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魔法使いにできること

作者: 紅茶

外では蝉がじわじわと鳴いている。

うだるような暑さは確実に俺の体力を蝕んでいく。

世間は夏休みということで浮かれているが、高校2年生の俺たちにとっては

そろそろ進路を決める時期である。

進路希望表を前にして、暑さとはまたべつの種類の汗がたらり、と流れた。


進路か……俺たちの通う高校は、一応進学校なので、ほとんどの人間が大学へと進学する。

なので俺もまあ、流れに逆らう理由もないので、一応大学進学を希望している。

文理選択については、文系に早々しぼっていたので特に悩まなかった。

文系といえば、文学部か法学部、経済学部あたりか。

個人的には文学部に興味があるが、つぶしは利かないそうなので、

結局は経済学部あたりにいくことになるんだろうな…そんなことをぼんやりと進路希望表を眺めながら

考えていた。

我ながら主体性がないと自分でも思うが、まあ、明らかに明確な目標を持って進むやつのほうが少ないだろう。普通の学生なんてこんなものだ。

だけど俺が大学に行く意味ってあるんだろうか……。


「ユーキ、お前人の話聞いてる?」

「は?ああ、悪い全然聞いてなかった」

「なんだよ、人が注意事項説明してやってるって言うのに。ちゃんときけよなー」

「悪い、考え込んでた」

「別にいいけど。ぶっちゃけ俺も学校で全然聞いてなかったしな」


だから、あとでわざわざもう一回ききにいったんだぜ、と照れたように明るく笑う。


「わざわざ悪かったな」

「気にすんなよ。それより早く学校こいよな。お前がいないとつまんねぇ」


今度は少しすねたように言った。

コロコロとすぐに変わる表情は、毎度のことながら見ていて飽きない。

俺が体調を崩すたび、わざわざ必ず書類を届けにくる律義で友人思いのアキラは

実は我が校始まって以来の天才として名高い男である。

だが、それと同時に変人としての名もほしいままにしているのも残念ながら事実である、らしい。

例えば、夏バテに効く栄養剤を作ろうとして化学実験室を爆発させた事件は、

もはや有名すぎて語る気にもならない。

本人曰く、「すまん、元気が出る成分を入れすぎた。」そうだが、どんな成分だ。

飲まされる予定だった俺としては、まったく気が気ではない。


よい意味でも悪い意味でも目立つアキラと、特に目立つ存在ではない俺の仲がよいという事実は、

自分でもいまだに不思議ではあるが、そこには何か特別な理由があるわけでもなく、

なんのことはない、幼稚園時代から続く幼馴染という名のただの腐れ縁である。

変人扱いされることもあるが、確かに優秀であり、将来を期待された男なのは間違いがない。

まったく俺とはどうしてこうも違うのか。


「アキラは大学どうすんの?やっぱ理系?」

「俺は魔法使いになる!」

「……」


あまりに予想外すぎて思わず言葉につまる。というか答えになっていないし。

マホウツカイ?それは職業なのか?


「……あー、それはその、30歳まで童○を守り抜いたものは、見事魔法使いになれるという

伝説を実現するという意味で?」

「いや、ちげえよ!そっちについては早々にさよならしたいと思ってる!……できたらいいよな……」

「同意を求めるな」


かなしくなるだろうが。

ちなみに俺たちの通う高校は、男子校である。

共学に通う恵まれたリア充たちよ、爆発しろ。

……ついつい本音が出てしまったが、今はそれはどうでもいい。


「もう一回聞くけど、何になるって?」

「いや、だから魔法使いだって。」

「……ええー……」


そもそも魔法使いってなろうとしてなれるもんなのか?

俺が知らないだけで実はみんな魔法が使えるのが当たり前だったのか。

だとしたら、ちょっと損をしているような気さえするな。

なんとなく興味がわいてアキラに尋ねた。


「魔法使いってどうやったら、なれるんだよ」

「国家資格の免許だからな。魔法の基礎についてみっちり学んだのち、試験を受け、合格し、

技を磨きぬくことで晴れて魔法使いの名を名乗れる。」

「国家資格なのか。魔法使いも、結構大変なんだな。」

「ああ、毎年狭き門らしいが……必ず、なる。だからまず第一の目標は医学部に合格することだ!」

「…は?それつまり医者じゃん」


うっかり本気にした俺が馬鹿みたいじゃないか。

魔法=医学ってことか?

魔法使いとか紛らわしいこといわずに、素直に医者になるっていえよ。

思わず脱力していると、アキラはぜんぜん違う!と否定した。


「ばか、魔法使いでいいんだよ」


いいか、とアキラは熱弁をふるい始めた。


「俺の目的はただ医者になることじゃない、超一流の医者になることだ。

魔法使いとはつまり、普通の人間にはできないことができる人間だ。

「全てをかなえる力を持つ者、万能である」ということだと俺は思う。

そして、超一流の医者とは、普通の医者には治せないものも治すことのできる人間だ。

つまり、「万能」だ。そんな人間をただ医者というだけで普通の人間と同じカテゴリーに括ってしまっていいものだろうか、いや、良くない。断じて良くない!」

「ほう」

「故に、俺は敬意をこめて超一流の医者を魔法使いと呼んでいる。

そして俺も同じ存在に、魔法使いに、なる!俺は「医者」を超える存在となる!」

「はあ……」


正直何を言っているのかさっぱりわからない。

困惑を隠せない俺をしり目に「ハーハッハッハー!」と高笑いを続けていたアキラだったが、

ふとひどく真剣な表情になり、何かを乞うように、俺をじっと見つめて言った。


「だからさ、ユーキ。お前の病気なんて、俺が簡単に直してやるから。

生きることを、あきらめるなよ。」

「アキラ……」


知ってたのか。

そう目線で問いかけると、アキラはゆっくりとうなずいた。


「ずっと体調悪いって言って学校休んでただろ。

元々そんなに体強くはなかったとはいえ、さすがに変だと思ってた。

でもお前何にも言ってくれないし。悪いと思ったけど、先生を問い詰めた。」

「じゃあ、わかるだろ。俺の体は、そんなに長くはもたない。

あと数年、生きられるかどうかも怪しいってこの前医者に言われたよ」


原因はよくわかわからない。

ただ、俺の体はぼろぼろで、たとえて言うならガス欠寸前の車のような状態だそうだ。

ガソリンが切れたら、そこでおわり。

いつ切れるかは、誰にも、わからない。

そう、医者に告げられた時、俺はこれから先の未来のことを必要以上に考えることが怖くなった。

毎日未来が途中で途切れてしまうことに怯えて暮らしながら過ごすのか?

そんなのは、辛すぎる。

「夢をかなえる」途中で切れてしまったら、きっと悔やんでも悔やみきれない。

だから、俺は未来に対して期待したり、積極的に行動したりすることを、あきらめた。


なのに、アキラは、俺にあきらめるなという。


「お前にそんなこといったやつは「普通の医者」だ。

だけど、俺は違う。俺は、「魔法使い」になる男だぜ。

医者の言うことなんか信じなくてもいい、俺の…魔法使いの言葉だけを信じろよ」


真剣な表情で、むちゃくちゃなことをいう奴だな、と思った。

だけど俺のためにそこまで考え、行動してくれようとしているのはこいつだけだろう。

アキラなら、もしかして本当になれるかもしれない。

天才で、変人で、だけどそれ以上に友達思いの優しいアキラ。

そんな風に信じられるだけの、不思議な魅力がアキラにはある。


「信じるよ。アキラ、魔法使いのお前を信じる。」

「ああ。俺がすぐに魔法をかけてやるぜ!」

「おお、その時はたのんだぞ」


任せろよ!そんな風に笑うアキラに、

俺はもう魔法にかけられているのかもしれないな、とほほ笑んだ。

だってもう明日が来るのが怖くない。


「魔法使いがくれる未来を無駄にしないためにも、俺も勉強頑張らないとな」

「おう!その意気だ」


アキラが魔法をかけてくれる未来が、俺には、待っているのだから。













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