プロローグ
来た!ついに来たぞ!
新しいゲーム用PCを買う時が!!
思い返せばつらい日々だった。
高校に上がりオンラインゲームを始めたはいいが、手元にあるのは親のお下がりの旧型も旧型。
大丈夫とは言ってくれるが、3回に1回は回線落ちする俺はギルドでは地雷扱いだっただろう。
そんな状況とも今日でおさらばだ!
バイトでためた129,800円!
これでゲーム用PCを買い今度こそ俺は頼れる男になる!
バイト先の喫茶店とも今週いっぱいでお別れだ。
渋いマスターの醸し出すおしゃれな雰囲気に誘われ、そこでバイトを始めたが、ひどい店だった。
何がひどいって客に婆さんしか来ない。
それもそのはず、うちの近所は高齢化の進む住宅街。
近くの小学校には各学年一クラスづつしかなく、中学校・高校も歩いていけるような距離にはない。
そうなれば、どんなにおしゃれな喫茶店でも、ジーさんバーさんの溜り場になる。
特にうちの喫茶店は、地区のボス的存在の婆さん(トメさん)が根城にしており、客にはその婆さんと取り巻きしか来ない。
まあそれで結構な人数になるから、お店的には儲かってるんだけどね。
でも入ってきた人を一斉に睨むのは止めて欲しいな。
店先の掃除から戻るとき、いつもギョッとする。
今はもうあの喫茶店が、ヤーさん御用達の昭和のバーにしか見えない。
婆さんたちがヤクザ連中で、マスターが美人のママ。
しっくりくるな。逆だけど。
まあそんなことは心底どうでもいい。
今はとにかくPCだ!
今日の予定は、午前中に近所では一番大きい市街地まで行き、銀行でバイト代を下ろしゲーム用PCを買う。
今は電車に乗りその市街地を目指している最中だ。
そしてPCを買ったら直行で家に帰る。
パパッと設定を終えれば、後はゲーム三昧だ。
フフフッ、にやけ顔を抑えられない。
あれこれ妄想しているうちに銀行に到着した。
思わず小走りになってしまうな。
警備員が不審そうな顔で俺を見ている気がする。
い、いや、やましいことは何もない。
少しテンションがハイになっているだけだ。
自分で汗水たらして稼いだお金だしね。
さーて、ちゃんと振り込まれているかな。
お!思ったより少し多いな。
じゃあ少し多めに下ろして、何かゲーム中に食べるものでも・・・
ダンッ!ダンッ!
「キャーーー!!!」
突如、日常では聞き覚えのない破裂音と、切り裂くような叫び声があがる。
音のしたほうを振り向くと、黒い目出し帽をかぶった異様な雰囲気の男が二人、受付カウンターの前に立っていた。
一人は拳銃を天井に向けて立っており、もう一人は刃渡り20センチはあるナイフを見せつけながら、周囲を威嚇している。
銀行強盗!?
う、嘘だろ・・・
とにかく逃げなきゃ!
引き出したバイト代をポケットに突っ込み、背後の出口をうかがう。
しかし、
「誰も動くな!動いたら殺すぞ!!」
ナイフを持ったの男の言葉に思わず体が固まる。
お、俺に言ったのか?
もしかして見られてる・・・?
い、いや、大丈夫だ。
幸い今いるATMのコーナーは入り口の近く、ダッシュで駆け抜ければ逃げられる!
その時、俺の右斜め後ろにいた警備員の男から何か話し声が聞こえた。
見ると、トランシーバーをうまく隠しながら誰かと通信を行っている。
「繰り返す。こちら○○支部勤務斉藤。
現在銃を持った二人組みが」
ダンッ!!
警備員が倒れる。
警備員のからだの下に赤い水たまりができる。
言葉が出ない。
あちこちで悲鳴が起こる。
「う、うるせえぞ!
こいつみてぇになりたくなかったら、今すぐ全員部屋の角に集まりやがれ!
入り口にいるやつもだ!」
強盗と目が合う。
興奮し血走った目は、まさしく俺に向けられていた。
抵抗することは出来なかった。
銀行内にいる人間は、金を詰める作業をするもの以外、全員入り口から一番遠い部屋の角に集められた。
俺もその中にいる。
・・・どうしてこうなった。
俺が何か悪いことでもしたか!?
どうか助けて下さい神様!!
バイト先の喫茶店で聞こえてきた近所の裏事情を母親にリークしたことは謝るから助けて!
「うっせぇんだよガキ!」
唐突な怒鳴り声で我に帰る。
声のした方を見ると、ナイフを持った方の男が、泣いている2、3才くらいの男の子とその母親に向かって大声をあげている。
「すみませんすみません!
小さい子供なのでどうか許してください!」
母親が震えた声で謝る。
「こっちはな、そういうの関係ないんだよ!
もう一人殺してるしなぁ!
だいたい前から気に食わなかったんだ!
こっちが朝から晩まで死ぬほど働いて、毎晩寒くて汚ねぇ部屋でひもじい思いしてるってのに、お前らはバァカみてぇに幸せそうな顔してよぉ。
オイッガキ!テメーに言ってんだよ!」
おいおい言ってることめちゃくちゃだぞ。
もう一人の方早く止めろよ・・・
いや、拳銃を持った方の男は我関せずといった風に淡々と銀行職員に金を詰めさせている。
期待はできない。
クソ!どうにかできないか!
もういっそ、何かして俺の方に注意を向けさせるとか?
あんな小さい子が危険にさらされるよりまだマシだろう。
でも、興奮した強盗をこれ以上刺激するのも・・・
あー、早く金を詰め終えてくれ!
とそのとき、口汚く親子を罵っていたナイフの男が、ハッと何かに気が付いたかのような表情をし、 親子を罵倒する言葉を止めた。
そして、感情の消えた顔でぼそっと、
「そうか、関係ねぇんだよな。
もう関係ねぇんだ。」
と呟き、泣いている少年の前に膝を曲げて屈む。
男の目を見てゾクリとする。
なにかが振り切れたような目だった。
ヤバイ。
そう感じ、体が勝手に動く。
「とりあえず死んどけ。」
男が少年に向かってナイフを振り下ろす。
ザクッ
ナイフは俺の背中に刺さった。
気が付くと俺は、親子をかばうようにして間に割って入っていた。
そのまま床に倒れる。
母親の悲鳴と、男の舌打ちの音が聞こえる。
拳銃を持った男がナイフの男に話しかける。
二人組みが荷物を持って走って外に出て行く。
俺の周りに人が集まってくる。
母親が泣きながら何か俺に話しかけている。
ああ、
だめだ、
もう、
目を開けていられない・・・