こんな夢を観た「塀の中の生活」
魔が差したとしか言いようがなかった。
わたしは、御徒町の駄菓子屋で、店先に並んでいた「うまいチョコ・めんたい味(税込み108円)」を盗んでしまったのだ。
「ややっ、ドロボーっ! うちのうまいチョコ・めんたい味(税込み108円)を1本、盗んでいきやがった。誰か、そいつを捕まえてくれっ!」頭の禿げ上がった、80過ぎの店主が通りに向かって大声で叫ぶ。
通りかかった者が一斉にわたしを囲み、あっという間に取り押さえられてしまう。
「すみません、出来心だったんです。うまいチョコ・めんたい味(税込み108円)はお返しします。だから、許して下さい」わたしはべそをかきながら詫びる。
「商品を返せばいいってぇもんじゃない。盗みは大罪なんだ。警察に突き出すより、ほかはあるめぇ」店主は容赦しなかった。
わたしは懲役7年の実刑で、こうして檻に入れられている。
部屋は個室で4畳半、畳敷き。トイレ・バスは兼用。冷蔵庫、電子レンジ、テレビ、パソコンなど、生活に必要な物はすべて揃っている。
ついでに言えば、頑丈な金属製扉には鍵が掛かっていない。自由に施設内を出歩くことができた。
売店はコンビニ並に品揃え豊富だし、それで足りない物があれば、門を出て、5駅までなら、申請なしで外出も許されている。
「それに、インターネットが繋がっているから、アマゾンでも買えるしね」考えたら、自由に暮らしていた頃と、何1つ変わらなかった。
朝、昼、晩、と食事の時間がくると、刑務所内にある服役囚用食堂へ行く。ここのカレーライスがまたおいしい。入所して1ヶ月になるが、週に4度の昼ご飯はカレーライスだ。
酢漬けのラッキョウをスプーンで端へ寄せながら、他の囚人達の噂話に耳を澄ます。
「来週あたり、ヘンリーが出所するらしいな」
「あの模範囚のか?」
「ああ。すると、あれだ。新しい模範囚が選出されることになるわけだ」
「こりゃあ、チャンスだぞ。うまくすりゃあ、お前。わしら、10年の懲役が5年は短くなるかもしれないもんなあ」
10年が5年なら、わたしの7年も3年半に縮む計算だ。今から行儀よくしていれば、目をかけてもらえるだろうか。
ぶらぶらと自分の牢へ戻る道すがら、廊下でばったり会った所長に声をかけられる。
「おお、むぅにぃ。ちょうどよかった、お前さんに話があってね」
これはもしかすると、模範囚の打診だろうか? 鼓動が急に速くなった。
「どんなお話しでしょうか、所長?」かしこまって、そう尋ねる。
「うん、お前さんさえよければ、なんだが」コホン、と咳払いをすると、話を続けた。「ブログを立ち上げて、毎日、書いちゃもらえんだろうかね」
「ブログ……ですか?」なんだ、模範囚になってくれ、という話じゃないのか。
「だって、うまいチョコ・めんたい味(税込み108円)を1本かっさらったくらいで懲役7年なんぞ、前代未聞じゃないか。ネットで広く情報発信などしたら、話題になること間違いなしだ。この刑務所だって、きっと人気沸騰、大入り満員になるだろう」
みんなして刑務所に入りたがったら、それこそ問題なのでは。
でも、ちょっと面白そう。毎日することもなく、だらだらと過ごすのは、いい加減、飽き飽きしていた。
「何を書いてもいいんですか?」
「おっ、やってくれるか。ああ、いいよ。なんでも、好きなことを書きゃあいい。うちの刑務所、ぎりぎりの予算でやっててさ。このままだと、収監者ともども、路頭に迷いかねない」
さっそく、午後からブログの設営を始めた。
「タイトルは――」机の前で、ぼけーっと考える。何しろ、記事の玄関口だ。ちゃんとした名前をつけなくちゃ。
さんざん知恵を絞って、「塀の中のうまいチョコ」とした。
やはり、特殊な場所から書いているせいだろうか、初日から異常なほどのアクセスを集めている。
「実力じゃないってわかってはいても、まんざらでもないよね」独り、パソコンに向かいながらも、顔が緩んで仕方ない。
コメントもたくさん寄せられているが、中には勘違いしている人もいて、こんなことを書いている。
〔初めまして、むぅにぃ様。驚きです、独房の鉄格子が「うまいチョコ・めんたい味(税込み108円)」でできているだなんて!〕
……そんなわけ、ないじゃん。囚人、1人残らず逃げちゃうって。