14.制約
前回の続きです。
「ねえ・・・あなた・・・
どうしてあいつらに攻撃できたの・・・?」
青ざめた顔でリーズが尋ねる。
「それに確か私、クレアのところで待ってなさいって言ったわよね。
どうしてここにいるの?」
なんだ?
急に青くなったからなにかと思ったら、後を追ってきたことを怒ってるのか?
さっきはありがとうって言ってたのに?
「言い付けを破ったのは悪かったと思ってるけど、緊急事態だったし仕方ないだろ?」
「悪かったって・・・
あなたなんとも無いの!?」
「ん?なにが?」
いまいち話がかみ合わない。
「もしかして・・・制約がかかってないの?」
制約?
制約って魔法協会に行ったときに話してたやつか?
それってこの手の甲の紋章のことじゃないのか?
ポカンとしている俺の顔を、リーズが厳しい表情で、探るように見つめる。
そんな顔で見つめられたら照れるぜ・・・
口には出さない。
出したらたぶん殴られる。
見つめ合った状態で数秒沈黙したのち、リーズが腰につけていた剣を抜いく。
え、なんで剣を抜くの!
まさかお仕置き!?
真剣で!?
と思ったら、リーズは剣の持ち手の部分をオレに向け、
「この剣で私を攻撃しなさい。」
と言う。
「え、冗談だろ?」
「いいから早く!」
なんかすごい怒ってるような・・
さっきまでめっちゃやさしかったのに。
まあリーズは盗賊数人を一瞬で倒しちゃうくらい強いし、俺の攻撃じゃあ万が一にも怪我はしないだろう。
「じゃ、じゃあいくぞ。」
「早く!」
わかったよ。
左肩あたりに向かって斜めに剣を振り下ろす。
リーズはそれを片手で掴んで止めた。
おお、すげぇ。
「本当になんとも無いの?」
「だから、なんともってなんだよ!説明してくれ!」
「そう・・・」
リーズは少し残念そうな顔をする。
そして、
「ぐふぅ!」
次の瞬間、俺はみぞおちに肘打ちをくらっていた。
ローズ家のお屋敷の食堂、リーズ、レミア、俺の三人は席に着く。
ちなみに俺は両手を後ろで縛られている。
初めてここに来たときのことを思い出すな・・・
違うのはアニエスがいないことぐらいか。
まあ、何度も経験したいような状況じゃないけどね。
事件の後処理は後から来た騎士連合の人たちに任せて、俺たちはすぐに屋敷に戻ってきた。
襲ってきた盗賊は、最近この近くにやって来たやつららしい。
騎士連合は首都にいくアニエスの護衛で手薄になっており、そこを狙われたという話だ。
「おねえちゃん、どうしてレオはしばられてるの?
いけないことしたの・・・?」
レミアが不安そうに尋ねる。
まあそれも仕方がない。
いきなり怖い顔で呼び出されたと思ったら、俺が縛られた状態で座ってるんだから。
帰ったら甘やかそうと思ってたのになぁ・・・
「その前にレミア、あなたが奴隷化魔法を使ったときのことを、もう一度教えて。」
「・・・うん。」
レミアが再度、俺と会ったときのことを話す。
「・・・あなた、奴隷化魔法かけたとき、どこまで詠唱したの?
ちゃんと最後まで唱えた?」
レミアからの話を聞いたあと、リーズは更に尋ねる。
「うん、全部したよ?
――、――――、――― ってとこまで。」
「その後は?」
「そのあと?」
レミアが首をかしげる。
それを見たリーズはテーブルに肘をつき頭を抱えた。
「・・・大丈夫かリーズ?」
「大丈夫か?じゃないわよ!
あなたの話をしてるのよ!
わかってるの!?」
心配したらガチ切れされた。
すみません、まったくわかってないです・・・
「おねえちゃんどうしたの・・・?」
レミアも分かっていないみたいだ。
「・・・レミア、授業で教えたわよね。
奴隷化魔法は、亜種を制約で縛ることで奴隷にする魔法だって。
レオにはその制約がかかってないのよ。」
「でもレオはいい子だからだいじょうぶだよ。」
「そういう問題じゃないの!」
あぁ、レミアがしゅんとなってる。
可愛そうだけど、落ち込んでるレミアもかわいい。
「リーズ、俺にも状況を説明してくれないか?
何の話をしてるかわからない。」
「いいわ、説明してあげる。
あなたがかけられた奴隷化魔法、レミアは途中までしか詠唱してなかったみたいだけど、本当は最後に、かけたい制約を言うことでそれを奴隷に課すことができるの。」
ふむふむ。
「そして、そのとき必ずかけなきゃいけない制約、必須制約っていうのが決められていて、それが、
『精霊族の財産を害すると痛みが走る』、
『嘘をつくと痛みが走る』、
『術者の命令に背くと激痛が走る』、
『精霊族に攻撃しようとすると激痛が走る』、
『精霊族を殺めると死亡する』、
『術者から逃亡すると死亡する』、
『奴隷化されていない亜種に加担すると死亡する』の7つ。
奴隷化魔法って言うのは、制約で縛り、痛みと恐怖で従わせる魔法なの。
あなたにはそれが一つもかかって無いのよ。」
・・・え?
痛みが走る?激痛が走る?死亡する?
なんだそれ・・・
俺にはかかってないって言ってるけど、そんなのかけられたら絶対に反抗なんてできないじゃないか。
元の世界の奴隷より酷いんじゃないか?
「本当は、必須制約は魔法協会での登録の時に確認されるんだけど・・・
あなたの時は、その、初めからおとなしかったし・・・
家で反抗する意思が無いのも聞いてたし・・・
レミアも泣き出すだろうし・・・
だから、その、かかってるものだと思ってて・・・
確認は省略してもらっちゃったと言うか・・・
どうして私、いつも肝心なところでうかっりしちゃうのかしら・・・」
リーズがまた頭を抱える。
「確認って、どうやって確かめるんだよ・・・」
落ち込んでるところ悪いが、俺は今それどころじゃない。
正直、この世界の奴隷に対しての認識が甘かった。
パニックになりそうだ。
「・・・『死亡する』制約は確認のしようが無いから、
『精霊族の財産を害すると痛みが走る』、
『術者の命令に背くと激痛が走る』、
『精霊族に攻撃しようとすると激痛が走る』、
の三つだけ実際に発動させて確認するの。
制約がかかってないことがわかったら、その奴隷は処分されるわ。」
やっぱり殺されるのか・・・
「確認方法には4ステップあって、まず最初に、術者が奴隷紋に魔力を流して正式な術者であるか確認するの。
正式な術者の場合は奴隷紋が光るわ。
これはやったわね。
次に、術者の他の命令が制約確認の邪魔をしないように、術者に『これまでの命令を取り消す』という命令を出させるの。
三つ目が、魔法協会の用意した陶器を奴隷に割らせること。
陶器を割った奴隷が苦しんでいるのを見て、『精霊族の財産を害すると痛みが走る』の制約を確認するのよ。
最後に刃を潰した剣を奴隷に持たせて、目の前の武装した魔法協会員に攻撃しろと命令するの。
それで、『精霊族に攻撃しようとすると激痛が走る』の制約が確認できたら、制約確認は終わりよ。
何度やっても制約が確認できないときは、その場で処分されるわ。」
え、えげつない・・・
制約がかかっていたら、どんなに酷い命令を出されても、その命令か激痛かの二択ということか。
レミアはそんな命令しないだろうけど、流石に恐ろしすぎる・・・
「ち、ちなみに激痛っていうのは、どのくらいの痛みなんだ・・・?」
「亜種の種類にもよるけど、『激痛が走る』の制約は数秒痛みに悶えたあと気絶して、半日は目を覚まさないほどの痛みみたいね。
『痛みが走る』の制約はある程度のものに抑えてあるわ。
仕事中ミスするたびにいちいち気絶されても困るしね。」
聞けば聞くほど酷い話が出てくるな・・・
心が折れそうだ・・・
レミアのほうを見る。
レミアは涙目になった心配そうな顔で俺を見上げている。
あぁ、かわいぃ、いやされるぅ。
少しだけ落ち着きを取り戻した。
・・・じゃあ、一番肝心なことを聞くか。
「その・・・制約をかけ直すことは可能なのか・・・?」
声が震える。
「制約を消したり、かけ直したりすることはできないわ。
『術者の命令に背くと激痛が走る』
の制約を使って、命令の一つとして制限を増やすことはできるけど。
『誰々の命令も聞け』みたいに命令してね。
これは元の術者が命令を取り消せば消えるわ。
でも、あなたにはそれすらかかってないからね・・・」
「よ、よかった・・・。」
安堵に、おもわず声が出る。
「よかったじゃないわ!
あなたこのことがバレたら処分されちゃうのよ!
わかってるの!?」
あ!そうか!
過酷な制約がかかっていないことに安心していたが、逆に制約がかかってないことが分かれば、俺は殺されるのか!
制約がかかっていたほうがよかったのか・・・?
いや、どっちにしろ地獄か。
「騎士連合で仕事をしている時にバレなくてよかったわ。
あなたを外に出すのは危険ね。
あなたが撃った魔法だって、見られたのが盗賊だけだからまだよかったけど・・・」
リーズが暗い表情で考え事を始める。
だけど、ちょっと待ってくれ。
「なあ、リーズ・・・
・・・俺はここにいていいのか?」
亜種はこの世界では危険な生き物のはずだ。
今までは制約がかかってると思って、ある程度安心していたのだろう。
だが制約がかかっていないなら、奴隷であろうとなかろうと関係ない。
俺は乱暴などしないと誓えるが、この世界の人間からしたら、肉食獣を放し飼いにしているようなものだろう。
受け入れられるわけが無い。
「・・・そんな怖い顔しなくて大丈夫よ。
追い出したりなんかしないわ。
今までも制約がかかってないのに、真面目に仕事をしていたものね。
それに、あなたはもう・・・その・・・
うちの家族なんだから・・・」
「え?」
最後、声小さかったけど、いま家族って言ったよな?
あのリーズが!?
「そ、それにあなたを処分なんかしたら、レミアがまた泣きじゃくるでしょ!それだけよ!
それより早く晩御飯作ってちょうだい。
お腹すいたわ!」
リーズはそう早口に言い、そっぽを向いた。
顔が赤くなってる。
唖然としていると、横にいるレミアが俺の服を引っ張る。
「よかったねレオ!」
さきほどまで不安で泣き出しそうだったレミアも、俺を見上げ笑った。
・・・今日の夕飯は腕によりをかけて作ろう。