翼の王
翼の王が、いつ生まれたのかは誰も知らない。
青い空を目指した者たちがどうやってそれを手に入れたのか、今も分からない。
しかし、翼の王たちは、初めて現れた時から、「王」であり続けた。
薄い翅を持つ平民たちは、王が空を舞う度に恐れを成し、木々や草に隠れてひれ伏した。
王の羽は頑丈で、強い風にも、荒れ狂う嵐にも耐える事が出来た。
翼の王が一度でも羽ばたけば、あっという間に空は彼らの物になったのだ。
翼の王には、二つの姿があった。
最初に現れた王は、長い尻尾を生やし、その口には何でも砕く頑丈な歯が備わっていた。
体は小さかったが、その分緑の木々の間を自在に擦り抜け、自由に飛び回る事が出来た。
もう一つの王は、少し遅れて現れた。
尻尾は短く、口の歯も小さく、中には何も生えていない者もいた。
だが、その体は時を経るごとに大きくなり、青い空を自由に飛び回る存在になっていった。
翼の王の天下は、非常に長く続いた。
我が物顔で飛び回る彼らの前に、誰ひとりとして空に挑もうとする勇気が湧く者は現れなかった。
みんな、王の姿を眺めながら、羨ましがったり恐れたりするのみであった。
翼の王は、文字通り空の支配者として君臨していたのだ。
しかし、そんな王の前に、一人の挑戦者が現れた。
陸に住むたちの中に、空を目指そうとする者が出て来たのだ。
始めの頃はぎこちなく、ただゆっくりと落ちて行くだけのものだった。
体も小さく、大風が吹けば吹き飛ばされそうなほどだった。
大空を翼に収めるなど到底無理であろうその光景を、翼の王は嘲笑っていた。
尻尾の長い王は、必死に空を目指すその存在を尻目に、森の中を悠々と飛び回り続けていたのである。
しかし、時が経つにつれて状況は変わり始めた。
一度空を飛ぶ要領を覚えた挑戦者は、そこから一気に技術を上達し始めた。
ふさふさとした羽毛で覆われた羽は、次第に翼の王よりも頑丈に、そしてより柔軟に空を舞う装備に変わり始めた。
体もより軽くなり、大空をより高く、より素早く、そしてより遠くへ飛べるように変化していったのである。
そして、「王」は次第にその座を追われ始めた。
挑戦者たちにその座を最初に譲ったのは、長い尻尾を持つ翼の王たちであった。
いくら翼の王が森の中を素早く飛ぼうとも、新たな空を飛ぶ存在は彼らを凌駕するほどの実力を見せつけ、あっという間に森の中に広がる空を奪ったのである。
競争に敗れた者に残されている道は、道を譲って退く事のみ。
長い尻尾を持つ王たちは、やがて姿を消した。
しかし、それを尻目に尻尾の短い翼の王は、相変わらず青く輝く大空を支配し続けていた。
より大きく、より逞しくなった彼らは、吹きつける風を味方に付け、大海原や草原の上を飛び続けた。
その巨大な影が来ると、陸にいる平民たちは恐れを抱き、一目散に逃げ出した。
やがて彼らはその権力を象徴するかのように、頭に大きな「王冠」を載せ始めた。
巨大な帆のようなものや、木の枝のように細いもの、中には自らの頭よりも大きな王冠を被る王まで現れた。
翼の王は、わが世の春を満喫しているかのようだった。
しかし、王たちの住む場所は、時が進むにつれて少なくなっていった。
かつて彼らが嘲笑ったであろう挑戦者は、今や新たな空の覇者へと変わっていた。
森や草原、様々な場所にその勢力を広げ、青い空を彼らの色で包み込んでいった。
彼らは自由自在に大空を飛び、平民たちが恐れ敬う存在になっていた。
文字通り、新たな空の支配者になっていたのだ。
そして気が付くと、翼の王に残されたのは、ほんの僅かな場所だけになっていた。
かつて翼の王が悠々と飛んでいた場所は全て新たな空の覇者に奪われ、今の王はただその上空を延々と飛び続ける事しか出来なかった。
例え体が大きくても、たとえ「王冠」を豪華にしても、それに振り向き、敬う者はもはや数えるほどしか無かったのだ。
翼の王は、追い詰められていた。
そして、終わりの日は突然やってきた。
空から落ちてきた一つの大きな石。それが、翼の王の支配していた世界を炎で包み、そして氷で覆った。
灼熱にむしばまれ、凍えるような寒さに包まれた王たちには、もはや飛ぶ力は無かった。
灰色に包まれた空は、翼の王から遠く離れ、二度と戻ってくる事は無かった。
「翼の王」が歩んできた歴史。
私たちは、それを彼らの残した僅かな軌跡でしか見る事が出来ない。
だが、彼らは間違いなくそこにいた。
青い空を、その『翼』の中に収めていたのだ……。
【翼竜】
中生代に存在した、空を飛ぶ事の出来る爬虫類のグループ。
コウモリを思わせる巨大な羽と大きな頭が特徴。
長い尻尾を持つ「ランフォリンクス亜目」と、尻尾が短い「プテロダクティルス亜目」に分かれていた。
長期に渡って繁栄するも、6550万年前の隕石衝突で絶滅した。
なお、恐竜と一緒にされる事も多いが、彼らとは違う道を歩んだ系統である。
当然ながら、恐竜から進化した「鳥」とも別の動物である。