落ち着いて考えましょう
お父様とのお話が終わり、部屋に戻って来た私ですが、まだ興奮が冷めずにいました。
侍女のエリスが、心配そうに私を見ながらお茶の用意をしてくれていますが、今話すと変な言葉を発してしまいそうです。これは早く気持ちを落ち着かせなくていけません。深呼吸、深呼吸。
「失礼致します」
「ありがとう。エリス。いい香りね」
そっとテーブルに置かれたティーカップを手に取ると、優しい薔薇の香りがしました。私の好きなローズティーの様です。
豊かな香りを楽しみながら、紅茶を口にしている内に少し気持ちが落ち着いて来ました。
さすがエリス。長年私の側にいるだけあって、私に必要な物を瞬時に判断して用意してくれます。
「エリスは、私の好みを良く知ってくれているわね」
侍女のエリスは、赤毛に青い瞳の優しい人です。年は三十を少し過ぎたばかりです。旦那様とお子さんを事故で亡くした彼女は、我が家に住み込みで雇われていますが、私の侍女になったばかりにお義母様から時々意地悪をされている様です。それでも私に誠意を込めて尽くしてくれる、彼女の存在は私の心の支えになっています。
それなのに私は、彼女に何もしてあげる事が出来ません。
本当に情けないです。
「ねえ、エリス」
「はい。お嬢様何かお困り事でしょうか。まさか奥さまから」
「困り事では無いわ。私、婚約するみたい。先方とお会いする為に来週王都に行くの。あ、これは困り事かしらね」
お義母様から毛虫のごとく嫌われている私は、何かにつけお義母様から嫌みを言われ、嫌がらせを受け、虐げられています。
お父様がお留守の時を狙って行われる嫌がらせの数々、今では仕方がないと諦めていますが、最初は悩み苦しみました。
お父様に言う事は躊躇われ、じっと耐える日々でした。領地の使用人達は私の味方でしたが、王都にある屋敷の使用人はお義母様の言いなりで、私の食事だけ激辛になっているとか、入浴しようと浴室に入ると浴槽に大きな虫が浮いているとか、細やかではあるものの辛い。という意地悪をされるので、私は極力王都の屋敷には近寄らない様にしていましたから、エリスの心配も分かります。
「こ、婚約。お嬢様、一体どなたと」
「それがビーン様なの。私夢を見ているのかしら」
夢といえば、私ミリュリエルとしての人生そのものが夢の様ではありますが、そうなると夢の中で夢を見ているのでしょうか。
「ビーン様? 副宰相様でしょうか」
「そのビーン様よ、信じられないでしょう。私もよ、これは夢なのかしら、きっとそうなのね」
本当の私は、アパートの狭い自分の部屋で眠っている筈です。通販で買った白いベッドに羽毛布団、着心地の良いパジャマはフリース地で出来ているお気に入り。飲んだ缶ビールをテーブルの上に置きっぱなしにして、ぐうぐうと高いびきで眠っている筈でした。
「お嬢様何を呑気に……失礼しました。失言でした」
「いいわよ。私が呑気なのは今に始まった事じゃないもの」
「申し訳ございません。ですが、ご婚約は夢ではなく現実かと」
エリスは震える声で言いながら、ポロリと涙を一粒こぼしました。
キーワードに、ファンタジーと魔法を追加しました。