お勉強の時間です
「ミュリエル様は外出時、昼と夜とで装いが異なる事はご存知ですね」
「はい。学園のマナーの授業で習いました」
ドレスは大雑把に分けると昼用と夜用があります。その一番の違いは肌の露出です。
夜用は背中を大きく開けたり、襟元が開いていたり、袖無しだったりします。
袖が無い場合は長い手袋をする事もあるそうですが、これは流行りもあるそうです。
反対に昼用のドレスは襟付きの物が多く、袖無しはマナー違反です。短くても肘位までの袖となり、その場合は手首までのレースの手袋を付けます。
「王族以外が使用する事が出来ない色がある事はご存知ですか」
「はい。金色は地色では使えないと習いました。金糸を使い刺繍できるのは公爵位まで、それ以外の爵位では装身具以外の金は使用出来ないと」
「その通りでございます」
これは常識です。
社交に疎い私でも、流石に知っていなければいけない範囲です。
「では、夜会などで身に付けない方が良いとされているものは」
「え」
おろおろと記憶を探りますが、マナーの授業でそんな事を習った覚えがありませんが……あ。
「白一色、生成り色、あと未婚女性の真紅でしょうか?」
自信はありませんが、他に思い付かず答えます。
この世界では、不祝儀の際に身に付けるのは白色又は生成り色です。真紅は花嫁の着るドレスの色です。これは第一婦人しか着ることは出来ません。
第二婦人が嫁ぐ際は、少し色の異なる赤色のドレスを着るそうです。私はこちらになるのでしょうね。
「その通りです。ここまでは基本ですね」
「基本ですか」
「はい。ミュリエル様、色についてよくご存知でしたね」
「基本なんですよね」
「ええ、でも最近は白色だけで夜会用のドレスを作りたいと言われる方もいらっしゃるんですよ。それを着て例えば婚姻の祝い等にお出になったとしたら、祝う気が無いと追い出されてしまうでしょうに」
「白色のみでなければいいのですよね」
「地色が白、そこに色糸で全面に刺繍する等すればですが。お年を召した方がいらっしゃる場合は、叱責覚悟頂いた方がいいかもしれません」
「成程」
現代日本の披露宴に出席する場合でも、女性の黒色一色は推奨されないのと同じと考えればいいのでしょうか。ビーン様に恥をかかせる事が無いよう、しっかり覚えないといけませんね。
「これは禁止事項ではありませんが、上位貴族は綿素材のドレスは夜会でお召しになられる方は殆どいらっしゃいません」
「下位貴族のドレスでは綿素材も多く使いますが、昼夜問わず避けた方がいいのでしょうか」
フェルゼリアさんの説明に、私は内心青くなりました。
お母さんのドレスの中にも綿素材の物があります。絹の産地ということもあり、殆どはコンティンワール絹ですが一部は綿素材です。
「そうですね。綿素材は日常のドレスとなりますね。絹にも級があり、ミュリエル様が今お召しになっていらっしゃいますコンティンワール絹は数ある絹の中で上級とされています。陛下がお召しになる物の多くはコンティンワール絹ですし、その分価格も高く下位貴族では何枚もドレスを仕立てる等出来ないでしょう」
「陛下がお召しになるのは、コンティンワール絹に金色があるからではないかと思いますが」
コンティンワール絹は稀に金色の繭を作るお蚕さんがいて、それらは繭の段階ですべてより分け王家の為の絹として生産するのです。その年に初めて出来た金の絹地は陛下への献上品とし、それ以外の物はすべて買い取って頂けるのです。
他の地域では金の繭は存在しないそうなので、お蚕さんの大きさを含めどれだけ特殊な存在なのか見当もつきません。
「勿論色の事はありますが、王族の方すべてが金色を身に付けるわけではありません、公式以外では別の色もお召しになります。コンティンワール絹の質の高さがお召しになる理由かと」
「そうですか。領地の民が一生懸命育てた絹をそう言って頂けると嬉しいです」
染めの問題等は解決できていない大きな課題だと、生産者から聞く事が多いですが、この話を聞いたら、きっと皆喜ぶでしょう。
それにしても綿素材が外出着に適さないとは、あのドレスは日常で着て良いデザインなのか私では判断が出来ません。
「あの、伺ってもいいでしょうか」
「はい」
「私がビーン様と無事婚約頂けたとした場合、婚姻までの期間何度かビーン様にお会い出来る事もあるかと思いますが、その際に綿素材のドレスを着るのは失礼にあたるのでしょうか」
私は子爵家の娘ですから、下位貴族にあたります。
普通ならあり得ない、下位貴族と上位貴族の婚姻です。
私にとって、綿だろうが、絹だろうがドレスはドレスという認識でしたがその認識が間違いであるとは。困りました。
「そうですね。コンティンワール様は子爵位でいらっしゃいますので、現段階では問題にはならないかと存じますが、正式な婚約を交わした後であればやはりそれなりの物をお召しになった方がよろしいかと」
「そうですよね。王都とここでは距離がありますから、お会い出来る事は少ないと思いますが」
婚約は最低でも一年の期間を置きますが、その間王都の屋敷に住む事はお義母様がお許しくださらないでしょうし、ここに居てビーン様の都合に合わせ王都に向かう事になるでしょう。
「お住まいは確か王都にも」
不思議そうな顔でグロリアさんから問われてしまい、つい俯いてしまいました。
王都に屋敷を持っていないなら兎も角、王都に住まいがあるのに領地に居る事を前提に話しているのですから疑問に思われて当然です。
「グロリア。口を慎みなさい」
「も、申し訳ございません。ミュリエル様大変ご無礼を致しました」
「いえ、いいんです。グロリアさんの疑問は正しいと思います。そうですね、ビーン様も同じ疑問を持たれますよね」
お父様が話を通して下されば、お義母様も否とはおっしゃらないかもしれません。けれどその場合、何があっても耐える精神と、自分の持ち物すべてを守る為の警戒心が常に必要になります。
ドレスに不自然な染みがついているとか、装身具が壊れるのは日常。大切にしていた本に水を掛けられる事も食事に腐ったなにかを混ぜられる事も日常の生活になるのです。
お義母様公認ですから、使用人達も遠慮がありません。
それが当たり前と思っていた昔なら兎も角、学園を追い出され領地でのびのび暮らしていた私に耐えられるでしょうか。
「ミュリエル様。グロリアの失礼をどうぞお許し下さい」
「あ、いいえ。失礼だなんて思っていませんから。少し考え事をしていただけなんです。グロリアさん気にしないで下さいね」
「はい。でも」
「婚約しても実際の婚姻までは最低でも一年の時間を置くのが普通だと、周囲の者から聞いていたので。領地の管理もありますし、婚約の間はここに住んで徐々に準備をしようと考えていたんです」
「そうでしたか」
「ただ、グロリアさんの疑問をビーン様も持たれる可能性があるなら、少し考えなければいけないですよね」
「そうですね。婚約期間を一年以上置くというのは成人前に婚約される方が多いからという理由が1つ。後は婚姻準備の為ですね。婚姻式の為のドレスの準備は勿論の事、婚姻お披露目の夜会の準備等です」
「そうですね。準備は必要ですね」
そういった準備は、双方の家で話し合い決めていく事になるのでしょうか。
お義母様が引き受けて下さるとは思えません、そうしたらお父様一人で?
私を愛し可愛がって下さってはいても、面倒事はすべて見ない振りをしてきたあのお父様が引き受けて下さるでしょうか。
お父様をもしあてに出来ないとすれば、私が表立って動くなんてしてもいいのでしょうか。でも、婚姻までに何をしたらいいのかすら、私には良く分からないのです。
「ミュリエル様、どうかなされましたか」
「いえ、あの。フェルゼリアさん、お会いしたばかりでこんな事お話しするのはおかしいとは思いますが、私の話を聞いて頂けないでしょうか」
初対面のこの方に頼って良い話では無いことは、十分理解していますが、ほんの少しだけでも相談したい。
失礼を承知で私は、自分の境遇を話を始めました。