05.アニエス・ローズ
「・・・すごいな。」
連れてこられた屋敷を見上げ思わず呟く。
遠目でもわかっていたが、彼女達の住む屋敷はめちゃくちゃでかかった。
異国の昔話に出てくるような西洋風の石造りのお屋敷。
構造的には真ん中に三階建ての建物があり、その左右に少し低い二階建ての建物が二つくっついている感じだ。
リーズが彫刻の施された木製の両開きの扉を開き中に入る。
レミアは俺の服の裾を握りながら、少し後ろをトボトボと付いてきていた。
まったく状況がわかっていないというのが正直なところだが、この子にこんな不安そうな表情をさせてしまっているのは、ちょっと心が痛むな・・・
扉の先は広いエントランスのような場所だった。
天井が高く、中央は二階まで吹き抜けになっている。
明らかに一般人が住むような建物ではない。
内装も高級感があり、壁や扉、階段の手すり一つ取っても洗練された物であることがわかる。
外国の博物館みたい。
次に通されたのは、両側にずらっと椅子の並んだ長いテーブルのある部屋だった。
ここはおそらく食堂だろう。
「ここで待ってなさい、レミア。
今、姉さんを呼んでくるから。」
「うん・・・」
リーズが部屋から出て行く。
どんな人を連れて来るのだろうか。
トメさんみたいな、きつい婆さんじゃないといいな。
姉さんって言ってたしそんな年じゃないか。
裾を握る手にギュッと力が入ったことに気がつき横を見る。
レミアが潤んだ心配そうな目で俺を見上げていた。
「・・・大丈夫だよ、安心して。」
俺はそう言いレミアに笑いかける。
なにが大丈夫なのかは知らない。
まあ、レミアの不安そうな顔が少し和らいだのでよしとするか。
しばらくすると、食堂の扉が開きリーズとは別の女性が入って来くる。
レミアやリーズと同じ金色の髪を持った女性だ。
胸くらいまであるふわふわした長い髪を、軽く後ろで結んでいる。
身長はオレより少し低いくらいだが、たぶん年上だろう。
リーズとは打って変わって、柔らかい優しい雰囲気のする女性だった。
包容力のありそうな胸をしている。
あ、リーズに睨まれた。
後ろにいらしたんですね。
「アニエスおねえちゃん!」
レミアが入ってきた女性の名前を呼ぶ。
アニエスと呼ばれた女性はゆっくりとこちらに歩いてきた。
そして一度レミアに微笑みかけた後、
「私はローズ領領主のアニエス・ローズと申します。
どうぞよろしくお願いしますね。」
と俺に挨拶してきた。
おお、なんかすごい洗練された仕草だったぞ。
似合ってるなぁ。
リーズはできなそうだな、これ。
「なんで亜種に自己紹介なんかしてるのよ・・・」
リーズが後ろで文句を言ってる。
「あら、でもこの子、言葉が話せるのでしょう。
そうよね?」
アニエスが穏やかな笑顔で俺に問いかける。
「あ、ああ。」
「名前はあるの?」
「俺は 「レオ!レオっていうの!」
「まあ、聖獣レオね。
素敵な名前だわ。」
なぜかレミアが答える。
「そんなことはいいから早く話を始めましょう。
レミアも席について。」
リーズが入り口付近で話す俺たちを催促する。
あ、話が流れてしまった。まあいいか。
「ちょっと待って。」
とそこで、アニエスがリーズの言葉を止めた。
そして、また真っ直ぐ俺の方に向き直り、頬に優しく手を当てると、
「顔をよく見せてくれる?」
と言いながら、目の前にまで顔を寄せて来た。
うお、近い!
美人の顔がドアップになってる!
しかもなんかいい香りする!
目をそらすこともできず、その場で硬直する。
そして数秒後、
「ありがとう、レオ。
それじゃあ座りましょう。」
と言い、アニエスは体を離した。
あぁ、残念だなぁ・・・
もうちょっと、あと二日ぐらいああしてたかったなぁ。
いてて、なんかレミアの俺を握る手が強くなってる。
そして話し合いが始まった。
三人はそれぞれ決まった席があるのか迷わず椅子に座る。
アニエスが一番奥の、いわゆるお誕生日席で、その左右に向かい合うかたちでリーズとレミアが座っている。
俺はレミアの一つ隣の席に座った。
未だに手は後ろで縛られたままだ。
「そうねぇ、それじゃあ、一からなにがあったか教えてくれる、レミア?」
アニエスがレミアに尋ねる。
「うん。」
レミアがつたない言葉で俺と会ってからのことを話し始めた。
話を聞くと、やはり背中の傷はレミアが治してくれていたらしい。
「治したってあなた、治癒魔法の詠唱なんていつ覚えたのよ?」
リーズがレミアに尋ねる。
「ううん、なにも言わないやつでなおしたの。」
「無詠唱で治癒魔法使ったの!?
・・・いえ、レミアは魔力が多かったみたいだし、小さい傷くらいならできてもおかしくないわね。」
「大きな魔力を一度に使うのは、体に悪いからダメよ、レミア。」
「はい・・・」
俺が原因なのに怒られてる。
なんか申し訳ないな・・・
レミアが話し終わると、向かいに座るリーズが頭を抱えた。
「今朝お散歩から帰ってきてからずっとソワソワしてたから、また何かいたずらでもしてるんじゃないかと思ってたけど、こんなことになるなんて・・・」
「そうねぇ、まさか奴隷を連れて来るなんて。」
「庭で見つけたって言ってたけど、あなた亜種ってわかってて近づいたの?
いつも言ってるじゃない、結界の境界と、亜種には絶対に近づくなって。」
「うん・・・
でも、この子けっかいの中にいたんだよ!
けっかいの中にはわるいひとは入れないんでしょ?」
「うっ、そういえば確かにそう教えちゃってたかも・・・」
リーズは少し口ごもるが、すぐに「兎に角亜種には近づいちゃだめ!」と教えなおす。
「あとレミア、あなたどうやって奴隷化魔法を使ったの?
誰かに手伝ってもらったとか?」
「ううん、ひとりでやったよ。
クレアちゃんのところに行ったときに聞いたのをまねしたの。」
「あの一回で全部覚えたの!?
でも確かにうちの紋章は浮かんでたし・・・」
リーズが静かに俺を睨む。
「それに言葉が通じてる時点でもう疑いようがないわよね・・・」
と思ったら、諦めたような顔でため息をついた。
「あとはこいつが危なくないかどうかよね・・・
あなた、私たちに逆らったらどうなるか理解してるわよね。」
リーズが射殺さんばかりの目で俺に尋ねる。
口調もまるで俺が敵か仇であるかのように刺々しい。
「あ、ああ、もちろん・・・」
「・・・姉さんはどう思う。」
圧倒され思わずたじろぐ俺を見て、リーズが今まで静かに微笑んでいたアニエスに話しかける。
「大丈夫よ、この子、優しい目をしているし。」
「姉さんはまた適当なこと言って・・・」
「ふふふっ、大丈夫よね?」
アニエスは何か確信があるか、そう俺に尋ねる。
リーズとは違う、まるで家族に向けるかの様な柔らかい目をしていた。
「も、もちろん!」
何が大丈夫なのかはわからないが、大丈夫だ!
「レオ、ここにいていいの・・・?」
そんな様子を見て、心配そうにやり取りを聞いていたレミアがアニエスに尋ねる。
「ええ、いいわよ。
だけどその前に、一緒に魔法協会まで行かないとね。」
「やったぁーー!!」
レミアはアニエスの言葉を聞くと、発射されたロケットのように勢いよく椅子から飛び降り、隣に座る俺に飛びついて来た。
うーん、どうやら問題は解決したみたいだか、相変わらずまったく状況がわからない。
それにさっきから気になっていることがある。
奴隷?俺奴隷になったの?
21世紀にもなって奴隷?
「それじゃあ次はあなたね。
言葉が話せるのなら、どうしてうちの庭にいたのか答えなさい。」
リーズがこちらを見る。
「・・・その前にいくつか質問いいか?」
刺々しい態度を崩さないリーズに、俺は恐る恐る尋ねる。
「・・・いいわ、言ってみなさい。」
「ここはなんて名前の国だ?」
「バカじゃないの、国は精霊国しかないわ。
領地を聞きたいのなら、ここはローズ領よ。」
「今何年?」
「精霊暦のこと?
7100年とちょっとくらいじゃなかったかしら。
なんでそんなこと知りたいの?」
ああ、ダメだ。
今まで何とか目を逸らそうとしてきたけど、認めざるを得ない。
ここ、地球じゃないかも。
「俺は奴隷なんだよな?」
「そうよ。」
「レミアのどれいだよ!」
いつの間にか俺の膝の上に座っていたレミアが、空気を読まず嬉しそうに言う。
レミア待って今それどころじゃない。
「奴隷は何をさせられるんだ?」
「何って何でもよ。
死ぬまで働いてもらうわ。」
「ダメだよ!レオはレミアのだよ!」
レミアが取られそうなおもちゃを守るかのように、俺の首に抱きつく。
ああ、せっかくレミアがかわいいのにショックで反応できない。
「もういい?
じゃあどうしてうちの庭にいたのか話しなさい。」
どうする?
全部話すか?
俺は日本で生まれた、こんな扱いは人権に反している、と。
いや、待て、冷静になれ。
さっきまでの話からすると、俺は亜種というものとして認識されているらしい。
しかも亜種は明らかに迫害されてる。
亜種には近づくなと子供に言い聞かせるくらいだ、間違いないだろう。
思い返せば教会で会ったときも、リーズは一目見るなり俺を敵と認識していた。
レミアが自分の奴隷と言い庇ってくれなかったら、おそらくあの時点で俺は殺されていたのだろう。
ということは奴隷になるのを避けてここから逃げても、きっと未来は無い。
見るなり剣を向けられるなら人目の付くところには行けないし、あんな凶暴なオオカミがうろうろしているような世界じゃ、人里離れた場所で一人で生きていく、なんてことも不可能だろう。
じゃあ少なくとも、状況がきちんとわかるまでは、ここにいた方がいいんじゃないか・・・?
「・・・どうしたの、話せないの?」
リーズが不審そうな顔でこちらを見る。
「い、いや・・・」
言葉に詰まる。
「実は・・・記憶が無いんだ。」
嘘をついてしまった。
・・・いや、でもこれでいい。
もし、異世界から来ました、なんて言って怪しまれたらまずい。
こんな頭のおかしい奴隷は殺そう、なんていう風になるかもしれない。
「記憶が無い?」
「気が付いたら森の中にいたんだ。
そこでオオカミに襲われて、当ても無く逃げ続けたら、ここにたどり着いたんだ。
そこからはレミアの言った話と同じだ。」
「どうやって結界の中に入ったの?」
「それもわからない。
とにかく死に物狂いで逃げたら、ここにいたんだよ。」
そもそも結界が何を指しているのかわからない。
リーズが納得いったのかいってないのか微妙な顔をする。
「・・・まあいいわ、制約で嘘はつけないはずだし。
あとで亜種結界の魔方陣も確認しなくちゃいけないわね。」
リーズはそう言い立ち上がる。
「私からはもうないわ。
姉さんはなにかある?」
「いいえ、私もないわ。
これからよろしくお願いしますね、レオ。」
「精々よく働きなさい。」
「よかったねレオ!」
俺の膝に座っていたレミアが、花が咲いたような笑顔でこちらを見上げる。
うっ、打算的なことを考えてた上に嘘ついてるから、レミアの純粋な目が痛い・・・
奴隷化魔法の正確な内容は数話先です。