09.夜の授業
この世界に来てから一週間が経った。
朝、誰よりも早く起きお茶を入れる。
一週間で食事を作るのも俺の役目になった。
ちなみに、まだリーズの方が料理は上手い。
夕食を作るときは横でアドバイスしてもらう。
朝食後、玄関を掃き、二頭いる馬の餌やりをし、庭にある井戸で四人分の服を洗濯する。
といってもこの家の人たちはあまり服を着まわしたりはしないようで、大抵は下着くらいしかない。
そう、下着くらいしかない。
この世界にはお風呂がないので、このときついでに水浴びも済ます。
その後は毎日屋敷の色んな場所を少しずつ掃除する。
頃合を見て、庭に設置されたテーブルにお茶とお菓子を準備する。
正午になると、勉強を終えたレミアとリーズ、少し遅れてアニエスも降りてくる。
この世界の食事は朝と夜の二食で、人によってはお昼に簡単な間食をとるらしい。
ローズ家ではお昼のティータイムが日課のようだ。
ティータイムの後はレミアと夕方くらいまで遊ぶ。
帰ってきたら夕食を作り、その片付けが済んだら眠る。
これがだいたいの一日の流れだ。
最初に奴隷と言われたときには暗い未来も想像したが、正直今は充実した日々を送っている。
レミアとの時間もいい息抜きになってるしね。
ただひとつ困っていることがある。
未だにこの世界のことを何も知らない。
基本お屋敷に引きこもってるから、外の情報も入ってこないし。
一緒に遊んでいるときレミアにも色々聞くのだが、それもいまいち要領を得ない。
例えば亜種について聞いても、
「うーんとね、レミアたちを食べちゃうこわい人たち!」
といった感じだ。
かわいい。
というわけで、
「リーズ、色々聞きたいことがあるから、この後時間をとってもらっていいか?」
夕食後リーズに尋ねる。
「なによ急に。
聞きたいことって?」
「いや、魔法とか奴隷とかについて知らないことが多すぎるから、ちょっと聞きたいなと思って。」
「そういうことね。
いいわ、じゃあ片づけが終わったら私の部屋に来なさい。」
おっ、やっぱりOKしてくれた。
リーズは日ごろツンツンしてるけど、なんだかんだ言って面倒見がいいからな。
・・・アニエスに頼んでも良かったか?
いや、夜に私室でアニエスと二人っきりなんて、きっと緊張でなにも頭に入らないだろう。
そういうわけで現在、俺はリーズの部屋に来ている。
小さな四角いの机をはさんで、リーズと向かい合うように座る。
いつもはここでレミアに勉強を教えているのだろう。
ちなみに先ほど、リーズの部屋なら緊張しない、みたいな言い方をしたが、あれは嘘だ。
なんてったって薄い寝巻きの美少女と薄暗い部屋に二人っきりだ。
もう緊張のあまり喉は乾くし、背筋は伸びるし、目は泳ぐし。
最高に嬉しいです、はい。
「で、聞きたいことってなに?」
おっと、変なこと考えてる場合じゃなかったな。
「あ、ああ。
とりあえず魔法について聞きたい。
あれは俺も使えるのか。」
日ごろの生活を見ていると、料理の火をつけるだけでなく、水を出して髪を流したり、風を生み出して高いところの物を取ったりと、様々なことに魔法を使ってる。
簡単な魔法が使えるだけでも日ごろの作業がぐっと楽になるだろう。
「基本的に亜種は魔法を使えないわ。」
あ、そうですか。
がっかりだな・・・
「でもそうね・・・
たしか言葉を覚えさせた奴隷なら、詠唱さえできれば魔法は使えるって、どこかで聞いたことがあるかも・・・」
「そうなのか!」
「実際に見たことはないけどね。
まあいいわ。
レオ、ちょっと私の言ったことを復唱してみて。」
「お、おう!」
「いくわよ。
―――――、――――、――――――、――――――――。」
リーズが手の平を上に向け、聞きなれない言葉を発する。
すると、野球ボールほどの火の塊が目の前に現れた。
「ちょ、ちょっと待って!
全然聞き取れなかった!」
「早かったかしら?
簡単なフレーズなのだけど。」
そう言い、リーズは手の平に出した火を消してから、もう一度、先ほどよりゆっくり詠唱を行う。
俺は何とか聞き取れた前半の一言か二言を復唱する。
すると、指からノロノロと何かが流れ出す感覚と共に、マッチほどの小さい火が指先に灯った。
おお!できた!!
と思ったらすぐに息を吹きかけたように消えてしまう。
なんかリーズのとは全然違うな・・・
「ちょっとした実験のつもりだったんだけど・・・
よかったわね。
不完全ではあったけど、一応魔法は出てたわよ。」
リーズが少し驚いた表情を見せた後、優しく誉めるように成功を告げる。
やった!じゃあ俺もこの世界では魔法が使えるのか!
いずれは空とかも飛べちゃったりするのかな!?
「とりあえず魔法の練習は今度にして、説明を続けましょうか。」
おっとそうだった、今日はそのために来たんだった。
正直このまま魔法のレッスンに移ってもいい気分だけど、まあまずは当初の目的を果たすか。
「ああ、頼む。魔法の説明だよな。」
「ええ。
まず魔法には、無詠唱魔法、詠唱魔法、魔方陣魔法の三種類があるの。
簡単に説明するわね。
無詠唱魔法は、起きる現象をイメージするだけで発動できる魔法よ。
でも制御に膨大な魔力と集中力を必要とするし、起こせる威力も精度もとても不安定な魔法だから、実戦ではほとんど使われないわ。
せいぜい魔力の多い人が、日常で詠唱を面倒くさがって使うくらいね。」
なるほど。
そういえば、ここに来てから見た魔法ってほとんど無詠唱だな。
ということはローズ家はみんな魔力が多い方なのか。
「詠唱魔法は詠唱を行うことで出せる魔法。
あなたがさっきやったやつね。
詠唱ごとに出せる魔法も威力も決まってるけど、適当な魔力で、安定した威力を出せるの。
普通の人が魔法を使うって言ったらこれね。」
リーズは説明を続ける。
「魔方陣魔法は詠唱魔法の大規模なものって感じね。
イメージが難しくて、発動に難解なプロセスのある魔法でも、描かれた魔方陣に魔力を流し込むだけで発動できるわ。」
「ほー、それはすごいな。
・・・あれ?
でも俺、まだ一回も魔方陣なんか見たことないぞ?」
「魔方陣魔法は日常では早々使われないわ。
まず、魔方陣は描くの自体がすごく難しいの。
基盤となる円の形から、文字の形、文字の配置まで寸分違わず作らないと上手く作動しないの。
素人が描こうと思って描けるものじゃないわ。
それに、魔方陣で出すような複雑な魔法を使う機会なんてほとんどないしね。」
へー、でも話を聞くに、魔方陣があれば詠唱せずに魔法が出せるってことか。
「なあ、その魔法陣って、日常でちょっと使う用のものとかは無いのか?
それか、威力とか範囲とかをいじれるのは・・・?」
「無いわ。
何を考えてるかは知らないけど、詠唱や魔方陣の解析はとても難解で、魔法学者って呼ばれる、高位の魔法使いで魔法研究を生業としている人でさえ難しいの。
詠唱や陣をいじって、好きなように使おうなんて不可能よ。
新しい詠唱か魔方陣を一つ編み出すだけで、数年遊んで暮らせるほどのお金が国からもらえるくらいなんだから。」
そうか・・・
じゃあやっぱり、地道に詠唱を覚えて行くしかないんだな・・・
無詠唱魔法もめちゃくちゃ魔力使うって言ってたし、魔方陣魔法もそんな使い勝手のいいものではないみたいだしな。
でも詠唱を聞くときだけ、レミアに魔法をかけられる前の外国語を聞いてる感覚になるんだよなぁ。
先は長そうだ。
次話に続きます。