100回程度でしょうか。最終的にはギルドマスターが総合的に判断します」



 アタシは掲示板に顔を向けると、張られた紙を数えながら言った。


「依頼の数って少ないのね」


「新規依頼が張り出されるのは朝です。条件のいいものから順に取られていくので今頃はもう残っていませんね」


「なるほど……じゃあ、また明日の朝に来るから。いろいろありがと」


 アタシはカードを受け取ると紐を通して首から下げた。これでなくさない。

 そして冒険者ギルドの外へ出た。



 眩しい空。

 昼下がりの街は人通りもまばらで気怠い雰囲気が漂っている。


 隣に立つエルくんが首をかしげる。


「これからどうするの、お姉ちゃん?」


「そうね~。必要なもの買い足してから、宿に――なんてったっけ、アリサの店」


「アリーズの宿屋だね。確か街の反対側だよ」


「そうそう、それ。行ってみましょ」


 アタシたちは商店で冒険に必要な着替えや食料を買い込むと、すぐにアリーズの宿屋へ向かった。

 ――久しぶりのベッド。お風呂もあればいいけど。



 宿屋は街の中央から少し外へとはずれた場所にあった。

 外敵のいる世界なので大抵の街では中央が一番いい場所になっていた。ここでは砦や役所などがある。


 アリーズの宿屋ははずれにあるので、そこまで高い宿屋ではなさそうだと考えた。

 そっちのほうがありがたいけど。



 アリーズの宿屋は石と木材を組み合わせた古風な建物だった。

 三階まであるらしい。

 アタシたちは両開きのドアを押してくぐった。


 一階に入ってすぐは絨毯の敷かれたロビーだった。

 すぐに明るい声が飛んでくる。


「いらっしゃいませ~! アリーズの宿屋へようこそ! ――って、さっきのかた! 来てくださったんですね!」


 メイド服にエプロンをしたアリサがカウンターから出てきてお辞儀した。明るい茶色の長い髪が揺れる。



「うん、さっきぶり~。明日の朝じゃないと依頼がなくって」


「やっぱり冒険者のかたでしたか! ではゆっくりしてくださいな。サービスしますから」


「ありがと」


 アリサが満面の笑みでアタシの荷物を受け取ると首を傾げた。


「部屋はどうされます? 大部屋と個室がありますが……個室がいいですよね?」


 アタシとエルくんを交互に見てから言った。


 そりゃまあ、若い女と子供が大部屋で雑魚寝するのは問題があると思われた。



「ん~。安いのは大部屋だろうけど……知らない人と同じ部屋はイヤかなぁ」


「はい、おまかせください! それから宿帳にお名前を書いてもらえますか?」


「いいわよ。エルくんお願い」


「うん、お姉ちゃん」


 エルくんは疲れてきたのか少しふらつきつつカウンターへ行き、広げられていた帳面に名前を書いた。


 アリサが後ろからのぞき込みつつ言う。


「へぇ。サイオンさんって言うんですね」


「そうよ。よろしくね」


「こちらこそです! ではでは、こちらにどうぞ~」


 アリサが先に立って歩き出す。

 私たちも後に続いた。


       ◇  ◇  ◇


 部屋に案内された後は、すぐに食堂へと連れてこられた。

 四人掛けのテーブル席が8つほどの広い部屋。

 何人か他の客がいたが、アタシたちのテーブルだけ、料理が違った。


 大きなお皿に彩りのよいサラダ。焼きたてのパン。テーブルの真ん中には大きな鳥の丸焼きまであった。


 湯気の立つ料理を見ながら、呆然とつぶやくアタシ。


「……すごい豪華だけど、いいの?」


「もちろん! あいつをやっつけてくれたお礼ですから!」


「よっぽど嫌われてたんだね~」


 そのせいでよけいに目だってしまった。手配中の女だとばれてなきゃいいけど。



 すると、グラスに入った飲み物まで運ばれてきた。


「食前酒までサービスってわけ? ありがと」


「これは、あちらのお客さんからです」


「え?」


 アリサがすらりとした腕を伸ばして隅にいるおばあさんを示した。

 おばあさんは会釈をすると、目が合うとしゃがれた声で言った。


「荒くれ者をやっつけてくれてありがとよ。金をたかられて困ってたんだ。胸がすっとしたわい」


「ムカつくからやっつけただけ、気にしないで……でも、こんなおばあさんにまで。ひどいやつだね。追い出せないの?」



 アリサが鼻の頭にしわを寄せていやそうな顔をした。


「腕は立つから困っちゃうんですよねぇ。森に行っても必要なものを必ず取ってこれるから」


「森ってそんなに危険なの?」


「そりゃあ、もう。怖い魔物がぞろぞろいるそうですよ。エルフのよくわからない機械なんかも徘徊してますし。気がついたら、パーティーが一人、二人、と消えてるそうです」


「ふぅん。じゃあはぐれないように森の中ではエルくんと手をつないでなきゃあね」


「えっ、連れていくんですか、この子を!? うちで預かっておきますよ~」


「あ、それもそっか。どうするエルくん? ここでお留守番しとく?」



 隣に座るエルくんへ目を向けると、アタシのローブの腰あたりを小さな手できゅっとつかんできた。


「離れるほうが怖いよ……お姉ちゃん」


 か細い声の、切実な訴え。アタシを見上げる青い瞳が潤んでいる。

 ――過去に一人きりになったときに、何かあったのかな。

 これだけ華奢で可愛い子だからいろいろ想像できて怖い。


 アタシは柔らかな金髪を力強くわしゃわしゃと撫でた。


「大丈夫よ。アタシだってエルくんがいないと困るから。何かあっても絶対守るから安心して」


「うん、ありがとう。お姉ちゃん!」


 されるがままに頭をなでられながら笑顔で答えた。



「じゃあ、食べよっか。冷めちゃったらもったいない」


「うん、お姉ちゃん!」


 しばらくは、「これおいしい」「鳥でよかったね、お姉ちゃん」などと賑やかに話しながら食べた。

 アタシはいつも通り豪快に肉へかぶりつき、エルくんは小さな口で一生懸命食べていた。



 時々アリサが来ては小皿に乗せた料理置いていく。


「どんどん食べてね~。まだまだあるから」


「ありがとね。アタシ、けっこう食べる方だから後悔しないでね」


「はーい、任せてっ」


 軽やかに飛ぶように歩いて食堂の奥へと消えていく。



 空になった大皿をテーブルの端に起きつつ、一人ごちた。


「でもさ~、部屋だって個室だったし、さすがになんだか悪いわね」


 するとエルくんが首を傾げていった。


「きっと、お姉ちゃんがいてくれた方が、嫌がらせされないからじゃない?」


「あ~、なるほど。用心棒ってわけね……だったら、遠慮しなくていいか――アリサ、この鳥、おかわり!」


 大声で食堂の奥に注文した。



 アリサがすぐに湯気の立つ鳥の丸焼きを運んでくる。


「はいよー、お待たせ……。ほんとねー、あいつ、街へ来た頃はおとなしかったんだけど、ある時から急につけあがっちゃって」


「死ねばいいのに」


「あはは、サイオンさんって面白い……さて、デザートの用意もしてきますね」


 アリサは軽やかに笑うと、スカートを翻して食堂の奥へと歩いていった。



「デザートもあるんだ……じゃあ入る場所空けとかなきゃ。おかわりはやめよ」


「まだ食べる気だったの、お姉ちゃん……」


「だって皮がパリっとしてて、中は柔らかくて、とってもおいしいもの!」


「うん、そうだね、お姉ちゃん」


 なぜかエルくんは諦めた表情でうなずいた。その態度がちょっと大人びていた。

 


 隅にいたおばあさんが、口を布で拭きつつ傍に来た。


「お強いお嬢さんや」


「なあに、おばあさん」


「森へ行くのかね?」


「うん、明日行くつもり」


 アタシがお腹をさすりながら答えると、おばあさんが声を低くして言った。


「気をつけなされよ? 森へゆけば、巨大な力とのよくない出会いが待っておる」


「なにそれ? 占い?」


「わしの占いはけっこう当たるんじゃ」


「わかった、気をつける」


「あと、男にもな」


「グランドンだっけ? 一緒にいたオージェって方が気になるけど……」


 アタシの魔法の秘密に気づいた男。好奇心を持って本性を探られたらうざい。

 どうにかしなければ。



 ところがおばあさんは平気な顔して言った。


「オージェは悪さはできんさ。問題になれば困ったことになるのは奴の方じゃ」


「そうなの? よくわからないけど」


「すねに傷を持つ者は多いと言うことさ。問題はグランドン。復讐のためなら手段は選ばんよ……意味が分かるかい?」


「アタシから見たら大したことなかったけどなぁ。法に触れることはさすがにしないだろうし」


 おばあさんがぐっと顔を近づけてきた。なんか薬品の匂いがした。ご飯がまずくなるんですけど。


「方法の違いじゃ。森では冒険者がよく死ぬ。グランドンと対立したものは特にな」


「なるほど。森では直接手を下しても問題にならないってわけね。ふふん、いいこと聞いたわ」


 パンを食べながらニヤリと笑うと、おばあさんは顔をひきつらせながら身を引いた。


「なんという子じゃ……なにがあったかは知らぬが身も心も鋼のようじゃ」


「ありがと。褒められたと思っておく」


「うむ。だが、気をつけなされよ……おや、可愛い子だね」


 おばあさんがアタシの隣にいるエルくんにようやく目を向けた。

 こんな可愛い子が目に入らないなんて、ちょっとどうかしてる。



 エルくんは金髪をふわりと揺らして頭を下げた。


「お姉ちゃんにいろいろしてくれてありがとう」


 屈託のない笑顔を向ける。エルくんが微笑むだけで、なんだかほんのりと輝くよう。


 おばあさんは孫でも見るように顔をゆるませた。


「うむ。幼いが心が玉のようにきれいな子じゃ……ふつうの生まれではないかもしれんのう」


「ありがとう、おばあさん」


 エルくんが笑顔で答えた。なんだか慣れてる対応だった。よく言われてるのかもしれない。



「では、お先にのう」


 おばあさんが去るのと同時に、アリサがフルーツの盛り合わせを持ってきた。


「はいどうぞ~。甘いところを選んできたわ」


「ありがと~。がんばって食べなきゃ」


「お姉さんありがとう」


 アタシとエルくんはカットされた色とりどりの果物を笑顔でほおばった。


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