結婚? お相手は誰ですか?
「ミュリエルに婚姻の申し込みを頂いたのだが、どうしても嫌なら無理をすることはないよ。先方は格上。こちらからお断りするのは失礼になる。だか、お前が不幸になるよりは……」
王都から領地に戻られたばかりのお父様は、困ったというよりも泣きそうな顔で私にそう告げると、両手で顔を覆ってしまいました。
突然、連絡も無しに領地に戻っていらした事にも驚きましたが、お父様の言葉にはそれ以上の衝撃がありました。
「私と婚姻? どちらの方でしょう?」
貧血を起こして倒れるのではないかと思う程動揺しながらも、何とか冷静さを装い尋ねました。
聞き違いではありませんよね。そんな酔狂な申し込みをしてくる方がいるなど、思ってもいませんでした。
謙遜でも自分を低評価しているのでもありません。
私は、お義母さまの策略で、コンティンワール子爵家の我が儘令嬢として悪名高いのです。
実際は大人しいというか社交が苦手、その為少し引きこもりぎみですが家の中ではそれなりに元気な十七歳。使用人達との関係は良いほうだと思います。でも、それをご存知の貴族は何人いらっしゃるでしょう。
学園に通っていた頃の友人が辛うじて、その程度なのです。
見た目は中の上だと良いなと、自分では思っています。
亡き母譲りの紫色の瞳は大きな二重です。睫毛が長い事が密かな自慢です。髪は父と同じ銀色。体は細く、何を食べても太りません。胸の辺りも太りません、ええ何を食べても悲しいほどに変わりません。
「それが、サウシュバーン公爵家ご長男のビーン様なんだよ」
「まあ、ビーン様のご紹介ですの?」
公爵家のサウシュバーン様との繋がりなど、わが家にあったのでしょうか?
急にビーン様のお名前が出て、ドキドキしてしまいました。
「いや、ビーン様がお相手だ」
「え」
私はそれ以上何も言えなくなり、俯いてしまいました。
あぁ、今すぐ倒れてもいいでしょうか。
なんて、なんて、なんていうことでしょう。
「そうだよね、分かるよ。可愛い私のミュリエル。お父様が悪かった、この話はなんとしてもお断りしよう」
私が返事も出来ず俯いたのを悪く取ったのか、お父様は取り繕う様に早口でそう告げましたが、そんなのとんでもありません。
「いいえ、とんでもない。これ以上の良縁を望んだら罰が当たりますわっ。是非お話を進めてくださいませ。どうせなら本日中に嫁いでも」
お父様が勘違いされたのを、慌てて断ります。
悲しみにくれるお父様には申し訳ありませんが、私にとっては最良の方なのです。
多分お母様の嫌がらせでしょうけれど、むしろグッジョブと言いたい。
あぁ、興奮のあまり言葉までおかしくなってきちゃいました。
「本当に良いのか?」
「ええ。私とお義母様との間に挟まれて、お父様がずっと心を痛めて下さっていた事は存じております。この縁談で私は少しでもお父様のお役に立てるでしょうか。あの方はきっと素晴らしい方ですわ、ですから私の幸せの為にお話を進めてくださいませ」
ビーン様は私より十歳程歳上、見た目は大きな熊さんと言った風のどっしりというか、がっちりというかという体型をされています。
お顔は少し、いえかなり強面です。幼い子供はビーン様のお名前を耳にしただけで泣き出すという噂もある程です。
そして性格がとても厳しく。副宰相というお立場もあるのでしょうが、影で「鬼の副宰相」と怖がられている方なのです。
「良いのかい? 本当に」
「ええ」
「私が不甲斐ないばかりにお前に苦労を掛けてしまう。本当に申し訳ない」
「そんなことありません。どうかお父様悲しまないで下さいね」
むしろありがとうございましたなんですよー。
だって、私はビーン様に一目惚れしているんですもん。
あ、また口調が乱れてしまいました。
地が、出てきちゃいましたね。
もう、こっちでいいかな、駄目かしら。
「お父様今日は一緒にお食事できますか」
「勿論だよ。明日には王都に戻らねばならないが、今晩はゆっくり話が出来るよ」
「嬉しいです」
ふふふと淑やかに微笑みながら、突然やって来た幸運に私は大興奮状態になっていました。