表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

準備が必要です

「いってらっしゃいませお父様、道中お気をつけて」


 馬車の窓から顔を出し手を振るお父様を、使用人達と一緒に見送りながら私は途方に暮れていました。


「お父様は好きなだけ作ればいいとおっしゃっていたけれど。エリスどう思う?」


 詳しい日程等はまだですが、婚約前にビーン様と顔合わせの為茶会、その後日を改めて家族同士の顔合わせの為の晩餐があるとお父様から伺いました。その時に着るドレスが必要ですが、社交界デビューのパーティー以外は学園のパーティーしか出たことがない私は、まともなドレスを一枚も持ってはいない為新しくドレスを作る事になりました。


「旦那様が幾らでもとおっしゃるなら、問題はないかと思いますが」

「最低限何枚必要になるかしら」


 屋敷の中に入り、自分の部屋に付いている衣裳部屋へと歩きながらエリスに尋ねました。


「そうですね。最低限昼間のドレスと夜会用をそれぞれ二、三枚、日常にお召しになる物も数枚は、それに下着も必要です。お嬢様のお召し物はどれも古くなっていますし、嫁がれる際に古い物ばかりでは先様に笑われてしまうでしょう」

「そうよね。でも、お義母様が何と言うかしら」

「旦那様から奥様へ上手くお話し頂けると良いのですが」


 話をしながら衣装部屋へと入り、掛かっている私のドレスを手に取って窓際に置いてあるソファーとテーブルの上に広げた途端、突き付けられた現実に私とエリスはため息とも悲鳴とも付かない何かを同時に吐き出すことになりました。


「お嬢様、これは」


泣きそうな顔のエリス、鏡を見なくとも私も同じ顔をしているだろつことは想像がつきました。


「こうして見ると、どれも古くなっているわね」


 私の持っているドレスはどれも型が古く、何度も水にさらした為に色があせている物ばかりです。いくら普段着用とはいえ、これを持って行く事は出来そうにありません。

 学園に通っていた頃は、お父様から生活の費用として直接お金を頂いていたので、身の回りの物はある程度自由に買うことが出来ました。

 月に何着もドレスを仕立て競い合う様に着飾っていた令嬢達には到底及びませんが、それでも恥をかかない程度に揃える事は出来ていたのです。

ただ、あの頃着ていたドレスは、この衣装部屋にはありません。


「普段着用のドレスは全部新調しなければいけませんね。こちらは布を買って私が縫うとしても、夜会用のドレスは発注しませんと。スダリ商会は如何でしょうか」

「でも、あそこは高級品を扱っているし、ドレスを何枚も作ったらどれ程の額になるか。せめて学園に居る頃作ったドレスが残っていれば良かったのに」


 学園を『妹のプリシラが入学するからお前は退学しなさい。目障りだわ』というお義母様の一言で退学させられた私は、後ろ髪を引かれる思いで領地の屋敷に戻されました。

 その際、お義母様が学園に寄越した使用人達にドレスの殆どを捨てられてしまったのです。

 お義母様の感覚で言えば普段使いにも出来ない粗末なドレス、でも私には十分過ぎる程高価なそれを使用人達は「不要な物を捨てる際に誤って捨ててしまいました」と慇懃な態度で告げました。

 礼儀正しく誰が見ても良く仕付けられた使用人達のその姿を、心が込もっていない言葉だけの謝罪だと責める事は出来ず「悪気はなかったのだもの、仕方ないわ」と許すしかありませんでした。


「今さら過去の事を言っても仕方ないわね。お父様も婚姻の準備が粗末だと家の恥になると仰っていたし、外出用のドレスは作らなければ」

「はい」

「スダリ商会で夜会用のドレスを一着。昼用のお茶の席等で着るドレスを一着とこれに合わせた靴と下着を作りましょう。後はお母さんのドレスを手直しして使う事にしましょう、そうすれば外出用のドレスは最低限揃うはずよ」


 ソファーの上に広げたドレスも元はお母さんが着ていた物でした。ドレスの殆どを捨てられてしまった私は、お母さんが昔着ていたドレスを手直して使っていたのです。

でも何枚かだけ、普段着用のドレスはどれもお母さんの思い出が詰まっていて、鋏を入れるのが嫌だったのです。


「奥様のドレス、こちらですね」

「そうよ。形は少し古いのかもしれないけど。でもどれも綺麗なままよ」


 お父様はお母さんに会えない日々の埋め合わせをするかの様に、沢山のドレスや靴を贈っていました。

 普段野草園や花壇の手入れをするお母さんの生活に合わせた飾りが少なく動きやすいドレスも沢山ありましたが、殆どは夜会用やお茶会用などの豪華なドレスでした。

正式な妻と認められていなかったお母さんに夜会の招待など来る筈もなく、着る予定の無い豪華なドレスは衣装部屋の肥やしとなっていきました。


「そうですね。奥様のドレスはどれも綺麗なまま残っていますし、靴も装飾品も揃っていますし。飾りを変えれば普段お召しになれるものもあるかもしれませんね」


 手先が器用だったお母さんは薬師の仕事をしながら、お針子の仕事もしていました。そのお母さんに私とエリスは手解きを受けていたのでドレスも普段着用から夜会用まで一通りは縫うことが出来るのです。


「お母さんのドレス。こんな形で使う事になって申し訳ないけれど」

「お嬢様がお召しになられたら、きっと奥様はお喜びになります」

「そうよね。これはお母さんが私の為に準備してくれたドレス。そう考えましょう」


 お母さんが一度も着る事が無かったドレス、着る予定の無いドレスを贈って満足していたお父様。

 あの頃、ドレスや靴が届く度にため息をついて、困った様に笑っていたお母さんの顔を思い出すと涙が出そうになります。


「私がこれを着る事、喜んでくれたらいいのだけど。ね、エリス」

「きっとお喜びになりますよ。さあ、スダリ商会を呼びドレスの注文をいたしましょう」

「そうね。じゃあウエンツにスダリ商会まで行ってもらって、その間に私達はお母さんのドレスを確認しましょうか」


 感傷的になっている場合ではありません。やらなければいけないことは山のようにあるのですから。


「これから忙しくなるのよ。エリス、頑張りましょうね」

「はい。お嬢様」


お母さんのドレスを確認しながら、ビーン様は古いドレスで装う私をどう思うだろう。

そんな事を考えていました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ