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07.お仕事初日

 魔法協会への報告の後、俺の肩と背中の破けたファンキーなTシャツの代わりに安い服を何着か買い、ローズ家のお屋敷へと帰る。

 正直あの格好で歩くのは恥ずかしかったのでありがたい。


「言っておくけど、奴隷の持ち物は全て術者の所持物なんだから、大切に扱いなさいよ。」


 リーズが釘を刺すように言う。

 やっぱりそうだよなぁ。

 お給料とかも出ないんだろうなぁ。

 まあ野垂れ死ぬ可能性もあったんだ、逆にラッキーだったと考えよう。


「レオレオ!かえったらいっぱいあそぼうね!」


 レミアが待ちきれないといった風に俺を見上げる。


「なに言ってるのレミア、あなたは勉強よ。

まだ今日の分やってないでしょ。」


「えー!」


 レミアがチラッとアニエスの方を見る。


「そうね、レオと遊ぶのはお勉強が終わってからにしましょう。」


「はーい・・・」





「さて、とりあえず仕事をさせる前にこいつの部屋を決めないとね。

どこがいいと思う、姉さん?」


 屋敷に帰ってくると、リーズは俺を見ながらそんなことをアニエスに問いかける。


「レオはレミアといっしょにねるの!」


「ダメよ。」


 レミアの発言はリーズに一蹴される。


「たくさん余ってるし、客室を使わせてあげてもいいんじゃない?」


「うーん、でもそれだと来客に示しがつかないのよね・・・」


「そうねぇ・・・それじゃあ、三階の部屋はどう?」


「そういえばあの部屋、予備のベッドも置いてあったわね。

客室からも離れてるしちょうどいいかも。

決まりね、じゃあ私はこいつを部屋に連れて行くわ。」


 リーズとアニエスが話し合い、俺の部屋を決める。

 どうやら普通の部屋をもらえるようだ。

 ベッドもあるみたいだし。

 最初の干草小屋とかじゃなくてよかった・・・


「ええ、お願いね。私は書斎にいるわ。」


「レミアのへやがいいなー」


 レミアはまだ言ってる。


「いいからあなたは勉強する準備をして、私の部屋に行ってなさい。」


「はーい」




 リーズに連れられ屋敷の三階へと上がる。

 三階には部屋が二つあった。

 他のフロアより若干狭いらしい。


 案内された部屋は、一人部屋としては十分すぎるほど広く立派なものだった。

 少しホコリっぽいことと窓が小さく薄暗いことを除けば、元の世界の自室より明らかに上等だ。

 物置になっていたのか少しごちゃごちゃしている。


「レミアの勉強が終わるまで時間をあげるから、この部屋を使えるようにしなさい。

邪魔なものは隣の部屋に移していいわ。

掃除道具や毛布も隣の部屋にあるから、必要な分はそこから持ってくるように。

いいわね。」


 リーズはそれだけ言うと、俺を残し下の階に戻っていく。


 あっ、聞きたいこととかも色々あったんだが・・・

 まあでも聞きたいことが多すぎて、何から聞けばいいかわからないような状況だしな。

 部屋の掃除をしながら考えを整理するか。


 じゃあまずここを異世界だと仮定して、やっぱり一番最初に聞くのは元の世界への帰り方だろうか?

 でもそういうのって早々見つかるようなものじゃないよな。

 今朝の話し合いでも、それっぽい言葉は一言も出て来なかったし。

 というかそれ以前に、俺が異世界から来たことはまだ黙ってるんだった。

 聞くとしてもそれとなくだな。

 となると最初に聞くのは、この世界についてのことだろう。

 常識や生活、奴隷の立ち位置など、聞くことは山ほどある。

 まず大切なのは生き抜くことだ。

 この世界のことを知らないままでは、いつタブーに触れてしまうかもわからない。

 あとは魔法についても聞いておきたいな。

 もし俺にも使えるなら非弱な身を守る護身術にもなるだろうし。

 あと他には・・・


 などと考えながらも、手を動かし部屋の整理をする。

 それにしても本当に色々な物が置いてあるな。

 高そうな絵画に、馬の鞍に、甲冑まである。

 誰が着るんだこれ?

 リーズかな?

 似合いそうだな。


 辺りを物色しながら、換気をするため窓を開ける。

 すると、春の清々しい青い風と共に、広い庭園の風景が目に飛び込んで来た。

 うわ、すごい!

 庭園には白、黄、赤と鮮やかに色をつけた花が咲き乱れ、その間を踊るよう楽しげに鳥や蝶々が舞っているのが見える。

 レミアに魔法をかけられた教会のような建物も見えた。

 これは良い部屋をもらえたな。




「レオー!レオー!」


 部屋の整理を続けていると、遠くから誰かの声が聞こえて来る。

 この声はレミアかな。


「いた!」


 俺を見つけたレミアは駆け寄り飛びついてくる。


「お勉強おわったよ!あそぼう!」


 レミアは抱きつきながらキラキラした目で俺を見上げる。

 リーズからも「レミアが来たら付き合ってあげて」と言われていたし、部屋の整理はこれくらいにしておくか。


「なにしてあそぼっかなー」


 レミアが俺の手を握り、楽しげに振りながら考える。


「なあレミア、良かったらこの家を案内してくれないか?

広くて迷っちゃいそうなんだ。」


 そんな提案にレミアは少し考えた後、


「いいよ!たのしそう!」


と言い、俺の手を引いて駆け出した。




「ここがみんなでごはんを食べるところで、むこうがキッチン!」


「ここがアニエスおねえちゃんのおしごとするおへや!

おしごと中は入っちゃだめ。」


「あそこはとしょしつ!」


「ここはアニエスおねえちゃんのおへやで、となりがリーズおねえちゃん。

そのとなりがレミアのだよ!」


 レミアが俺を引きつれ屋敷中をまわる。

 そして部屋に入るたびにベッドにダイブしたり、おすすめの隠れ場所を教えてくれたりする。

 かわいい。

 でも流石に俺はその大きさのクローゼットには入れないかな。

 室内が終わると外にも行き、馬小屋や教会なども一通り案内してくれた。




「ただいまー!」


 少し日の傾きかけたころに屋敷へと戻る。


「ああ、おかえりなさい。

あなたがレミアの相手をしてくれて助かったわ。」


 見ると、リーズが少し疲れたような顔で食堂の横にあるキッチンに入るところだった。


「おねえちゃんたちまだおしごとしてるの?」


「いえ、今ちょうど終わったところよ。

でも姉さんも疲れていたみたいだから、お茶を入れてあげようかと思って。

レミアも飲む?」


「のむ!」


 レミアが元気よく答える。


「よかったら俺が入れようか?」


「・・・あなたできるの?亜種なのに?」


 俺の提案にリーズいぶかしげな目で尋ねる。


「まあお眼鏡にかなうかはわからないが。」


 と言いつつ自信はある。

 前の世界のバイト先では紅茶も出していたからな。

 フッフッフ、マスター直伝のティーメイキングを見せてやるぜ。


 三人で屋敷のキッチンへと移動する。

 レミアに案内されたときに一度来たが、この屋敷のキッチンは広い。

 厨房という言い方のほうがしっくりくるかもしれない。

 食堂に続く扉もある。

 リーズが、置いてあった大きな水瓶から水を汲む。

 そして指先から火を出し、薪の入ったコンロに火をつけ温める。

 おお、今さらっと魔法使ったな。


 俺はリーズが沸かしたお湯を使い紅茶を入れた。

 リーズが香りを確かめてから一口飲む。


「・・・上手いじゃない。」


 少し驚いたような顔をするリーズ。

 マスターの技は文字通り世界共通だったようだ。

 本当に別の場所に店移せばいいのにあの人。

 そういえば残り一週間だったのにバイトさぼっちゃったな。

 流石に仕方ないか。


「それじゃあ、朝も先に起きてお茶を入れておいてちょうだい。お願いね。」


 あ、仕事が増えた。

 まあいいか。

 手持ち無沙汰のほうが居心地悪いし、朝も割りと強い方だからな。


「あとレミアと一緒に、姉さんのところにお茶を持って行ってくれる?

私は夕食を作るから。」


「リーズが作るのか?」


「そうよ。」


 へー、意外だな。

 領主って言うぐらいだから、そういう役割の使用人か何かがいるもんだと思ってたけど。

 でも確かに屋敷では彼女達以外の人を見かけない。

 こんな広い建物に三人で暮らしているのか?

 それもなんだか寂しいな。


「人を雇ってもいいのだけど、姉さんがあまり乗り気じゃなくてね。

あなた料理は作れるの?」


「うーん、料理は自信ないな。」


 マスターに教わったBLTサンドとオムライスくらいなら作れる。

 家ではカップラーメンしか作らない。


「ならとりあえずはいいわ。

でもいずれ覚えてもらうからね。」




 ティーセットを持って、レミアと一緒にアニエスの書斎に入る。

 一組の机と椅子、いくつかの本棚の並ぶシンプルな部屋だった。

 それ以外は部屋の隅に椅子が三つと丸机があるくらいだ。

 アニエスは読んでいた書類を置き、こちらに顔を向ける。


「おねえちゃん、お茶もってきたよ!」


 レミアが椅子に座るアニエスのもとに駆け寄る。


「まあ、ありがとう、レミア。」


 アニエスがレミアの頭を優しく撫でる。

 絵になるなぁ。聖母みたいだ。

 俺も撫でられたい。

 

 椅子の三つあるテーブルで紅茶を入れ皆で座る。


「領主っていうのはそんなに忙しいのか?」


 仕事用の机におかれた書類と、本棚に入れられた資料の山を見て俺は尋ねる。


「いいえ、今回はたまたま会議の準備や、解決しなきゃいけない案件が重なっただけ。

いつもはこんなに忙しくないのよ。」


 領主というだけで遊んで暮らせるわけではないのか。

 領主様なんて聞くと、座っていればお金が入ってくる仕事のように思えてしまうのは、俺が庶民だからなのだろう。




 三人でゆっくり紅茶を飲み食堂に戻ると、リーズが食事の準備を終えたところだった。


「ちょうど良かった。

今呼びに行こうと思ってたのよ。

さあ、冷める前に食べましょ。」


 見るとテーブルの上には四人分の食事が用意してあった。


「俺もここで食べていいのか?」


 俺、奴隷だけど。


「本当は別けたほうがいいのだけどね。

面倒だから来賓があるとき以外はいいわ。」


 リーズがさらっと答える。

 床で食べろとか言われなくて良かった。


 夕食はパンと、肉を焼いたものと、野菜のスープだった。

 思ったより普通だな。

 でも元の世界の貴族も、パーティーの時以外は質素な食事を食べていた、なんてことも聞いたことがある。

 そんなものなんだろうな。

 食事をとりながら、レミアが今日のことを楽しそうに話し、アニエスが微笑みながら聞いている。

 俺は黙々と食べる。

 お、うまい。

 シンプルだけど上品な味付けといった感じ。

 素材もいいものを使っている気がする。

 うまいうまい。


 ふと気が付くと、リーズが食事の手を止めこちらを見ていた。


「・・・やっぱりナイフやフォークも使えるのね。

紅茶も入れられるし、あなた本当にここに来る前はどこにいたの?」


 俺は、まだ思い出せないよ、と適当に返事をする。

 うーん、疑われてるな。

 でも話すかどうかはもう少しこの世界のことを知ってからにしよう。




 夕食後リーズと共に食器を洗い、食器や台所の使い方を軽く教わってから、与えられた部屋に戻る。

 なんだか何もできないうちに、あれやこれやと色々決まってしまったが、とりあえず初日は無事終わったな。

 仕事も家事全般がメインみたいだし、なんとかやって行けそうかな?

 明日も早いし今日はもう寝るか。

 目が覚めたら元の世界だったなんてことにならないかなぁ。

 レミアと分かれるのは少し寂しいけどね。



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