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昭和が香る古本屋  作者: 橋沢高広
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【第2回】 谷崎潤一郎

 後になって、店主から永原さんの勤務日が、土曜日の夕方からだけなのを聞かされた。それを機に私は、土曜日の夕方……、五時頃、マキノ書店へ行く様になる。本の購入も目的だが、本当の〈お目当て〉は永原さん自身!

 しばらく通っている内に午後七時過ぎになると、お店が暇となり、彼と雑談可能な時間が発生する事を知る。

 しかも、永原さん、私の為にBLを「取り置き」……、入荷しても店頭には出さず、まず、私に見せ、欲しいものがあれば優先的に売ってくれた。私が買わなかった本のみがワゴンに並べられるのだ!

(私って、特別待遇よ!)と、内心喜ぶ。

 その上、BLを買い込む私に、こう言ってくれたの! しかも、微笑みながら!

「僕もBLを読んだ事があります。正直に言って、『男が読む本じゃない』とは思いましたが、中には面白いストーリー展開の作品もあり、『もう一冊ぐらい読んでみようか』という気になるんですよね」

 それが単なる社交辞令でも構わない。少なくとも〈お客さん〉である私に、「こんな本の、どこが面白いんだ!」とは言わない筈だけど、まさか、BLに関する好意的な言葉を聞けるとは想像もしていなかった。

 私は、土曜日も大学に通っている。だけど、その授業は午後四時四十分に終わった。その後、学生食堂で少し早目の夕食を済ませ、暇を潰してから、午後七時二十分頃にマキノ書店へ行く様になる。ただ単に永原さんと会うだけではなく、雑談をする為に……。でも、いくら、お店が暇と言っても、彼には仕事がある。だから、その雑談時間は十分程度にしているが……。

 永原さんは三年生。日本文学科に在籍しているだけあって、日本の文学には、かなり詳しい。いや、学生が持つレベル以上の知識を持っていた。

 私は法学部の二年生。一応、司法試験の合格を目指しているが、まぁ、無理でしょう……。一方、読書好きという事もあって、文学にも興味がある。だから、一般教養科目で「日本文学」を履修しているんだけど、その内容は、はっきり言って面白くない! その為だろう。余計に彼の文学に関する話が面白くて仕方ないのだ!


 そんなある日、永原さんとの雑談中、谷崎潤一郎が話題となる。

 私、谷崎の『痴人の愛』は何度も読み返した程、好きな作品。『春琴抄』や『卍』、『猫と庄造と二人のおんな』も、お気に入りだけど、後期の作品となる『鍵』や『瘋癲老人日記』は、しょうに合わなかった……。正直に言って、途中で〈投げ出す〉。ちなみに、『細雪』は、半分程度で一旦、読むのを止めたら、そのままという状態になってしまった……。

「『痴人の愛』が、お気に入りなのですね」と言ってから、彼は、「『耽美派』としての谷崎作品を捉え様とした時、絶対に外せない小説でしょう」と告げた。

 この一言が要因となって、私は、「異論は認めます! 大手の古本チェーンでは、BLを『耽美小説』としていますが、あれは違うと思います!」と言ってしまったのだ。

 私の愛読書であるBL……、男性の同性愛を扱った小説は、その一部で「耽美小説」という呼び方をされているが、谷崎の様に「耽美派」とされる人の作品とは別物である。例外もあるが、はっきり言って、BLは「官能小説」なのだ。そこに、「耽美」という言葉が使用されている事に私は違和感を持っていた。

 微笑みながら私の話を聞いていた永原さんが言葉を紡ぎ始める。

「現在のBL……、男性同士の官能小説が、一部の女性読者を惹き付ける様になった時、その『呼び方』……、今だと『ボーイズラブ』、つまり、『BL』ですが、当時は、それが定まっておらず、一部で『お耽美』という言い方が使われる様になり、この『お耽美』が継承される形で『耽美小説』という呼び方が出来たと説明を受けた事があります。元々、『耽美主義』には『同性愛』も、そのモチーフとして含まれるという解釈がありますから、BLを耽美小説と言っても構わないのでしょうが、文学で言う処の『耽美派』を知っている人からすれば、『耽美小説』という言い方に抵抗感を持つのでは、ないのでしょうか。実は、僕も、その一人なのです」

(うわ! 明快な説明!)と私、感心しちゃった。同時に、(でも、何で、こんな知識を持っているんだろう?)という疑問も浮かぶ。

 いくら日本文学科の学生だとしても、この様な話は授業で取り上げられないだろう。その上、古本屋で働いているから得られる知識でもない筈だ。

 この瞬間、私の好奇心に火が付いてしまった! そして、思わず、その疑問を口にする。

「どうして、永原さんは、この様な知識をお持ちなのですか?」

 その質問に彼は答えてくれた。

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