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相談と対価

「フェルゼリアさんは私の噂をご存知でしょうか」


 躊躇っていても時間の無駄なので、単刀直入で尋ねてみました。


「噂でございますか」

「はい。私が知っている限り三種類でしょうか。もっと多いかもしれませんが」

「例えば」


 驚きもせず戸惑いもせず、フェルゼリアさんは私に問いかけました。


「1つ、義母に反抗ばかりしている我が儘娘。2つ、仲の悪い妹と同じ学園に通うのを嫌がり退学した。3つ、浪費家で知識を鼻に掛ける傲慢な娘。というのが定番ではないかと」

「そうですね」


 王都に流れているらしい3つの噂を告げるとフェルゼリアさんは、即座に肯定しました。

 この噂、私は長年の友から手紙で知らされましたが、さすがに信じたくなかったものばかりでした。

 噂の出所はすべてお義母様だと分かっていますが、どうすることも出来ません。


「そうですか」

「ミュリエル様は、噂についてどうお考えですか」

「そうですね。1と2は全くの出鱈目です。3については浪費家は同じく出鱈目ですが、知識を鼻に掛けるというのは私にそのつもりが無くとも、相手がそうだと感じているなら事実なのかもしれません」

「成る程」


 義理とはいえ娘の立場である私について、こんな悪意の塊のような噂を流すお義母様に、思うところがないわけではありません。

 でも、私が生まれる前からあった確執が無くなるなんてありえないのですから、今後回避する事を考えて生きていくしかないのです。


「私が噂を存じています。ですが、それを聞いてどうされるのでしょう」

「そうですね、私と義母には埋めようのない確執があり、その為普通の貴族の令嬢が知っている筈の常識を多分知りません。学園で習ったマナーは身に付いていますが、例えば嫁ぐ際に何を用意したらいいのか、どんな段取りを踏むのが正しいのか等が分かりません。私の母は平民で、義母にとって母の存在は許しがたいものでしたから、その母の娘である私も同じなのです」


 本来であれば、それは母親と女系の親戚達が教えてくれるのでしょうし、嫁ぐ用意も母親が中心となってしてくれるのでしょう。

 けれど、私のお母さんはすでに亡く母方の親戚もいません。お父様の親戚はすべてお義母様側で、私の足を引っ張る事はあっても協力は望めないでしょう。


「それで」

「フェルゼリアさんは私に足りないものをすでにご存知、いいえ私を見て足りないと気がついている、違うでしょうか」

「そうですね」


 肯定なのか、否定なのか分からない返事をしてフェルゼリアさんは「対価は何を頂けますか」と微笑みました。


「対価というと、私の望みを叶えて下さるのでしょうか」

「そうですね、私がこちらに滞在できますのは最大で三日ですがそれでよろしければ」

「ありがとうございます。ですが、私が対価としてお支払い出来るのはお金ではありません」


 フェルゼリアさんは味方だと、判断するのは早計かもしれませんが、他に頼れる人が居ません。

 それに何故かフェルゼリアさんは信じられる、そう思いました。


「では何を」

「私の母は薬師でした。平民で王都の学園に奨学金を受け通える程の頭脳を持つ才女でした。飛び級までして十八で院を卒業したそうです」

「そうでしたか」

「私は幼い頃から母に薬師としての修行を受け、緑の薬師と木漏れ日の薬師の称号を持っています。母は木漏れ日の薬師でしたが」


 太陽の薬師、木漏れ日の薬師、緑の薬師という3つの称号があります。これは一般の薬師が憧れる3つの称号です。

 学園で勉強し試験を受けると緑の薬師の称号と木漏れ日の薬師を取ることが出来ます。

 これは、百人に一人受かるかどうかと言われる試験です。私は学園は卒業出来ませんでしたがこの試験はどちらも受けていたので緑の薬師と木漏れ日の薬師の称号を持っているのです。


「太陽の薬師ですか、凄いですね。ミュリエル様の緑の薬師と木漏れ日の薬師だって王都に何人いるか、というか2つ持っている人っているんですね」

「グロリア」

「はい、申し訳ありません」

「気楽に話して下さっていいですよ、グロリアさん」

「いえ、グロリア。あなたは作業の準備をなさい。ミュリエル様、採寸等はどちらで」

「あぁ、エリス。グロリアさんを案内して」

「畏まりました。グロリア様ご案内致します」


 エリスとグロリアさんが部屋を出ていって、私はフェルゼリアさんと二人きりになりました。


「フェルゼリアさんは大きな商会を経営されていますが、そちらには薬品や美容関係の商品も扱ってらっしゃいますね」

「ええ」

「私は母に教えられた香油のレシピ、それを今回の対価にしたいと言ったら受けて頂けますか」

「香油ですか。すでに取り扱っておりますが」

「そうですね。少しお待ち頂けますか」


 そう言うと立ち上がり、私は自分の部屋へと戻りました。

 私が母から譲り受けた知の財産、それには本当に価値があるのかどうか、それをこれから確認するのだと思うとドキドキします。


「これと、これかな」


 大切に育てた薔薇とラベンダー。

 その花で作った香油の瓶を握りしめながら、私は震えていました。

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