サプライズ
松島香織は電車の中で一人、思わず笑みをこぼした。
今帰ったらびっくりするだろうな。
同棲している恋人、克弘の驚く顔を想像して、香織はまた、ふふと笑う。
デパ地下で買った総菜と、ちょっと高級なワイン。
自分がいないと克弘はきっと、カップ麺だけで済ませてしまうだろう。
そう考えて、帰りに買ってきたのだった。
香織はブライダル雑誌の編集者である。
今日は都心から少し離れた、独特の雰囲気を持つおしゃれな結婚式場の撮影に朝から出掛けていた。
カメラマンの腕も良く、作業はあっという間に終わった。
泊まるつもりでいたのに、まさか日帰りできるとは香織も思っていなかった。
驚くだろうなあ、ヒロのやつ。
香織は人を驚かせるのが好きだった。
後輩に、せっかく来たんだから泊まっていきましょう、と言われても断ったのは、克弘の驚く顔が見たかったからだ。
それでも克弘は決して怒らず、駅まで迎えに行ったのに、と笑いながらこぼす。
それから二人でワインを飲みながら、買ってきたサラダやハンバーグをつまむのだ。
すぐ先の未来。それを思うと香織の頬は自然と緩んだ。
そうしている内に、駅につく。押し出されるようにして電車から降りる。
克弘は今日休みだ。
いつもリビングでゴロゴロ、それこそ猫みたいに寝転びながら本を読んだり、ゲームしたりしているはず。
だから改札を出て、克弘らしき男が自分の知らない女と親しげに歩いているのを見かけた時も、香織はまさか克弘だとは思わなかった。
自宅アパートまでは歩いて五分程。
そんなはずはない。今に自分とは違う道に逸れるはず。
脇に汗をかいている。曲がって。そこを曲がるの! 違う! そっちじゃない!
男が香織の部屋のドアを開け、女を招き入れる。
香織は自分の胸がこれまでにないほど早鐘を打っているのに気付く。
あの克弘に女を連れ込む度胸があったとは。
驚かせるのは私のはずだったのに。こんなの不公平よ。
香織の胸に黒い怒りが溜まっていく。
香織はそれを憎しみへと成形し、女が出てくるまで、ゆうに五時間はそこにいただろうか、それを大切なもののように維持し続けた。
女が出てくる。克弘は駅まで見送りもせず女を送り出す。
香織はゆっくりと女の後をつける。惣菜とワインはコンビニのゴミ箱に放り込んだ。
ずっと持っていたから手に跡が付いている。
でもそれは憎しみを維持できた証のような気もして、香織は嬉しい。
女が電車に乗ったのを確認し、香織も乗り込む。
二駅先で女が降りる。単身者用のマンション。そのドアに女が手を掛けドアを閉めた。
香織はすぐにチャイムを鳴らし、落し物ですよ、と声を掛ける。
自分なら、女は必ずドアを開けるという自信がなぜかあった。
それからことを終え、タクシーで自宅に戻る。
克弘は急に、遅い時間に帰ってきたことを怒りもせず、優しく迎えてくれた。
が、それは疚しさからだと香織はもう知っていた。
克弘が寝たのを確認し、香織は玄関先に置いた、新聞紙とビニール袋で何重にも包まれた丸いモノを克弘の枕元に置く。
私、本当に驚いたんだから。香織は一人微笑んだ。