ビーン様からの手紙
お母さんのドレスは、サイズ調整以外は行わないことにしました。
前世でもそうでしたが、流行が繰り返すのはこの世界でも同じ様で、少し今の流行とは違いますが比較的近いデザインで仕立てられていることが分かったのです。
今の流行り以外袖を通したくないという令嬢なら駄目かもしれませんが、私は礼を欠かないものであれば問題無しと思っているのでこれで十分です。
外出用のドレスの殆どが、お母さんが一度も着て出掛けた事のないものでしたが、それでもお母さんのドレスに変わりはありません。
これから、大切に着ていこうと心に決めました。
「外出用はこれでいいわね。ねえ、エリス。ビーン様のお屋敷では薬草を育てるのは無理よね」
「そうですね」
「今育っている物は収穫して乾燥させておくとして、今後はどうしましょう」
「お嬢様、嫁がれてからも薬師を続けられるおつもりですか」
少し呆れ顔でエリスは言いますが、ここは譲れません。
薬師の知識は、お母さんから受け継いだ大切な財産です。
「ビーン様の許可があれば、かしらね。とはいうものの、婚約が本当に決まるのかすら、まだ半信半疑といったところではあるのよ」
「旦那様が先様とお話しされているのでは」
「ビーン様とお手紙を交わしていても、よ。まだ現実と思えないの」
ビーン様との婚約は、お父様が領地に滞在されていた十日間で慌ただしく決まっていきました。
今回のお話をお父様から伺った次の日、ビーン様から私宛にお手紙が届き、それに私が返事を送り、送ったかと思うとまた届く。
頻繁なやり取りが続いたものの、色っぽい内容は一つもありません。
一番最初のお手紙ですら、急な話で申し訳なかったという謝罪の言葉と婚約を了承して欲しい旨を、実に簡潔な文章で綴られたものでした。それは、前世の仕事で使っていたビジネス文書の様で、そのお返事として私が気易い文章を記すわけにもいかず、婚約を控えた二人の手紙というよりは、商談相手に送っている書類の様になっていました。
貴族が使用できる魔法便りは、早く確実に届く分使用料も高価です。こんなに頻繁に使用して良いのかと内心ビクビクしながら、頂いたお手紙に返事をしないわけにもいかず、お義母様の嫌みを覚悟しながら今日も手紙を送ったばかりでした。
「ビーン様と直線お話ししたら、変わる事なのかしら」
「そうですね」
「でも」
エリスに手紙の内容について聞いてみようと、口を開いた瞬間ドアがノックされました。
「はい、あら。お手紙ですか」
「はい。今届いたばかりです」
ドアのところで、エリスと下働きのメイドのダリアが話しています。
手紙というのは、ビーン様でしょうか。
「失礼致します」
「ご苦労様」
ドアを閉め、銀盆に乗せた手紙をエリスが運んできました。
「ビーン様から?」
「はい」
いそいそと封を開けると、相変わらずの美しい文字で簡潔な文章が並んでいました。
「ええっ」
「どうされました。何か悪いお知らせでしょうか」
「ビーン様が私に、ドレスを贈って下さるそうなの」
「まあっ」
……顔合わせの茶会と晩餐会用のドレスを、是非贈らせて頂きたく。
「カヅン商会のフェルゼリア・カヅンさんという方が来て、採寸とデザインの打合せをしてくれる……大変」
手紙を読んで、私の顔は赤くなったり青くなったり。
「カヅン商会といえば、王都でも一、二を争う規模のところですわ。確かにこれは一大事ですわ」
「そうじゃないのよっ」
「お嬢様?」
「胸が無いことが、ビーン様にばれちゃうっ」
結婚すれば露見する事ですが、婚約前からサイズを知られるなんて、スタイルが貧弱過ぎるから止めようとか、ビーン様に思われたらどうしましょう。
私の斜め上な発想に、エリスが頭を抱えていることにも気づかずに、私は今から肉付きを良くする方法は無いものかと考えあぐねていました。