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フェルゼリア・カヅンがやってきた

今回虫についての描写があります。

苦手な方申し訳ありません。



「これ、おかしくないかしら」


 ビーン様からのお手紙に記されていた通りカヅン商会のフェルゼリア・カヅンさんが、今日この屋敷にやって来ます。

 ビーン様に御礼とお断りの手紙を差し上げたものの、結納の品の一つと思って受け取って欲しいと返事があり、ありがたく受けとる事になったのです。


「良くお似合いですわ」

「飾りは襟と袖口のレースのみだけど、ドレスの素材はコンティンワール絹だしお客様を迎えても恥ずかしい物ではないわよね」


 コンティンワール絹は、領地内で生産している絹糸で作られた物の総称で、王都なら高級品の部類に入るものです。光沢のある布地は、張りがあり人気があります。

 もっとも私が今着ているドレスは、布を一反買い自分で仕立てた物なので高級でもなんでもありません。

 他の地域で育てられているお蚕さんの繭玉の大きさは、どんなに大きくてもせいぜい二センチ程度だそうですが、コンティンワール絹の元となる繭玉は、それよりも遥かに大きく大人の握りこぶし程もあります。

 それはつまり、親となる成虫も繭になる前の幼虫も大きいということです。

 子供の頃、養蚕農家に遊びに行った私は、そこで夢で魘されそうな程の衝撃を受けました。

 その大きさと言ったら、自分が小さくなったのかと勘違いしてしまう程です。

 この世界の桑の葉は、八ツ手の葉っぱ位の大きさがありますが、その大きな葉っぱが小さく見える程の巨大な幼虫が、集団で蠢く様は異様の一言です。

 ちなみに繭をとった後の中身は、カリカリになるまで空煎りした後蜂蜜をからめると、栄養価の高いおやつと変化しますが、これに慣れるまで大変でした。

 食べなれると美味しいんですけれどね、大きな固まりを大人が割ってくれるんですが……うん、精神衛生上あまり思い出したくない光景です。見た目は兎も角、味がいいのが。くうう。


「勿論ですわ。領地の特産品ですし、王都に行けば高級とされる素材ですもの」

「産地ならではのお値打ち価格は、話さなければ分からないわね」


 コンティンワール絹は、木綿や麻と違い染色が難しいのが欠点です。色むらが出やすく一反すべてを使う事が出来ない為、ドレス一着作るにもコストが掛かります。お店にドレスを頼む場合、そのコストも加算されるのでどうしても高価な物になってしまうのです。コストが幾ら掛かろうと、布地の美しさから求めるご婦人方が多いため貴重な領地の収入源になっています。


 そんな理由がありコンティンワール絹製品は高級品とされてしまいがちですが、私の様に生産者から一反丸ごと買う場合はお手頃価格で購入出来るのです。(染めむらがあるので一反全部は使えない可能性がありますがいいですか? という理由に加え、間に商会を入れていないから安いのです)

 ちなみに染めむらが目立つところは刺繍を入れて誤魔化すという、荒業を使えば布を無駄にせずに使いきれます。染めむらがそんなに大きくないから出来る事ですが、これ何とかならないものでしょうかね。


「ただ待っているのは落ち着かないわね。客間の用意は出来ている? お茶とお菓子の準備はどうかしら」

「はい。すべて用意出来ております」

「そう。じゃあ、私はお客様がいらっしゃるまで刺繍の続きをしているわ。早く仕上げないといけないし」


 はじめて会う方と上手く会話が出来るのか、不安な気持ちはありますが今はこれ以上の事が出来ません。

 気持ちを落ち着ける為、刺繍でもして待っていましょう。


「お嬢様の刺繍は美しいですね」


 部屋の隅に置いてあった刺繍の道具を窓際に運びながら、エリスが私の刺繍を誉めてくれるのでちょっと照れてしまいました。

 王都の令嬢が教養として身に付けている刺繍は、木綿を染めた糸を使い刺繍枠等を使わずに刺しますが、この辺りは昔から絹が生産されていて絹地に刺繍するのが目的の為だったからなのか、使用する糸は絹糸です。大きな木枠にピンと布を張り刺繍をします。

 刺繍のタイプとしては日本刺繍に近く、細い絹糸を基本一本どりで刺す為とても繊細で美しいのです。


「売る為に刺していたのに自分のドレスに使う事になるなんて複雑だけど、お陰で綺麗なドレスが出来そうだわ」

「今まで編みためていたレースも活用出来ましたし」

「そうね。このレースも自分で使う予定は無かったのだけど、手間が掛かっている分映えるわね」


 今着ているドレスの襟と袖につけているレースは、私が編んだ物です。

 刺繍もレースも、凝った模様になればなるほど高価になるので時間を見つけては刺繍をし、レースを編み馴染みの商会に卸していました。

 自分の財産を作るため、薬を売ったり刺繍した布やレースを売ったりしていたのです。そうして、コツコツと貯めたそのお金のお陰で、今回普段着用のドレスを作る為の布を買う事が出来たのです。


「この刺繍をドレスの裾全体にしたら素敵よね」


 前世で好きだったコスモスの花をイメージした模様は、ピンク色のグラデーションで全体を刺しており緑色の布地に良くあっていると思います。自画自賛です。


「お嬢様にお似合いだと思います」


 ソファーに座り、レースを編みながらエリスはにこにこと頷いてくれます。

 エリスはとってもセンスが良いので、彼女に誉められると自信がつくのです。


「今編んでいるレースも綺麗ね」

「模様が複雑なので、間違えない様に編むのが大変ですが出来上がった物を見ると、模様が複雑な分豪華に見えますね」

「本当ね。エリスが手伝ってくれるから作業が進んで助かるわ」


 一反買って作れるドレスは、私の場合三着です。

 布は全部で五反買いました。コンティンワール絹を三反に木綿の布一反、毛織りの布を一反です。

 すでに木綿のドレスは縫い上げ、コンティンワール絹のドレスも残り二着、毛織りの布はまだ時期ではないのでゆっくり仕立てる予定です。エリスは仕事が綺麗で早いので思っていたより早く出来上がりそうでホッとしました。

 ちなみにスカート部分をパニエで膨らませたりしない、普段着用のドレスだから三着も作れますが、夜会用のドレスなら一着作るのがやっとかもしれません。


「ドレスの準備が終わったら、下着を縫って、それが終わったら昼間のお出掛けに使うドレスを作りましょう」

「お嬢様はコルセットを使う必要がありませんから、下着の準備も容易ですね」

「胸が貧弱なのは難点だけど、コルセットは苦手だからそこはこの体型に感謝ね」


 胸が貧弱、寂しい……ですが、それを抜きに考えると私は細身なのでコルセットは殆ど使いません。

 コルセットを使わない楽な生活をしているのですから、胸がないこと位なんでもないです。いえ、負け惜しみですが。


「お嬢様ったら、あら馬車が到着した様ですわ」

「大変、急ぎましょう」


 刺繍の道具を部屋の隅に片付け、急いで階下に向かいます。執事が呼びに来てから応接室に出向くのがマナーですが、折角遠くから来てくださるのだし、ちゃんと玄関で出迎えたいのです。


 緊張しますが最初が肝心ですよね。深呼吸、深呼吸。

 フェルゼリア・カヅンさんはどんな方なのでしょう。

 玄関ポーチに私が到着したのを見計らった様に、ドアが開きました。


「フェルゼリア・カヅン様ですね、遠いところをようこそ。ミュリエル・コンティンワールです」


 にこりと笑顔で挨拶しながら、目を見張りました。

 フェルゼリア・カヅンさんは、とても大きな大きな方だったのです。

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